第四章

第21話『天乃と過ごす休暇』

 午後1時30分、時計を確認。

 自宅より徒歩10分のところにあるバス停にて、天乃そらのと合流を果たす。


「やっほ」


 天乃はトレーナー。膝に穴が開いているダメージジーンズ。浅めのキャップに小さめのリュック、というラフな格好だ。


「そういうのは別にいいって言ったのに」

「まあまあそんなこと言わずに、さ」


 パンパンに膨れ上がった、両手に握られているビニール袋が視界に入る。


 和昌かずあきは気遣われることに慣れていないからの言い分なのだが、天乃は「気にしない気にしない」とさわやかな笑顔で返答してきた。

 しかし、気持ちを受け取るだけでは気が引けてしまうため、和昌は提案する。


「荷物、持つよ」

「じゃあ1つお願い。先に言っておくけど、これを勝手に買ってきたのは私だし。それに両手が塞がってたら鍵を開ける時とか不便でしょ」

「わかったよ」


 和昌は、渋々その言い分を飲み込んだ。

 そして二人は歩き出す。


「先に言っておくけど、私は男子の家に行く初めてだから」

「俺はそれを聞いてどんな反応をすればいいんだ」

「素直に喜ぶんでしょ」

「なんでだよ」

「そういうもの」


 これ以上話を続けても平行線になってしまうだろう、と思った和昌はツッコミをグッと堪える。




「ふぅーん、こんな感じなんだ」


 和昌が住んでいるアパートに到着。

 物珍しそうに部屋を見渡す天乃。それをなんだかむず痒く思う和昌。


 部屋の中はこれといって物珍しい物が置いているわけではない。

 フローリングに壁紙はクリーム色。パソコンが床に置いてあり、モニターなどが置かれているデスク。そこにベッドがある程度のスッキリとした配置になっている。


「もっとこう、いろんな物が置いてあると思ってたから――ちょっとガッカリ」

「俺も他の人の部屋に入ったことがあるわけじゃないから、他がどうなっているのかがわからない」

(趣味があるわけではないし、全部パソコンで解決するしな)


 和昌は壁に立てかけてある、折り畳みの四角いテーブルを中央に立て、膨れ上がっているビニール袋を置いた。


「これしかないけど、使って」

「ありがと」


 部屋にたった一枚しかない座布団を敷いて手招きした。

 その後、和昌も対面に腰を下ろす。


「普段は何をして過ごしているの?」

「パソコンでネットサーフィンとかかな。動画を見たり、調べ物したり」

「まあそうだよね。私もそうだし」


 天乃はさっそくお菓子の封を開けている。まずは、と3袋。


 その光景を目の当たりにし、和昌は疑問をぶつける。


「確認してなかったんだけど、今日って何時ぐらいに帰るつもり?」

「決めてないよ」

「え。女の子が男の家に長居するのって、マズくない?」

「どうせ、帰りが遅いと親が心配するから。とかって心配してるんでしょ」


 思っていたそのままだったため、和昌は頷く。


「私は1人暮らしだから、全然大丈夫。なんだったら泊っても」

「いやいや、確かにそうかもしれないが……って、本当に泊っていくつもり?」

「いいや、さすがにそこまではしないけど。いや、してもいいならするけど」

「いやいやいや、それはさすがにマズいでしょ」


 全く表情を変えず、何をそこまで心配しているかわからなそうに首を傾げる天乃。


「はぁ……わかったよ。それで、どうして俺の部屋に来てみたかったんだ?」

「せっかくの3連休だからね。和昌とは趣味が合いそうだったから、って」


 数日前のことを思い出し、『そういえばそうだった』と納得する。


 そして3連休というのは活動を休む、という名目で合って祝日というわけではない。

 しかし正式な休みというわけではなく、どちらかというとメンバーとの親睦会のような感じになっていた。


「それでそれで、ゲームやってるところを見てみたいなって」

「別にいいけど。それって面白いのか?」

「私も初めてだからわからないけど、こういうタイミングでしか見ることができないじゃん?」

「たしかにそうではある」


 だが和昌はふと思った。

『もしも自分の経歴が知られてしまったら、どんな反応をされてしまうのだろう』、と。

 ただの経歴ではない。

 身に覚えがないにしても、大炎上を経験している人間だと知られたらどう思われるか。

 そんなもの、どういう風に見られるかなんて想像するに容易いことだ。


 和昌は人知れずに危機感を覚え、手汗が滲む。


「見た感じ、ゲームとかするのはパソコンなんでしょ?」

「そ、そうだな」

「じゃあさっそく見せてよ。長時間とかはいいから。んで、後は動画とか観たりしない?」


 ゲーム実況をしていたアカウントはもうないから、動画投稿サイトにアクセスしたところで問題ない。

 当時使用していたゲームIDも、徹底的に動画で出していなかったから、もしも和昌が実況などしていた動画を視聴していたとしても問題ない。

 ボイスロイドが目に留まったとしても、それっぽい言い訳ならいくらでもできる。


 だから、現状では緊張感を抱く必要性は皆無。


 しかしもしも、もしもの事があったら……という思考が絶えず巡ってしまう。


「あ、ごめんごめん。さすがにパスワードとかを見るのはマナー違反だよね」


 と、パソコンの立ち上げ時に入力したりするパスワード等を考慮した天乃はモニターに背中を向けた。


(よかった。今の内にいろいろと確認しよう)


