叛逆の翼 F.D.外伝~ゆめうつつ~EXエピソード
天川
第1話 渦中の訓練兵
「…しかし、機器の健全性は担保されていると聞いている。公式記録にも採用されているものだ、……信用してもよいのではないかね?」
ソファに座り、二人の男が向かい合っている。
一人は、威厳を持ち落ち着いてはいるものの、明らかに面倒そうな雰囲気を出している。
対する男は、そんな様子を察してか、身体を前のめりにして目の前の男に畳み掛けるように話していた。
ここは、地球軍とドルイド族との合同錬成所の所長室──。
そこに、正規兵達数人が抗議と称して踏み込んできたのが数分前。
現在では、騒ぎ等は起こってはいないが、一時は憲兵隊が出る状態にまでなっていた。
今は、その代表者と称する1名が、所長と対面し進言を聞き入れる場を設けられるに至っている。
周囲を護衛に囲まれており、危害を加えられる心配はなさそうではあるが、……この舌のよく回る正規兵に、所長は内心辟易していた。
「所長!…ここは「技術」の訓練所です。得体の知れない「能力」の訓練所ではないのです…!」
ふむ…、と所長と呼ばれた男は一応の肯定を見せる。
「しかし、彼の者は空力のみの審査においても、一位記録を持っているそうじゃないかね?」
「それこそが問題だと言っているのです、所長!」
大仰に向き直り、その男は続けた。
「空力のみで、と言っているにも関わらず、妙な能力を介入させて、不正に成績をあげているのではないかと疑念を抱かせているのです、…全兵士にです!」
───妙に主語の大きな男だ、こういう人物には注意しないといけない。
「……これまでも同じ方法で審査、採点を行ってきたのだ。別段問題には、ならなかったのではないかね?」
「今!まさに、問題になろうとしているのです!」
……問題にしようとしている張本人が何を言うか、と心の中で所長は毒づく。
─────────────
───数年前、この錬成所内において、飛行訓練兵および正規飛行兵等の技術向上と意欲向上を目的とし、指標と規定課目、基準タイムなどを組み合わせた技術採点方法が考案された。
時間をかけて練り上げられたこの審査法は、その完成度の高さと運用のしやすさから、内外に渡って高く評価されている。
とりわけ、訓練中の兵士たちにとっては、その優劣を争う競争意識が働き、否応なく…その順位にも興味が注がれていた。
ドルイド族と地球勢力の交わるこの錬成所では、文化の縛りも幾分緩く、中にはその優劣を競って賭けに興じる者まで現れはじめたのである。
以前は成績表は情報端末で閲覧するか、食堂の隅などに小さく貼り出されているものを覗くしかなかったのだ。
しかし、優劣比較が激化してくると、その上位者の去就によって口論や喧嘩が発生することもあり、事実を確認しやすくする名目で、誰かが大きく廊下に成績上位者を貼り出す活動を始めた。
こうなってくると……さながら、名声を求める賞金稼ぎの集団のようになっていき、内部は混沌としてきた。貼り出されたスコアシート前には常に人だかり……。
困ったことに、兵士の技術向上には充分以上に寄与している事実もあったため、教官たちも黙認せざるを得ない状態が続いていた。
そして、成し崩し的に錬成所公式の記録掲載の場として、廊下や主要の場所に専用のスコアボードが、軍の予算で設置されるに至り、現在まで続いている。
以降、このボードにはレース出走者のように目まぐるしく入れ替わる名前が掲載されていたのだが……。
一ヵ月ほど前、衝撃が走った。
なんと、入れ替りが常だった順位表のボードに、全く動かない名前とスコアが掲載されたのである。
──いや、名前ですらない。
本来は、記録された日付と名前の他に、階級と所属も並べられるのが常であるが、全ての一位の欄には、日付の他には……
【No.9821】
……とだけ記されていたのである。
───彼は、飛ばし屋だった。
公式には【I-Tail特異能力者(飛行舟)】と呼ばれている。
この錬成所は、半数ほどがこの能力者である。
だが、飛ばし屋は能力に頼らずともその技術が高い者も多く、彼等は一定の敬意を持ってこれまでも受け入れられていた。
……一ヶ月前までは。
