第6話 左腕の包帯をある人は中二病と言うのだが
帰宅した父母は、息子の左腕に巻かれた包帯にしか見えない惨状に驚きはしたものの、図工部で切り傷や擦り傷の多い経験がそれ以上の追及を妨げたのだった。
ちなみに、一反木綿が言った「お前の思うがままになるだろう」というのは、ほどなく辰流にも理解できるようになった。
夏休み中のとある日、図工部からの帰宅途中、辰流の菩提寺ではない、とある寺の境内で梢に腰かける少女を見かけた。夏のせいか、浴衣の出で立ちをしていた、その子と目が合ったかなとふと思うと、その子はやおら立ち上がり、勢いよく手を振るではないか。その大きな振りのせいか、一陣の風のせいかバランスを崩した少女は梢から足を踏み外した。
「危ない!」
と言って思わず出たのは左手だった。その手の平から布の一端が飛び出し、布は伸びに伸びて少女の体に布が巻き付き捕捉すると、落下を支え、ゆっくりと地面に下ろした。
礼を告げる少女が遠ざかり、視界からいなくなるのを待って、
「俺の意思で自由自在ってことか?」
左手を見つつ、一反木綿の言いたいことがこれかと思い至った。
それからは、図工部の性か、いろいろ試したい衝動に駆られ、練習やら実験やらを重ねた。
手を洗ったりしても濡れない。特許レベルの撥水効果抜群さ、あるいは瞬間乾燥か。優麻が解析したら生産可能にするだろうが、そもそも他言できはしない。巻き付いた初日からしばらくはビニル袋を覆わせて風呂に入っていたのがばからしく思えるくらいだ。実際公園の池に浮かぶドッヂボールを見つけた際は、他に誰もいないのを認めてからこの一反木綿を伸ばし拾い上げたが、いささかも濡れていなかった。
距離を置いた空き缶を、BB弾が貫通したように、射抜くことができる。
棒高跳びのポールのようにして跳躍。高い塀を乗り越えることができる、などなど。
これまでの実験結果をまとめる。
伸びる最大の距離は五〇メートル。伸びていても生地が伸縮しているだけで、左腕から剥がれるということはないので、痛みがぶりかえすことはない。巻き付いて持ち上げられる質量は最大で四〇キログラム。布だが耐久強度を増し鉄板のような硬さにもできる。
「スパイダーマンだな」
結果を見れば、アメコミヒーローへの変身気分にもなってもおかしくはない。
ただ、ふと頭をよぎることがあった。しゃべられなくなった一反木綿。邂逅初日に言われたように、それでも傷が治った後のことなど予想もできなかった。
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