第18話 精霊との遭遇
翌日。アイファは夜明けとともに、自分のベッドでぱちりと目を覚ました。
オディオは、アイファが怖い夢を見た日などは一緒に寝てくれるが、基本的には男女なので、別々に寝ている。
そのためオディオとアイファはお互い、相手が部屋で何をしていてもわからない。
だからアイファは、「すぐかえってきます」と、オディオへの置き手紙を自分のベッドに残して。
窓を開け、部屋を飛び立った。
ぱたぱたと翼を羽ばたかせ、大空を泳ぐように進んでゆく。
目指すは、東。
昨日エルフの女性から聞いた、治療薬の材料となる葉を探すのだ。
難しいとは言われたけれど、やってみなければわからない。
アイファはそれほど長距離は飛んだことがなくて、不安はあったけれど、それでもオディオのためならなんでもできる気がした。
(オディオの火傷がなくなったら、オディオは顔を出して歩ける)
オディオが自分のことを、「綺麗じゃない」なんて蔑む必要はない。
それに火傷が治ったら、オディオだって全身を覆うローブ以外でも、自由に自分の好きな服を着られる。
アイファは、以前ルクスに貰った綺麗な服を着て。オディオも好きな服を着て。一緒にハンレットの中を歩いたり、近くの綺麗な泉に行ったりしたい。それで帰り道でまた、そっと手を繋ぎたい。
それは、「デート」というものかもしれない。
普段の二人での散歩と似ているのかもしれないけれど、違う。もっと甘く、胸がドキドキするものだ。
(アイファは、オディオが大好き)
(オディオにも、アイファが一番でいてほしい。ずっとずっと)
(他の人に、とられちゃったら、やだ……)
アイファの頭の中は、いつだってオディオのことでいっぱいだ。
大好きな人のため――その一心で、アイファはどこまでもひろがる大空を飛んだ。
途中で翼のある魔獣と遭遇することもあったけれど、もう自由自在に飛べるアイファは、必死に翼を動かしてなんとか逃げ切った。
長時間飛んでいると、いろんな場面を目撃した。
馬車に多くの荷物を乗せて移動してゆく行商人。
群れで魔獣狩りをしている獣人達。
それから――旅をしている冒険者らしき人間達も見かけた。
その冒険者達は、人型の結晶の前で打ちひしがれ、涙を流していた。
アイファの耳に、彼らの嘆きが聞こえてくる。
「どうして、こんなことに……っ」
「ねえ、このまま置いていかなきゃいけないの……?」
昨日まで元気に、一緒に旅をしていた仲間が、突然結晶になってしまったらしい。
人間サイズの結晶を抱え、徒歩で旅をするのは困難だ。
冒険者達は、一度この場を離れ、次の街で馬車を借りようと話していたが。昨日まで共に冒険していた仲間を一時とはいえ置いていかなければならないのは、辛いだろう。見ているだけで、アイファの耳もぺたんと垂れる。
(かなしい)
アイファは彼らのことを全然知らないし、オディオ以外の人間のことは好きでもない。
それでも、誰かが泣いているのを見ると、なんだかアイファまで泣きそうになってしまう。
どうして結晶になってしまうのかはわからないけど、早く治って、皆笑顔になれればいい、と。そう願いながら、アイファは更に飛んでいく。
飛んでいるうちに、アイファの頭の中はまた、オディオのことでいっぱいになってくる。
(葉っぱ、見つかるといいな。オディオ、喜んでくれるといいな)
そうして昼を過ぎる頃には、アイファは見たことのない景色の中にいた。
「綺麗……」
眼下にはずっと森が続いていたが、それを抜けた先に、一面の花畑があった。
まるで花の絨毯だ。アイファの見たことない色とりどりの花が咲き乱れている。
花々が風に揺られると、色彩の欠片のような花びらが無数に舞い上がった。
(お花さん、みんな楽しそうに踊ってる)
アイファはその光景に目を奪われると同時に、オディオにも見せてあげたい、と思う。
(いつか、オディオと一緒に来られたらいいな。どうしたら、来られるかな?)
オディオと一緒に空を飛ぶことはできないし、徒歩で来るには遠すぎる。だけど、乗り物があれば一緒に来られるかもしれない。
(二人で、遠くにおでかけ。それこそ、デートかも!)
うきうきと、心を浮き立たせていると。
「!」
ふと、強い魔力を感じた。
「みゃっ!」
刹那、肌のあちこちに、細かく傷が生じ痛みが走る。
「だ、誰!?」
アイファは耳と尻尾を逆立て、魔力を感じたほうへ目をやる。
するとアイファの頭上から、ふわりと大きな光が降りてきた。
よく見ると、それはただの光ではない。
眩い光を纏った、人型の何かだ。
淡い虹色の髪をなびかせ、光をそのまま布として織ったような不思議な材質の、踊り子みたいな服を着ている。
その少女には、アイファのような翼はない。
翼はないけれど、ふわふわと宙に浮いている。
不思議だった。空の中で彼女は淡い七色の光を纏っているのに、アイファはそれを虹ではなく、樹であると認識した。色彩豊かな枝葉を空にひろげた、美しい樹だ。
(綺麗)
幻想的な姿にアイファは思わず見惚れそうになったけれど、そんな余裕ないくらいの殺気が、彼女から放たれている。
「おい、テメエ。なんの用だよ。ここはあたしのシマだ、とっと立ち去れ!」
(綺麗なのに、口悪い……!)
怯みそうになったけれど、オディオのことを思い出し、アイファは彼女と向き合う。
「はじめ、まして。アイファです。もしかして、治療薬の樹の、精霊さんですか」
「そーだよ、見てわかんねえのか。つか、去れっつってんだろ」
「あの。悪いこと、何もしません。ただ、葉っぱを分けてほしいです」
アイファの言葉を、精霊ははっと鼻で笑う。
「悪いことをしない? アホか。魔者の言うことなんて信用できるわけねーだろ」
話し合いの余地もなく悪だと決めつける言い方に、アイファの胸がずきんと痛む。
いつもそうだ。アイファは他者を害する気なんてないのに、魔者だというだけで悪者扱いされる。
魔者であるアイファを、異種族であるにもかかわらず偏見の目で見なかったのは、オディオだけだ。
(でも、諦めない。アイファは、オディオに喜んでもらいたい)
「どうしたらアイファのこと、信じてくれますか?」
「魔者の話なんて聞くに値しねーよ、死ね」
「みゃっ!」
魔法発動の気配とともに幾枚もの葉が出現し、それは鋭い刃のようにアイファの肌を傷つけ、またすぐに消えてしまう。アイファの身体のあちこちに、じわりと血が滲んだ。
このままではまずいと、アイファは翼を羽ばたかせ、逃げる。
せめて会話をしてくれるなら、一生懸命、アイファは悪じゃないと話してみるのに。魔者だというだけで会話さえも拒絶されるなら、どうしたらいいというのか。
「逃がすか! あたしのシマに来といて、生きて帰れると思ってんじゃねーぞ!」
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