全ての機種、全ての部門にて一人の飛ばし屋が一位を独占したとなると、成績上位者の中には心中穏やかではいられない者も出てくる。能力を持たない一般兵士などは、特にそうだったのだろう。
……………
「……おい!そこの訓練兵!」
「はっ!」
一人の二等飛曹が、ある訓練兵を呼びつけていた。
呼びつけられたこの訓練兵は、名をリヒトと言う。
一ヶ月前、教官の命令で、全機種の更新不可能と思われるような記録を打ち立てた、あの男だ。
彼は、目立つことを好まない男だった。
ある体質のせいで、目立つことが心身の不調に直結する事態をも引き起こすためである。
しかし、この記録を作ってからというもの、ひどく目立つようになってしまった。
名誉なこととはいえ、目立ち方がよくない。
食堂に行けば噂の種にされる、訓練では目の敵にされる、今もこのように面識のない正規兵から絡まれたりしているのだ。
「貴様、…ずいぶんとご活躍のようだな。」
「恐れ入ります!」
「…ふん、人気者はさぞ気分がいいだろうなぁ?」
人気者とは、災難を背負わされるものの称号だ、と心の中で答えておいた。
ちらりと、正規兵の方を見る。
リーダー格の男の階級は、一等飛行兵曹。
取り巻きの男たちも、それぞれ二等曹や上等兵等だ。
……絶対的な、上官。
逆らうわけにはいかない。
「はっ!教官のご命令でしたので!」
リヒトは答える。
「……ご命令、ときたか。ずいぶんなご命令だなぁ、全記録塗り替えてこい、だと?」
周りの男たちも、にやにやとしている。
「どうせ!飛ばし使って誤魔化してんだろ?!」
ずいっ、と一曹の顔が近づく。
誤魔化し──
そう見えるということは、この男は飛ばしの使えない一般兵なのだろう。背がリヒトよりも少し低い。
地球勢力側の兵士なのだろうか。
「いいえ!空力審査においては、一切使用しておりません!」
リヒトは答える。
正直に言っている、嘘偽りなく。
だが、……当然、信用はされない。
「は、どうだかなぁ?」
凄んだ後に、急に表情を緩めて、すっ、と顔を近づける。
「……なぁ、ほんとは使ってんだろう?」
静かに、下卑た声で聞いてくる。
油断させておいて言質を取ろうというのだろう。
「……審査には、能力を測定する機材が使われております。その過程に
その言葉を聞いて、諸悪の権化を見つけたように顔を歪め、一曹は言う。
「……その機材が信用ならねえ、ってんだよ!!」
──それは、私の責任ではありません。
と言ってやりたくなる。
最近の難癖の理由の多くは、これに起因するものだ。
審査に公正を期すため、空力部門の審査には、【I-Tail】能力の発生を感知する機材が使用されており、現在まで問題にはならなかった。
しかし、記録が一新されたことで、そこに疑惑を持つ者が顕在化してきたのだ。
だが、これはなかなか解決の難しい問題である。
実際に不正や違反があったのなら証拠を見つけることが可能かもしれない。
しかし、例え事実無根であっても「やっていない証拠」というものは存在しないのだ。
「だいたい、何のつもりだ?これ見よがしに成績作りやがって!てめえの教官ってのは、出世の亡者かぁ?!」
……ぴくり、とリヒトの眉が動く。
リヒトの体質による拒絶反応は、「面識の無い、得体の知れない、意図の分からない相手」ほど強く感じる。
そのため、おかしな話だが、このような悪意むき出しで来る相手には不思議と身体の不調や拒絶感が現れにくいのだ。
……だが、不快感が無いわけではない。
自分の事なら何とも思わなかったのだが、教官を引き合いに出されて、内側に何かが沸き上がってくるのを感じた。
が、精神でそれを静める。
後ろの取り巻きが、何やらボソボソと耳打ちしている。
「……てめえの教官は、誰だ?」
「……」
こんな輩であっても上官だ、質問には答えなければならない。
だが、気持ちがそれを許さなかった。
教官に
少なくとも目の前の、……このような男に侮辱されることなど、自分には絶対に容認できなかった。
「答えろ」
「………」
……さっさと答えて、立ち去ればよい。
理性はそういっている。
だが、何かがそれを許そうとしない。
取り巻きの一人が動いた。
どむっ!
