第35話 一年に一度
それから年に一度、アイファは塔を登った。
与命の塔の中では、飛ぶことは禁止されている。だから、大きな翼を精一杯狭めて、アイファは長い長い階段を駆け上がる。
階段を上がる途中で、恐ろしい幻に苛まれる試練は、毎年行われる。とてもとても怖いけれど、オディオに会うため、アイファは毎年その試練に耐えた。
オディオは365日のうち364日を、何もない部屋で、たった独りで過ごした。
それは途方もない、果てしない孤独。
まるで、真っ白な砂漠に投げ出されたみたいだった。
自分自身で望んだこととはいえ、いかなるときも心を強く持てるわけではない。後悔に苦しむ日がないわけではなかった。
そんなときはいつも、左手の指輪を見つめた。
その指輪から光が消えないことだけが、オディオの支えだった。
毎日毎日、次に扉が開かれる日のことを思った。
次に扉が開かれる日が訪れたとき、アイファは、来てくれるのだろうか。
次はもう、来てはくれないかもしれない。
来てくれなかったとしても、それを嘆いてはいけない。喜ぶべきだ。
アイファが来てくれなくなったとしたら、アイファはもう、俺がいなくても、ちゃんと幸せに生きていけるようになったということなのだから。
いつまでも、この塔から出られない俺に、縛られ続けるべきじゃない。
どうか、自由に。
どうか、幸せに。
オディオはこの世界で一番高い場所から、アイファのために祈り続ける。
アイファは、その祈りを知らない。
それでもアイファは、年に一度、必ずオディオに会いに来た。
何もない部屋から出られないオディオが、少しでも寂しくないように。あるときアイファは、両手にたくさんの本を抱え、息を切らして最上階までやって来た。
それを見かねたオディオは、アイファにこう諭した。
「アイファ。気持ちは嬉しいけど、たくさん抱えて、転んだりしたら大変だろ? 俺は何も持ってきてくれなくても嬉しいから」
「でも、アイファはオディオのために、何か持ってきたい」
「じゃあ、危ないから、アイファのポケットに一つ、入るだけにするんだぞ」
「あい」
それからアイファは一年に一度、オディオのために何か持ってくるようになった。
アイファは、オディオに会える日以外は、ずっとそれを考えていた。次はオディオのために何を持って行こう、と。毎日毎日、ポケットに入る素敵なものを探し続けた。
綺麗な音色を奏でられるオカリナ。魔力によって長く書き続けられるペン。掌サイズのボール。猫の人形。夕焼け色の鳥の羽根。海の砂の入った瓶。綺麗な魚の鱗。アイファが想いを込めて書いた手紙や絵。
何もなかった部屋に、一年ごとに、アイファが会いに来てくれた軌跡が増えてゆく。
寂しかった部屋が、アイファとの思い出で少しずつ埋まってゆく。
そうして、百年が過ぎた。
途方もない時間を持て余しているオディオは、一人でいる間、この塔のことを考えていた。
そもそも、ずっと気になってはいたのだ。伝承にある、守護者の恋人である少女は、一体どこへ行ってしまったのか。
彼女が塔にいなかったということは、この塔から無事に脱出する方法は、存在するのではないか?
無限に近い時間を使い、オディオはその方法を考えた。アイファに魔法書を持ってきてもらい、アイファ自身にも話を聞いて、魔法についての知識を深め独自に魔法式についての研究をした。
それでも、塔の呪いを跳ねのける魔法を使うには、あまりにも莫大な魔力が必要であるという結論にしか辿りつけず。どうあがいても、現実的には不可能だった。
無理だとわかっていながら、時間を埋めるように、オディオは塔について考え続けた。
そうして、二百年が過ぎた。
その頃になると、とうとう、アイファの成長が始まった。
一年ごとに背が伸び、少しずつではあるけれど、アイファは大人びてゆく。
「オディオ。会いたかった」
年に一度、蕾から花になるように変わってゆく彼女を見て――
オディオは、決してアイファの前でその顔は見せなかったけれど。本当は、泣いてしまいそうになった。
アイファが成長した姿を、見られるなんて。
塔の外にいた頃は、思っていなかったから。
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