ダンジョンが蔓延る現代の生き方
暁月ライト
目覚まし代わりのスタンピード
僕は安寧を脅かす存在が嫌いだ。僕は自由を脅かす存在が嫌いだ。僕は常々、そういう存在を避けて生きてきた。
『速報です。福岡県、福岡市に新たなダンジョンが出現しました』
テレビから臨時のニュースが流れてくる。
「……福岡?」
だけど、その願いはこの世界では叶わない。ダンジョンが蔓延る現代では、叶わない。
『現在、冒険者達の力によってスタンピードは抑えられていますが、周辺住民の方は速やかに避難してください』
「いや、もしかしなくても……アレじゃん」
やけにうるさくなってきた外を眺めると、離れたところに直径百メートルは超えるであろう大穴が空いていた。さっきの轟音の正体はこれか。
しかし。見れば見るほど恐ろしい穴である。あれが僕の家の下に空いていたと考えるとゾッとする。
「はぁ……避難するか」
僕は鞄から財布を取り出し、非常用のあれこれを纏めておいたリュックサックに移して背負い、冷蔵庫からペットボトルを二本だけ取り出し、リュックサックに突っ込むと、スマホと鍵、そして包丁だけを持って外に出た。
♢
ニュースは嘘だった。何が嘘かと言えば、冒険者達の力でスタンピードは抑えられているという部分だ。僕がマンションのエレベーターから降り、扉を開けて外に出た瞬間、緑色の醜悪な化け物が現れたのだ。
血塗れの棍棒を握ったその化け物は、僕を見てニヤリと笑った。
「ッ!? なんで、もうこんなところに……ッ!」
危ない。ギリギリで眼前に迫った棍棒を回避した。速すぎる。視認されてから一秒も経たずに攻撃してきたのだ。
「……どう、しよう」
それは緑色の醜悪な魔物。腰蓑だけを着けた子供のような背丈のモンスター。その名もゴブリンだ。ファンタジー作品にはもはや常連とも言える彼だが、その実力は僕たち一般人にとって雑魚敵とは決して言い難い。
その理由として挙げられるのは、彼らの類い希なる筋肉量だ。彼らは全員が筋トレでもしているのか、それとも異常にタンパク質を摂取しているのか知らないが、体脂肪率が極めて低く、代わりに細身で低身長ながらもカチカチの筋肉を持っている。
……殺されるかも知れない。だけど、だからこそ、今ここで固まっている訳にはいかない。
「ハァッ!!」
人生で一番気合を入れた声を出し、全力で包丁を逆手に持って振り被る。結構重いリュックサックが傾き、遠心力で前に倒れそうになるのをなんとか堪える。
「グギャッ!?」
クリーンヒット。さっきまで硬直していた僕がまさか反撃してくるとは思っていなかったのか、スラリと綺麗な国産の刃は、見事にゴブリンの顔面に命中し、緑色の血を噴出させながら片目を潰した。
「もういっちょッ!」
怯んだゴブリンの隙を突くように、僕は再度包丁を振り下ろした。
「グギャッ、グッ、グギャ……ァ」
振り下ろされた包丁はゴブリンの筋肉質な首筋に食い込み、肉を抉り取った。すると、ゴブリンは首を抑えながら力なく倒れ、残った片目も閉じてしまった。
「悪いけど、念には念を入れるタイプなんだ」
僕は足元でピクピク動いているゴブリンの頭蓋骨を砕く勢いで包丁を振り下ろす。嫌な感触と豪快な音を僕の五感は同時に捉え、ゴブリンの絶命を悟った。
────その、瞬間だった。
「ぐッ、あァ!? なんだッ……これッ!」
シャレにならない頭痛、吐き気を催し、体全体に激痛が広がっていく。思わずその場に膝を突き、蹲って包丁を強く握りしめる。
瞬間、脳内に謎の声が響いた。
《初めての討伐を確認》
《権限が拡張されました》
《ステータスを獲得しました》
無機質なアナウンスが脳内に響くと、さっきまでの痛みが嘘のように消えていた。
「……なんだ、今の」
ボーッとした頭で呟いたが、直ぐに僕は思い出した。
「そうか……倒したから、だ」
僕は倒した。殺した。邪悪なダンジョンから湧き出る薄汚い魔物を、包丁で殺した。故に、力が与えられたのだ。
「話には聞いてたけど、自分の身に起きてみると最悪だなぁ」
あれはそのくらい酷い激痛だった。死んだ方がマシなレベルの痛み、苦しみだった。全くもって最悪だった。
「だけど……悪いことばかりじゃないはず」
権限の拡張やステータスの獲得は良く分からないが、魔物を倒すと強くなると聞いたことがある。その例に漏れなければ、僕は少し強くなっているはずだ。
「って……嘘でしょ、これ」
落ち着いてきた僕が周りを見渡すと、そこには数え切れない程のゴブリンと、それに襲われる人間たちの姿があった。
「取り敢えず僕に出来ることは……帰宅かな」
この状況で外に居るのは危険すぎる。避難しろと言う指示に逆らうことにはなるが、このまま出歩いてゴブリンに撲殺されるよりはマシだろう。
「自衛隊でも冒険者でもいいから、何とかしてくれよ……」
そう言って僕が踵を返そうとした瞬間、ゴブリンに襲われて人としての尊厳を奪われようとしている女の子と目があった。
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