第24話

「お引き取りください」

「…できません。ナターシャに会うまでは、私はここで待ち続けます」


その言葉に戸惑うのは、使用人のほうだ。

突然、やってきたかと思えば、ナターシャに会わせてほしいと第2王子が訪ねてきたのである。

しかも、会わせてくれるまで、ここで待ちますとまで言っているこの国の王の子どもにどうしたらいいのか、大の大人たちが、困り果てていた。


自分たちの大事なお嬢様を振った悪評高いあの傲慢くそ王太子ならともかく、若い身でありながら、努力家で国のために頑張っているあの第2王子である。

そんな王子を立たせているのは、さすがに気分が落ち着かない。

敷地内だからと、往来にいるのも悪かった。


国の象徴ともいえる王族。この国で、その血筋が流れている証であるプラチナブロンドを持っている上に容姿が整いすぎていて、遠くにいても、この王子様は目立ってしまうのだ。おかげで、屋敷を出入りしている業者が目を丸くしている。

いくら、敷地近くとはいえ、王子の身に何かあっても洒落にならないため、屋敷の衛兵をそばに立たせている。…まったく、城の人間は何をしているんだ。

せめて、ボディーガードの一人や二人つけてくれてもいいのに。

ぼそぼそと使用人たちは、つぶやいた。


さすがに第2王子の身になにかあったら、洒落にならない。

この王子のファンは、国外問わずいるのだ。

この王子様が、国の外と交流をしてくれているおかげで、親しい関係にある国もたくさんある。そんな人間をどうして、立たせていることができようか。


「王子」

「ナターシャ!」


さすがに本人が出てくるとは、思わなかったが、これ幸い。

王子は、パッとナターシャに駆け寄った。


「どうされたのですか。こんなところで」

「き、君が他国に嫁ぐと聞いたから」

「…ああ。お別れの挨拶ですか」


しれっとそういうナターシャの言葉に、王子は、目を見開いた。

この国には、何も思い残すものはないとでもいうような、冷めた言葉だった。

王子のことも、まるでなんとも思っていないような。

…いや、実際にそうだ。

婚約者の弟。この国の第2王子。ナターシャは、ずっとその認識で王子を見ていた。

事実だけしか、ナターシャの目には、入っていない。


「…この国を離れないで…って言ったら君は嫌がる?」

「どういう意味でしょうか」


怪訝そうな目に、その顔に、このままずっと隠していたら、きっとナターシャは、王子のもとから離れていなくなってしまうだろう。

そうして、彼女とは第2王子の身分をもってしても、なかなか会えない存在になってしまうのだ。


―そんなのは、いやだ…。


「ナターシャ。…僕は、ずっと君に言いたかったことがある。本当は、こんな形で言いたくなかったし、伝えるつもりもなかった」

「……」


兄の浮気が原因で、婚約解消を進めている、こんな時に、こんな言葉を言ったら、ナターシャは、軽蔑するかもしれない。そう思うと、なかなか王子の口から、言葉が出てこない。

他国との王とでされ、臆さず、流ちょうに話せる、この自分ですら、好きな女性の前では、何も言えなくなるような男だったんだな、と王子は、自分のことを知った。

いつだって、自分の知らないところを暴くのは、ナターシャだった。


ナターシャは、何も言わずに、ただ黙って王子の言葉を待った。

使用人や、業者ですら、手を止め足を止め、ことの成り行きを見守っている。

不思議な緊張感が、その場に漂っていた。

まるで、青春を見ているような。


「僕は、君が…ナターシャが好きなんだ」

「……」


ナターシャは、その言葉が心底意外だったようで、無表情の顔が、その時初めて崩れた。

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