第10話 はんぶんこ

 その夜。住処にしている洞窟で、オディオとアイファはいつも通り夕食にしようとした――が。


「アイファ、ごはんだぞ」


 夕飯は、ルクスが昼に持ってきてくれたパン――オディオのぶんを、半分残しておいたものだ。オディオは、それをアイファに渡す。


「オディオのぶんは?」

「ああ。実はアイファが特訓してる間に、こっそり食べちゃってさ。だから、腹、減ってないんだ」


 嘘だった。もう食べるものがないため、アイファにだけは食べさせたいと考えたオディオの口実だ。

 魔石が売れるようになるまでは、自分達で食料を得なくてはならない。

 しかしアイファが飛ぶ特訓をしている間、傍を離れてアイファが魔獣に襲われたり、危険な目に遭ったりしたら元も子もない。

 だから、狩りをすることもできなかったのだ。せめてこのパンをアイファに、と思ったのだが――

 タイミングの悪いことに、オディオの腹がぐーっと鳴ってしまう。

 顔を赤らめるオディオの前に、アイファは半分に千切ったパンを差し出す。


「はんぶんこ」

「いや、いいよ。アイファはたくさん頑張ってくれてるだろ? 俺は見てただけだし。だから、アイファが食べてくれ」

「はんぶんこ」

「俺はこのくらい、慣れてるからへーきだ」


 アイファが無言で尻尾を動かし、ぺしぺしとオディオを叩く。


「はんぶんこ!」

「……えっと、じゃあ一口だけ」


 根負けして、オディオはパンを一口だけ胃の中に入れた。


「偉そうなこと言って、俺、何もできなくてごめんな。明日はまた魔獣を狩るよ」

「オディオ、何もできなくない」

「ありがとなあ、アイファ」


 アイファの言葉は嬉しくて、じんと沁みるようだったけれど。

 空腹は癒えることなく、オディオは眠りにつくことでそれを誤魔化した。


 ◇ ◇ ◇


 そうして、明け方。


「……ん?」


 ふと目を覚ましたオディオは、異変に気付く。

 ――アイファがいない。


「アイファ!?」


 オディオは慌てて洞窟を飛び出すと、周囲を見回してアイファを探す。

 すると、アイファはよじよじと高い木の上に登っている最中だった。


「アイファ、何して――」


 オディオがそこへ近寄る前に、アイファは木のてっぺんに辿り着き――

 そこから、飛び降りた。


「アイファ!」


 オディオは駆け出す。アイファは必死に羽ばたこうとしているようだったけれど、バタバタと翼が虚しく空を切るだけで、やはり、飛ぶことはできない。

 宙に浮かぶことがままならず、アイファは落下して――


「……っ!」


 地面に落ちる直前、オディオはなんとか彼女を受け止めることができた。

 アイファが魔者であり、羽根のように軽いことと、オディオが強化された人間だからこそできたことだ。

 普通の人間同士であれば、落下の衝撃にオディオも巻き込まれ、平気ではいられなかっただろう。


「何してるんだ、アイファ! 危ないだろ」

「ご、めんなさい。でも」

「でも?」

「飛ぶしかなかったら、飛べるかと思った」


 ようするにアイファは、極限状態に自分を追い込むことで、飛ぼうとしたらしい。

 だけど結果として、うまくいかなかった。


「あのなあ……」

「オディオ、怒ってる?」


 猫のような耳はしゅんと垂れ、大きな瞳がおずおずとオディオを見上げる。

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