「答えろ!」
腹に衝撃を浮けて、リヒトは半歩後ろによろめく。
だが、そのお陰で少し気が楽になった。
自分でも気づいていない、……若き反骨心とも言うべき衝動が、彼の沈黙を両手を挙げて応援していた。
リヒトは先程よりも姿勢よく立つ。
その態度が上官を逆撫でしたのだろう。
「貴様ぁ!!」
ばしーん!
平手が頬を襲う。
だがそれでも動じず、リヒトは上官をまっすぐに見返す。
取り巻き共が、じりっと距離を詰めてくる。
「──ウォレス教官だ。」
背後から声がきこえる。
「?!」
リヒトよりも、目の前の男たちの方が驚いているようである。
そして、
「た、大尉殿!」
ばっ、と男たちが敬礼をする。
顔は確認できなかったが、リヒトも背後にいるであろう男から距離を取るように、下がり、敬礼する。
そして改めて、顔を確認する。
壮年から中年に差し掛かるくらいの男、階級は連中の言うとおり大尉のようだ。
「これは、何の騒ぎかね?」
大尉と呼ばれた男が、問う。
リヒトにではない。
「は!上官に対する態度を指導しておりました!」
お決まりの文言だ。
嘘ではない。
軍とはこういうところだということを叩き込むには、これ以上ない指導であろう。
「指導…か。しかし、人数と階級の使い方に、あまり品が無いね」
回りくどい言い方をする。
直接叱責したくないのかもしれない、彼等にも面子がある。
大尉は、上官連中をぐるりと見回してから…おもむろに、
「ま……、いいだろう。建前はおいておこう。」
そういって、向き直る。
「……君たちが不満を持っているのは、知っている。」
今度はずいぶんと直接的だ。
リヒトは彼の意図を計りかねる。
「だが、疑惑の証拠も、晴らす手段もない以上、現状維持というのが世の常だ。」
「し、しかし…!」
連中のうちの一人が食い下がろうとする。
大尉はそれをさっと手で制す。
「要は……、はっきりさせればいいのではないかね?」
……!?
「そ、それは、どういう……?」
上官連中も戸惑っている。
「一飛曹」
「はっ!」
指名されて反射的に反応するところは、こいつらもやはり軍人である。
「君が思う、「飛ばし」の優位性とはどの程度のものなのかね?」
「はっ、……そ、それは…」
「同じ機体を使った場合に、持つ物と持たざる者…、その性能差は、どのくらいになると考えているのかね?」
ここまではっきりと具体的に踏み込んだ話をする上官は、初めて見る。この大尉は一体……。
「……3割から5割程度の、向上かと…考えております」
答えを聞いた大尉は、口元を緩めた。
「ふふふ、……随分と高く見積もったものだ。しかし、傍目にはそう見えるのだろう。」
大尉は、連中に向かって話し出す。
「いいかね、……彼等の優れている点は、特異な能力そのものにあるのではない。むしろ本質は、機体や大気に対する鋭敏な感覚、習熟力、そして、感性にあるのだよ。」
確かにそのとおりだ。
この大尉は、飛ばし屋ではないのだろう。
しかし、その理解の深さは目を見張るものがある。
伊達に大尉を名乗っている訳ではなさそうだ。
「わざわざ、審査基準を【空力】と【全能力】に分けていることの意味を考えたまえ。」
ぐっ…、と連中は言葉につまっている。
「疑惑はともかく、この基準で空力審査でも遅れを取っていることは、君たち自身の怠慢に他ならない。」
「お、お言葉ですが……!」
一飛曹はなおも食い下がろうとする。
上官相手にずいぶんと、勇気のあることだ。
ふっ、と大尉は小さくため息をつく。
「やれやれ……、やはり、はっきりさせないといけないかね?」
大尉はリヒトの方を向く。
「No.9821……リヒト君、と言ったかね?」
「はっ!」
リヒトは、声を受けて姿勢を正す。
「君の、一番得意な機体は何かね?」
得意……。
普通なら6式3型と言うのだろう。
だが、得意かと問われれば、2型の方が得意である。
──3型は、双方の軍に正式配備もされている、お馴染みの機体だ。だが、2型はそれよりも古く、現在では骨董品の部類に片足入れたような機体である。性能的には問題なく、現在でも各地で運用されているが、その素性は軍用機というよりは作業機と言った方がしっくり来るものだ。
リヒトは空を飛び始めた頃からこの機体に一番長く慣れ親しんでいたのである。
「6式2型です。」
「ふむ……、いいだろう」
すると、大尉は姿勢を正す。
「正規兵諸君に命令する」
……!
