第33話 貴族学校の進級試験③

 翌日、放課後の勉強を空き教室ではなく図書室でしようと提案してみた。

「わーい! 気分転換になるね!」

 リリカが無邪気に喜んでいる。

 

 カタリナと話し合った結果、リリカはとにかくマイヤ夫人の課題だけでも解けるようになっておけばいいと的を絞ることにした。

 もう少し余裕のありそうなアデルにはさらに応用を教えるという方針で、わたしたち4人は進級試験に向けて残り1週間懸命に勉強に励んだのだった。


 そして2週間後。

 学校の掲示板に、学年別の席次表が張り出される日がやって来た。


 1学年の生徒は全部で80名だ。そのうち上位50名の名前が得点順に記されている。

 この席次表の圏外となった残りの30名は「赤点」扱いで補習・再試験となる。

 その再試験でも点数が芳しくなかった場合は留年ないしは退学勧告が待っているため、みんな緊張の面持ちで掲示板の前に集まっていた。

 

 学年1位は500点満点中、驚異の498点を取ったカタリナ・ドラールだ。

 悲喜こもごもの歓声があがる中、カタリナ本人は1位を取ったことを喜ぶよりも1問凡ミスしてしまったことを大層悔しがっている。

 

 そして2位は485点で3名の生徒が名前を連ねており、その中にドリス・エーレンベルクの名前も入っていた。

 2位という席次は、これまでの最高の順位だ。


 やったわ! 嬉しいっ!

 拳をぐっとにぎりしめる。

 

 ハルアカの悪役令嬢ドリスは、教師たちをせっせと買収して事前に試験問題を入手していたにも関わらず、いつも50位ぎりぎりぐらいの位置だった。

 それをドリス本人は、

「要は赤点にならなければいいのでしょう? エーレンベルク伯爵家はあれこれ付き合いも多くて忙しいんですの。学業に専念できるみなさんがうらやましいわ」

とかなんとか言ってごまかしていたと記憶している。

 

 悪だくみを考える時間があるなら、その時間を使って勉強しろ! と言いたい。

 本当に赤点を回避できる得点だったのかすらあやしい。

 

 そんな愚かなドリスが、不正をせずに学年2位! これは歓喜せずにはいられない。

 

 アデルは手堅く25位。

 最も心配していたリリカも33位という、彼女にしては上出来すぎる結果だった。


 わたしたち4人は手を取り合って互いの健闘をたたえあった。

「ドリスちゃんのあの課題のおかげだよ。わたしあれがなかったら赤点確実だったはずだもん。ありがとう!」

 リリカがぴょんぴょん跳ねて喜んでいる。

「ドリスさん、わたしからもお礼を言わせてください。山があんなに当たるだなんて本当に助かりました」

 アデルの言う通りで、マイヤ夫人の課題と似たような問題がたくさん出題されたのだ。


「いいえ、あなたたちの努力が実を結んだのよ。おめでとう」


 わたしのおかげではない。

 お礼を言うとしたらむしろマイヤ夫人に……と思っているところに、横からわざとらしく驚いたような甲高い声が響いた。

 

「まあっ! やっぱりそういうことでしたのね!」

 声の主は、ミシェル・トレーシー侯爵令嬢だ。

 

 燃えるような赤毛が印象的なミシェルは、ハルアカでは悪役令嬢ドリスの取り巻き筆頭として登場するキャラだ。

 そしてこの「進級試験イベント」の口火を切るキャラでもある。


 やっぱり、予想通り来たわね。受けて立つわ!


「おかしいと思っていたんです! 優秀なカタリナさんはともかく、リリカさんが33位って日頃のリリカさんの様子を見ていれば誰だっておかしいと思いますわ」

 ミシェルが得意げにあごをツンと上げ、数名の生徒が彼女に賛同するように頷いている。


 その通りだとわたしも思うわ! と言いたいところではある。

 残りの1週間、図書室で勉強したことでシナリオ強制力が発動したのか、リリカの理解度の伸びはすさまじかった。

 あれはバグ利用を疑うレベルだ。


 だからといって、ミシェルに賛同したりはしないけれど。

 

「ドリスちゃんがいい課題集を持っていてね、それをカ親切に教えてくれたのよ。わたし頑張ったんだから」

 リリカがふんすと胸を張ると、ミシェルはしてやったりというような悪い笑みを浮かべる。


 そしてつり上がり気味の小さな目をカッ見開いてわたしを指さした。


「ということは、黒幕はあなたね、ドリスさん!」


 あら、突然探偵ごっこ!?

 このシナリオは知らないわ。


「その課題とやらを、あなたはどうやって入手したのかしら? まさか裏で手を回して事前にどんな問題が出題されるのか知っていた、とか?」

 なぜかミシェルは勝ち誇ったような顔をしている。


 それハルアカであなたのボスである悪役令嬢ドリスがやっていたやつよ? と言いたい衝動をどうにか抑える。

 

「わたしの家庭教師だったマイヤ夫人から渡された課題だったの。その課題と似たような問題が出題されたことに関しては、ラッキーだったとしか言えないわ」

 正直に答えたけれど、ミエシェルたちはそれでは納得していない様子だ。

「苦しい言い訳ですわね」

 と、言い返されてしまった。


 ハルアカのイベントでは、ヒロインがリリカの場合、常日頃から彼女のかわいらしさに魅了されている大勢のギャラリーがミシェルを一斉に攻撃する展開になる。

「苦手な勉強を頑張ったリリカに対して失礼なことを言うな! かわいそうじゃないか」

「リリカちゃんより順位が低かったからって難癖つけやがって!」

 となるわけだ。

 

 カタリナの場合は、

「不正? そんな何のひねりもない小細工をこの学校が許すとでも? それは貴族学校に対する侮辱ということでよろしいかしら」

とひとりで言い負かし、周囲もその通りだと納得する。

 カタリナのその発言とは裏腹に、ハルアカでの教師たちが簡単に買収されるようなチョロい設定であることは、この際スルーしておくことにする。

 

 アデルの場合、騎士を目指す彼女の曇りなきまっすぐな性格を誰もが知っているため、不正をしたはずだという糾弾だけでは弱いと踏んだドリスたちが小細工を仕掛ける。

 つまり目撃者がいるという仕掛けだ。

 朝早く登校してきて机に何か書いているのを見た! という証言が飛び出すのだが、アデルにはその時間帯に寮の庭で朝稽古をしていたアリバイがあった。

 それを証明する寮生が大勢いて、事なきを得るという展開になる。


 じゃあ、わたしは……?


 どういうわけかマイヤ夫人からもらった課題がテストに出題された内容と酷似していたのは間違いない。

 その偶然がシナリオ強制力によるものなのか、誰かに陥れられたものなのか自分でもよくわからない。

 

 ドリスが糾弾されている時点ですでにハルアカのシナリオからズレているのだから。

 ここを上手く切り抜けて破滅フラグを回避するにはどう振る舞えばベストなのか……掲示板に集まった生徒たちが一斉にこちらに興味津々な視線を向けている。


 この中に、わたしのことをかばってくれる人がいるかしら……?


 

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