 ドッドッドッと鳴り止まない鼓動を感じつつ、急いでパソコンを立ち上げる。


「終わったら教えてー」

「お、おう」

「一応だけど、見られたら恥ずかしいのとかも注意してね」

「そんなものはないから安心してくれ」


 今は、こういう軽いやり取りが和昌の焦りに焦った心を落ち着かせる。


(ゲームIDに、その他もろもろのアカウントは――大丈夫、問題ない)

「よし、大丈夫」

「はいはーい」


 天乃はなんの疑いを持つことなく、クルッと向きを変えた。


「ほえー、壁紙おしゃれだね。私もちょっと暗めの雰囲気なやつにしてる」

「個人的にはこっちの方が、画面が表示された時に落ち着くっていうか、目に優しい感じがして好きなんだよな」

「めっっっっちゃわかる。長時間モニターを見てたりすると、明るさを押さえてたとしてもちょっと目にくるもんね」

「そうそう、本当にそれ」


 さっきまでの緊張感はどこに行ってしまったのか、と思ってしまうほどに表情に明るさが戻っていく。


「じゃあゲームって何をすればいい?」

「本当になんでもいいよ。私と趣味がバッチリなんだし」

「うーん、なら――」




 気づいたら3時間も経過していた。


 ゲームのジャンルは絞らずに、いろんなものをやった。

 戦う度、ストーリーを読み進めていく度、和昌と天乃は話が盛り上がった。

 それはもう、天乃が話を合わせていただけではなかったんだと簡単に理解できるほど。和気藹々と目線を合わせ、感情を隠すことなく笑い合い、時には目に涙が薄っすらと浮かべ。


「やっばい。こんなに意気投合できた人は本当に初めて。楽しすぎ」

「俺も同じ」


 警戒していたことが嘘であったかのように、緊張なんてどこにもなくなっていた。


(もしかしたら、全てを打ち明けても受け入れてもらえるんじゃ……? ――いや)


 2人の間にもはや壁はない。

 そのはず。

 そのはずではあるが、それでも踏み出せない。


 もしもこの良好な関係が、和昌の秘密を知ってしまったらどうなるのか。


 もしかしたら、今以上に絆が深まるかもしれない。

 もしかしたら、一気に関係が悪くなるかもしれない。

 もしかしたら、パーティという関係性はこのままでも、距離感が生まれてしまうかもしれない。

 もしかしたら、解決策を一緒に考えてくれたりして、距離感が縮まっていくかもしれない。


 もしかしたら、もしかしたら、もしかしたら。


 たった少しだけ事情を説明しようと口を開こうとすれば、そんな思考がぐちゃぐちゃに渦巻いていく。

 これからの事を考えるのであれば、絶対に言っておいた方がいい。

 関係性が構築され始めた今だからこそ。

 このまま、ずるずると告げるのを先延ばしにすればするほど最悪な展開以外待ち受けていない。


 でも、だから。だけど。


(2人は俺に恩を感じてくれている。だけど、恩返しはいろいろしてもらったし。ここら辺で終わりにした方がいいんじゃないか……)


 唯一全てを知っている芹那せりなは例外にしても、真綾と天乃は別だ。


「ねえねえ、映画とかアニメってどういうの観たりするの?」


 そんな心境の和昌なんてお構いなしに、天乃は今まで見せたことないほど楽しそうに話をしている。

 和昌はその表情を目の前に、ぐちゃぐちゃに渦巻いていた感情が一気に飛んでいった。


(何を考えているんだろうな、俺は。天乃は今の俺を見てくれて、一緒に居てれくれているっていうのに……。いつまでもくよくよと考えていないで、それに応えないでどうするんだよ)


 天乃の笑顔に、和昌の迷いは吹っ切れる。


「俺は熱くなれるものが好きかな」

「おぉ、私も私も。そんでもって、ヒロインがピンチな時に主人公が駆けつける展開とか激熱じゃない?」

「めっちゃわかる」


 それから2人は時間など気にせず、互いの好きを語り明かした。

 気づけば22時になっており、あんなにあったお菓子もなくなっていて、解散となり、3連休の1日目が終わりを迎えた。

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