カカカッ!
踵をならして正規兵たちが直立不動の姿勢を取る。
「訓練兵No.9821と模擬空戦を行え。形式は六対一、機材は8式とする。」
えぇ…!?
正規兵たちに動揺が走る。
あまりに突然でしかも不公平な条件だ。
しかし、
「返答はどうした!!」
「イ、イエッサー!」
有無を言わさぬ構えだ。
これは……
大変なことになった。
この大尉は、何の意図があってこのようなことを…?
「さて、訓練兵9821」
「はっ!」
「このような形になってしまって申し訳ないが、この模擬空戦…受けてもらえるかね?」
「はっ、それは構いませんが……」
交戦設定が特殊すぎるような気がする。
一体何を想定しての事なのか。
「まあ、戸惑うのも無理はない。あまりに理不尽な設定に思えるだろう」
だがね、と一呼吸おいておもむろに語り始める。
「私はウォレスという男を、よく知っている。無茶は言うが、無理を押し付ける男ではない。あの命令は、君が記録を更新できると確信した上でのものだろう。……そして、私も無理を押し付けるつもりはない。君にも勝ち目があると、踏んだ上での申し出だよ。」
「……?」
「模擬戦の、空域の選定は君に選ぶ権利をあげよう。どうかね?」
………
確かに、それならこちらにも勝ち目はある。
「───待ってください! この条件では、我々が勝っても嬲りものにしたとしか思われません。どうか、条件のご一考を!」
一飛曹が、不満を進言している。正規兵がこの扱いでは、確かに周りの印象はよくないだろう。
「命令だと言った!……何度も言わせるな」
「し、しかし……」
それを見た大尉は思わせぶりに、ふっ…と笑って
「まあ、面目を立ててやることはできんが、……ふむ」
意味ありげにこちらに視線を寄越す。
「賭けにするのはどうだろう? 諸君らが勝ったら、彼の例の記録を取り下げる、…というのは?」
……!
それを聞いた正規兵たちが、にわかに色めき立つ。
思考の健全性はともかく、あの記録の存在が許せないというのは紛れもない本心のようだ。
思わぬところで本懐が遂げられると感じたのか、高揚感さえ漂わせている。
「……その訓練兵が、承諾しますかね?」
獲物を見つけたような目をしてこちらを見て来る。
「もちろん、決定権は9821に委ねよう。教官との事もある。考えてから返事をくれたまえ。…まあ、記録の件は抜きにしても、模擬空戦はやってもらうつもりだがね。」
リヒトは、考えた。
教官の命を受け、打ち立てた記録だ。
勝手な判断で取り下げるなど、あっていいはずがない。
……だが、
あの日、食堂でウォレス教官に言われた言葉が甦る。
……貴様は頭のいい男だ、私の言っている意味を理解した、という前提で───
ウォレス教官なら、あっさり言うような気がする。
──この程度の横槍で消える記録なら、どうせ残らん…──
「──いえ、今この場でお受けします。」
ざわっ…と、どよめく。
「ふむ、結構。では、詳しい話は追って伝えるとしよう。」
ヘヘヘっと笑って、上官連中は
「途中で断っても構わねぇぜ、名声は惜しいもんなぁ。」
などと口々に、煽ってくる。
相手が途中で逃げ出した、という事実だけでも溜飲は下がるのだろうか?
とにかく自分達に都合のいい状況が出来上がったらしく上機嫌だ。
リヒトの私見だが、この男たちはどうも大物にはなれない気がした。
「諸君らも準備をしておきたまえ、解散」
ざっ
連中は敬礼をして去っていった。
リヒトも、さっ、と敬礼をする。
「では、…私も失礼いたします。」
去り際、
「……全員、蹴散らしてやりたまえ。」
そんな言葉を掛けられた。
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