猿でも分かるアカシックレコード
矢尾かおる
第1話
●
『宇宙の真実が知りた~い!』
『明日起こることが全部分かったら良いのにな~!』
『気になるあの子が僕をどう思ってるか、知りたいな~!」
『……そんな貴方に超朗報! 人類史上初・無限容量を誇る最強の記憶デバイスに! 無規則に並ぶ無限の数列を詰め込んだ! アカシックレコードがついに今日発売!』
紋次郎がテレビのセールストークに惹かれたのはつい先日。
人間が居住している惑星の中では最も太陽に近い惑星・水星にある自宅で、徹夜の仕事をしていた時のことだ。
その日通販番組で紹介されたのは、つい最近開発されたばかりの無限容量デバイスに無限量の平仮名をランダムに詰め込んだという新商品・『猿でも分かるアカシックレコード』である。
通販の司会者が言うことには、無限にランダムな文字が並ぶそこには当然、時々だが意味のある文字列が現れるそうだ。
うんことちんこが一万回連続で並ぶ箇所や、或いはこの世界の誰かが生まれてから死ぬまでに体験する全てのこと。
もしくは過去にこの宇宙で起きた大きな出来事……例えば本能寺の変であるとか、そういう事の真相まで書き記されているのだと言う。
『過去も未来も全てが分かる! 今ならお値段
売れない歴史小説家である紋次郎は、気付くとテロップに流れる番号に電話をかけていた。
●
宇宙初の新商品『猿でも分かるアカシックレコード』が紋次郎の手元に届いたのは一週間後の事だった。
ちょうど大長編を仕上げたばかりの紋次郎は地上へ繋がるハッチの窪みに置き配されていた小箱を部屋に持ち帰り、意気揚々とその包装を解いた。
「はぁ~。こんなに小さな機械に宇宙の全てが記されてるとは、すげぇ時代になったもんだなぁ」
今年で260歳になる紋次郎はおっさん臭い感想と共に、せいぜい手のひらサイズしかないアカシックレコードを手に持った。
説明書をよく読んでから付属のUSBを接続し、ぼろ臭いPCと連結させる。
10年前のOSであるWin3.141592が動作対象外だったらどうしようと思ったが、無事にデバイスのインストールは完了した。
かくして起動した『猿でも分かるアカシックレコード』は、女の合成音声でナビを始める。
「今回は当社の商品をお買い上げいただき、誠にありがとうございます。チュートリアルをご利用されますか?」
「いや結構。早くこの宇宙の事が知りたい」
「かしこまりました。それでは、どのような事をアカシックレコードから抽出いたしますか?」
「じゃあまずは、本能寺の変について。あの日織田信長の身に何が起きたのか、詳細に教えてほしい」
「了解いたしました。アカシックレコードにアクセス、検索を開始致します」
「おぉ……!」
誰もが知り得なかった真実が今ついに、白日の下に晒される。
猿でも分かるアカシックレコード。これは人類史を塗り替える、素晴らしい発明なのではないだろうか。
喜色満面の笑みを浮かべモニタを見守る紋次郎は五分くらい経ってから、一度台所へお茶を汲みに行った。
出がらしで作った薄いお茶を湯呑に注ぎ、それをずずっと啜っても、検索は終わらなかった。
長く水星に住んでいる紋次郎は、割りと気長である。太陽風の影響をもろに受ける水星での生活は、やりたい時にやりたい事が出来ぬのが常だからだ。
ま、待ってればいずれ終わるさ。
そう思い紋次郎は、一度布団を敷いて眠りに就いた。旧世代式のタコ足火星人と戦うジャパニーズ侍の夢を見てハッと目を覚ますと、仕事明けだったせいだろうか、12時間も眠っていた。
流石にそろそろアカシックレコードの検索も終わっているだろうと思いモニタを見ると、『検索中』の文字がある。
紋次郎はクーリングオフを視野に入れ、通販会社に電話をかけた。
「テメェコラァ!? おめんとこで買った商品なぁ!? 一晩たったのに全然検索結果が出てこねぇぞゴラァ!? どうなってんだおらあああ!?」
どうせこいつらは火星辺りの人間で、水星に住む貧乏人のことを見下しているのだ。
はなっからそんな思いで電話をした紋次郎は、勿論いきなり喧嘩腰である。
「申し訳ございませんお客様ー♡ よろしければご購入した商品の名前をお教えいただけますかー♡」
「猿でも分かるアカシックレコードに決まってんだろコノヤロー!」
「あぁあちらの商品でございますねー♡ お買い上げ誠にありがとうございますー♡ ……それで本日は一体どのようなクレームでございますかー?♡」
「ウッキウキで本能寺の変について調べようと思ったのによぉ! 一晩経っても検索結果が出てこねんだよバカヤロー!!」
「あーそれに関してはまぁ、当然でございますねー♡」
「んだコノヤロー!? うちのパソコンじゃスペックが足りねーってのかコノヤロー!?」
「いえそうではございませんー♡ 最新の量子コンピュータを駆使しても、アカシックレコードの検索には大変時間がかかりますー♡」
「……どういう事だコノヤロー!?」
「猿でも分かるアカシックレコードには無限の文字列が並んでおりますのでー♡ それを検索するのにもまた、無限のお時間いただいておりますー♡」
あぁそうか。確かに冷静に考えれば、無限の文字列を検索するのには、無限の時間が必要になる。たははこりゃ一本取られたなぁと、水星住みの貧乏人・紋次郎が納得するはずもない。
「……てめぇ!? それってほとんど詐欺じゃねぇか!?」
「宇宙消費者庁からは特に問題なしとのお達しをいただいておりますー♡ ですが商品にご不満がございましたらー♡ 返品処理を受け付けますー♡ その際の送料はお客さのご負担になりますがいかがされますかー?♡」
水星から別惑星への個人配送は少なくとも5000円以上かかる。2980円が返金されたとして、大損ではないか。
諦めてこの詐欺会社の悪評をネットにでも書き込んでやろうと思った紋次郎は、黙って電話を切ろうとした。
「ちょいお待ち下さいお客様ー!?♡ 実は当社では現在、そんな事でお困りのお客様にぴったりの商品を販売しておりましてー♡ ……」
電話口で紹介された秘密の新商品・猿でも分かるアカシックレコードを瞬時に検索する事の出来る検索ソフト『猿でも分かるアカシックレコードを一瞬で読み取る君』のダウンロード版を流されるまま購入した紋次郎は、意気揚々とそれを使用した瞬間に、無限にあふれ出て来た検索結果により、無事PCを破壊された。
猿でも分かるアカシックレコード 矢尾かおる @tip-tune-8bit
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