第15話 ミヒャエルと投資事業③
家庭教師のマイヤ夫人にこの国の地図を見せてもらった時に、懸命にシャミスト山を探した。
おそらく今、鉱山開発事業者がシャミスト山の鉱石採掘事業の出資者を募っているはずだ。
鉱山開発に投資をしたいのだと初めて打ち明けた時、マイヤ夫人はかなり驚いていた。
ようやく文字が書けるようになったばかりの子が何を言っているのかと。
「あと2年で貴族学校へ入学です。文字の読み書きだけでなく、この国で盛んに行われている鉱山開発事業のことやお金のことも並行して学びたいのです!」
わたしは強く訴えて食い下がった。
主張に無理があるのは重々承知していたけれど、ここでシャミスト山の採掘に投資しておかないと、この山から採れる紫水晶はドラール公爵家に独占されてしまう。
ドラール公爵家とは、ゲームの中でプレーヤーが動かすヒロインのひとり、カタリナ・ドラールの実家だ。
カタリナをヒロインに選ぶと、定期的に紫水晶のアクセサリーがアイテムボックスに届くようになる。
それはカタリナの実家が出資しているシャミスト山から採れた原石を加工したものだった。
カタリナルートでゲームを進めていくと、こんなエピソードがある。
事前調査の結果が芳しくなかったためにドラール公爵が単独で出資することとなったシャミスト山だったが、そこから紫水晶がたくさん採れた。
結果的に鉱山を独占してウハウハ状態だと父親がカタリナに話し、定期的にアクセサリーを送ってもらえるようになる。
だからこの山の名前を覚えていたのだ。
ミヒャエルとは違い、ドラール公爵は先見の明があるのだろう。
「鉱山開発だなんてどこで知ったのです?」
マイヤ夫人が怪訝そうな顔をする。
「お父様とオスカーが話しているのを聞いて興味を持ったのです」
そう言うと、マイヤ夫人はミヒャエルにこの話を持っていった。
彼女としては、子供が首を突っ込むことではないと当然ミヒャエルが一蹴してくれるだろうと期待していたようだ。
しかしミヒャエルは、わたしのこととなると冷静な判断ができなくなる親バカだ。
「だって、山から宝石が出てくるかもしれないんでしょう? 素敵!」
無邪気さを装ったわたしの言葉に、ミヒャエルはいとも簡単に陥落した。
そして検討中だったノーラ岬のリゾート開発への出資を取りやめて、シャミスト山のほうへ乗り換えたのだった。
この決断にわたしは心の中で盛大に万歳三唱した。
ノーラ岬リゾートは、ゲーム内でも長期休暇中にヒロインたちがドリスに誘われて遊びに行くイベントで登場する観光地だ。
しかし交通の便の悪さから観光客が思うように集まらず、リゾート事業は大コケすることとなる。
配当金の受け取りはほぼ無く出資金も返還されずに大損する結末が待っている。
出資者の娘としてちやほやされて豪遊する様をヒロインに見せつけるドリスだったが、ほどなくしてノーラ岬リゾートが経営破綻したというニュースが流れて大恥をかくという展開だ。
ノーラ岬のイベントは、どのルートを辿っても絶対に発生する強制イベントだったはずだけど、エーレンベルク伯爵家が投資しなかった場合はどうなるのだろうか。
強制イベントであるだけに、行くことにはなるかもしれない。
しかし大損することは回避できたのだから、ひとまずはこれで良しとする。
ミヒャエルが年端もゆかぬわたしの投資事業参入を許した思惑は、勉強させるためだったようだ。
たとえ損をしたとしてもそれもまた勉強になるだろうし、子供が口出しするような簡単なことではないんだよと諭すつもりだったらしい。
しかしシャミスト山は事前の調査結果を覆し、紫水晶がザクザク掘れる宝の山となった。
ミヒャエルが出資者に名を連ねてもその設定が変わらなかったことに、ホッと胸をなでおろす。
投資が成功したらしたで、またそこに群がってくる貪欲な輩が後を絶たないのは予想通りだったが、ミヒャエルがそれに耳を傾けないところがゲームシナリオとは異なっている。
娘に商才があると判断したミヒャエルは、伯爵家の資産運用に関して必ずわたしに相談するようになった。
オスカーにも相談して情報共有し、ミヒャエルがワンマンで突っ走って破産しないような体制を整えた。
「アッヘンバッハ男爵が、投資利益の一部を貸してくれないと無心してきたんだが……」
ミヒャエルの歯切れが悪い。
オスカーの父親から泣きつかれたのだろう。
アッヘンバッハ家は、最近ますます家計が火の車だと聞いている。
「断ってください。あの家が金に困っているのは自業自得です。旦那様が言いにくいのなら、私から伝えます」
オスカーがきっぱり言った。
こうしてわたしたちは、ハルアカのシナリオにはなかったルートを進みつつある。
以前は逃亡資金を貯めたらさっさと逃げる選択肢も視野に入れていたけれど、今は違う。
わたしの破滅フラグ回避だけではない。
ミヒャエルだって死なせやしない。
このエーレンベルク伯爵家はわたしが守ってみせる。
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