第2章
第14話 結晶化現象
オディオとアイファは、約束通り、それからも一緒に暮らし続けている。
「おさんぽ♪ おさんぽ♪」
今日はよく晴れているので、森の中を二人で歩いていた。
大好きなオディオと一緒にいられて、アイファはご機嫌だ。元気よく飛び跳ねるようにして、時折ぱたぱたと翼を揺らす。
「今日は雲がないけど、風は強いな」
「そうだね、風さんがぷんぷんしてる」
アイファ特有の可愛らしい言い回しが微笑ましくて、自然と顔に笑みが浮かぶ。
けれど、ふと視界に異質なものが目に入って、オディオは眉根を寄せた。
オディオの目に入ったのは、以前までごく普通の緑で風にそよいでいた、木だ。
それは、いつの間にか結晶化していた。木だったものが、木の形をした鉱物となってしまったのだ。
(また、範囲がひろがってる)
最初に結晶化した木は、一本だけだった。
しかし、次第に隣の木も根本から侵食され、やがて枝葉や、その隣の木々や根本の地面までもが結晶になってきたのだ。
恐ろしいことに、この結晶化現象は、生物までもが対象である。
最近、魔獣やそれ以外の動物、果てにはハンレットのエルフ達まで、謎の結晶化をしてしまう現象が起きていた。噂によると、人間や獣人の間でも同様のことが起きているらしい。
結晶化の法則性は不明で、元に戻す術はまだ見つかっていない。オディオは、もしもアイファの身に何かあったらと思うと、気が気ではなかった。
(一体なんなんだろう。アイファに危険がないといいんだけど……)
しかし当のアイファは、無邪気に翼を羽ばたかせながら空を眺めていた。
「あ!」
「どうした、アイファ?」
「リトルップ、飛んでる」
リトルップは鳥型をした、魔獣の一種だ。旨味があり、料理の材料に適している。
オディオにははっきりとは見えないが、アイファの指さした空の遠くでは、確かに何か黒い点のようなものが飛んでいた。
「アイファ、食べたい。とってきてもいーい?」
アイファは親からは「弱い」と言われていたようだが、それでも魔者であるわけで、魔法を使うことができる。リトルップくらいの弱い魔獣なら、負けはしない。
「風が強いのに、危なくないか?」
「このくらいだったら、だいじょぶ!」
「ならいいけど、他の魔獣が出たら危ないから、深追いはするなよ。俺は、空には助けに行ってやれないんだから。何かあったら、すぐ帰ってこい」
「はーい!」
アイファはバサリと翼をひろげ、空の遠くへと飛んでいった。
その姿を見上げ、オディオはどこか感慨深い気持ちに浸る。
もうすっかり、アイファは自由に空を飛べるようになった。
以前はあんなに怖がっていたのに、今はのびのびと翼をひろげ、大空を舞う。
よかったな、と思う片隅で――
焦燥にも似た感情で、胸が小さく軋む。
「……!」
そこでオディオは、はっと腰に提げていた剣を握った。
何かが、走ってくる音がしたのだ。地を揺らすリズムからして、魔獣だろう。
足音が近付いてくるのを感じ、剣を抜いて、構える。
次の瞬間、木々の向こう側から、何かが飛び出してきた。
まず飛び出したのは、人型の何かだ。
それが人間なのかエルフなのか、オディオには一瞬では判別できなかった。
その直後に、大きな黒い獅子のような魔獣が走ってきたからだ。――人型の誰かを凝視する暇などなく、オディオは魔獣に斬りかかる。
毛皮に包まれた魔獣の胴を斬りつけると、魔獣は血を撒き散らしながらも、ナイフのように鋭い爪で、素早く何度も反撃してくる。
オディオはそれら全てを軽くかわし、魔獣に大きく腕を振り下ろされても――一歩後ろに跳んで回避する。魔獣の爪が、一瞬前までオディオがいた場所にめり込んだ。
魔獣が、地面に深く突き刺さってしまった爪を掘り起こそうとし、動きが鈍くなっていたところで。オディオは勢いをつけて跳躍してから剣を振り下ろし、魔獣の脳天に強烈な一撃を入れた。
ズン、と魔獣がその場に倒れる。オディオがふうっと息を吐くと、人型の女性は深く頭を下げた。
「あの、ありがとうございました……!」
ルクスと初めて会ったときもこんな感じだったな、と。オディオは若干の既視感を抱いて苦笑しそうになる。
けれど彼女は、耳の形からして人間だ。
アイファと出会って心が満たされてから、以前までの人間への復讐心は薄まった。 とはいえ、積極的に交流したいわけでもない。
しかしアイファを待っているので立ち去るわけにもいかず、適当にあしらおうと思ったのだが――
「あなたがいなければ、魔獣に殺されていたところでした。本当に……何か、お礼をさせてほしいのですが……」
「――――」
頭を上げた女性の顔を見たオディオは、言葉を失った。
「……? 私の顔に、何かついていますか?」
「いや……その」
頭が真っ白になって、声が喉を抜けない。
まるで全ての言葉を奪われてしまったみたいに、はくはくと口を動かすことしかできない。
何も言葉を発することは、できないけれど。
ただ彼女の顔を見て、涙がこみ上げそうだった。
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