第11話 秘密のアクセスマジック 11
「目的はゲーム。あたしがやって、どうなるかを確かめるんだから」
強引に話を戻し、あたしは画面に集中するポーズを取った。
「その前に、どうして飛鳥さんのデータが入っていたか、だよ」
それもそうか。恥ずかしい気持ちで一杯になって、その不可解さまで気が回らなかった。
「……ここまで奇妙なことが連続してるんだから、簡単に考えていいのよ、きっと。あたし、この前フロッピーに触れたでしょ。電流みたいなショックを受けたけど、あのとき、ゲームソフトがあたしのデータを読み取った。これよ」
「知らない人に聞かれたら、変人扱いだな」
とか言いながら、納得したようにうなずいている江山君。
「でも、今さらだけど、不思議だな。信じられないことが続けて起こるのも不思議だけど、それ以上に君にしか作用してないのがね。何だか、ソフトの中にいる魔法使いの少女が、君を求めてるみたいだ」
「それを確かめるんでしょ。アスカを選べばいいのね。えっと、番号は」
あたしの生年月日を八桁の暗証番号に使っている。
「いや、それよりも設定からやってみたら」
「もう一度、魔女の服を着ろと言うの?」
吹き出す江山君。
「あはははっ、それ、いい! 魔女だけじゃなくて、戦士や妖精も見たいな!」
「もう、冗談じゃないわ」
ふくれてやる。
「やるたびに服をなくすことになるのよ、こっちは」
「それも問題だ」
まだ笑っている。
「じゃあ、とりあえず、魔女のアスカを選ぼう」
「選んだ」
知らず、むくれた口調になっている自分に気づく。気を取り直して、せめて明るくやらなきゃ。何しろ、今後の運命がかかっているかもしれないんだから。
「……制服を着てないな」
画面に小さく現れたアスカを見て、彼はそんなことを言った。
つまり、こういう意味なのだ。あたしが制服を魔女の服にかえられたのだから、ゲームの中のアスカは魔女の服から制服になっていてもおかしくない――。冗談なのか本気なのか分かんないよ。
「アイテム、見て」
「あ、そうね。『制服』ってあったら嫌」
アイテム――アスカが持っている物一覧を見てみる。そこに制服はなかった。とりあえず、ほっとした。
「使える魔法は?」
ついでのように、江山君。あたしはすぐに魔法一覧を探す。キャラクターの能力の一つとして、魔法は分類されているようね。
「えっと、今のところ、攻撃魔法と治療魔法の二つだけ。レベルは1。一番単純な攻撃や治療しかできないみたいよ」
「使ってみよう」
「使ってみようって、相手、いないじゃない」
「いいからさ」
いいからって……。意図がのみ込めないまま、あたしは破壊魔法を選んだ。すると、<アスカはレベル1の攻撃魔法を使った>と、画面下のメッセージ枠に表示される。ついで、<アスカ「ラスレバー・リパルシャン!」>と出た。
「これ、アスカが唱える呪文みたいね」
「うん……」
どことなく、気のない返事の江山君。画面のアスカは、手にした杖から赤い光のシャワーを出している。
「江山君?」
「ああっと、そうだね、治療魔法の方がいいな。やってみて」
「? はーい」
まだ分からない。何のために、相手を決めずに魔法を使うの? こんなことしてて、前みたいなハプニングが起こるとも思えないし(起こったら起こったで、嫌な気もする……)。
治療の呪文は「ラスレバー・ハーモニー」だった。今度は、アスカの手のひらから現れた金の粉みたいな物が、ぼたん雪みたいに下向きに降り注ぐ。
「……やってみようかな」
江山君は思い切ったかのような言い方をした。何を思い切ったんだろう?
「飛鳥さん、治療の呪文、覚えた?」
「え? ええ。ラスレバー・ハーモニー、でしょ」
「……」
静かな江山君。その視線は、あたしの手に届いていた。
「やだ。まさか江山君、あたしが魔法を使えるようになってるんじゃないかと考えたの?」
「そうだよ。服が入れ替わったぐらいだから、魔法が身に付いていても」
「そんなことないよー。実際、ほら、手からは何も出てない」
あたしは両手を広げ、彼にようく見せた。
「本気じゃないからかもしれない」
「いくら何だって、本気になれないわよ」
「確かめたいんだ。……飛鳥さん、見てて」
言うなり、江山君は机の端っこにあった鉛筆立てから何かを取った。きちきちきちと音がした。カッターナイフ……。
「え、江山君!」
「君の力、頼りにするから」
江山君はわずかに笑うと、また真顔に戻って、ナイフの刃を左手の人差し指、その第二関節あたりに押し当てた。そして、あっと思う間もなしに、さーっと刃がひかれて……。
「江山君!」
血。赤くにじんでいく。
「これぐらい平気だよ。それよりも試して、早く」
「で、でも」
「むだにさせないでよ。これで終わったら、僕が馬鹿みたいじゃないか」
あたしは気持ちを固めた。こうなったら、魔法なんて身に付いてないことを早く示さないと。いつまでも江山君にこんな真似させていられないっ。
「……じゃ、じゃあ、いくわよ? 呪文ね。……ラスレバー・ハーモニー!」
叫んだ。恥ずかしい気持ちもあったけど、本気で言ったのは間違いない。
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