第75話

 ――シャドウファング本拠地にて。

 一人の構成員が、ボスである黒岩くろいわ牙狼がろうに呼ばれて最奥の部屋の前までやってきていた。


 コンコンと扉をノックし、ガチャリという音を立てて扉を開ける。


「リーダー、呼ばれてきまし――……って、どうしたんですかリーダー!?」

「う、ゔぅ……ッ!」


 そこには、頭を抑えながら地面にうずくまっている牙狼の姿があった。一目で異常事態とわかり、構成員は牙狼に駆け寄る。

 何かをブツブツと唱え、構成員の肩をガシッと掴んだ。


「り、リーダー! 誰かに奇襲されたんすか!? もしやサクたんがもう……」

「違、う……! 全部、違うんだ……! ぜ、んぶ……の意思じゃ、な――」


 牙狼の瞳が開き、目の前にいる構成員を見つめる。その瞳は宛ら無告之民の如く、救済を求める瞳をしていた。

 しかしその直後、まるでロボットがシャットダウンされたようにガクンと脱力し、いつもの荒々しい瞳に戻る。


「……チッ、また寝てたか。おい! 何ボサッとしてんだテメェ……。さっさと始めるぞ」

「え、は、始めるって何を……? っつーかもう大丈夫なんすか!?」

「あぁ? なによくわかんねェこと言ってんだ。本格的に藍堂咲太を潰すんだろうが……!!」

「で、でもあの鬼蛇穴きさらぎ会から止められてるんじゃ……」

「なんか文句あんのかよ」


 鋭い目つきで萎縮した構成員は口を紡ぎ、ふるふると首を横に振った。


「ククク……!! このままどん底まで引き摺り下ろしてやるぜ!!」


 くるりと踵を返して背中を向ける。

 その時、構成員は違和感を抱いた。


「(……あれ、そういえばリーダーのうなじにあんな機械付いてたっけ……)」


 その疑問が払拭されることなく、構成員はこの場を後にする。


 このクランの滅亡はただの終わりを意味するのか、それとも新たな始まりを意味するのか。

 それが分からぬまま、シャドウファングは静かな宣戦布告をするのであった……。



###



 心霊スポットダンジョンから無事に帰還した翌日、僕は自宅の一室にてとある人物を起こしていた。


「おーい、もう朝だよ? おーきーてー!」

「う、うぅん……あとさんじゅっぷん……」

「も〜」


 僕がカーテンを開けて太陽光を部屋に取り込むと、ベッドの上で転がる人物は寝返りを打ち、再び夢の中に誘われようとしている。

 ため息を吐いた後、コホンと咳払いをし、こう言い放った。


「あっ、肩に幽霊乗っかってるよ」

「ミ゜ッ!?」


 ――ドゴン!


 陸に上げられたトビウオが跳ねるだけでなく、そのまま空を飛ぶかのように驚いて天井に頭が突き刺さってプラプラしている。


「ルハ、ぐっどもーに〜んぐっ! よく眠れたみたいだね」

『……おはよ……さくた。次はもっと優しく起こしてほしい……』

「じゃあ次はちゃんと起きてね?」

『……はい』


 そう、僕の家の一室で眠っていたのはルハである。帰るあても無いらしいし、僕の家の一室を貸してあげることにしたのだ。

 家ではルハに家事の手伝いなどをしてもらうメイドさん的立ち位置になってもらい、僕が色々と勉強を教えたりする予定である。


 自分の太い尻尾を抱き枕にしてヨダレを垂らしながら寝てたし、まぁ慣れるのは早そうでよかったよかった!


 天井に刺さるルハを引っこ抜こうと尻尾を掴んで引っ張り始める。


「ふぬぬぬぬぬぬ!!」

『ちょ、尻尾抜けちゃう! わたしのアイデンティティの一つ!! もっと大切に扱って欲しいんだけど!?』


 少し引っ張っただけで息が上がり、床に倒れこんだ。朝からこんな重労働をする羽目になるとは思いもしていなくて、今日一日過ごせるか不安になってくる。


 ……というか、僕じゃあルハを助けられないかもしれないなぁ……。

 とりあえず最悪のケースに備え、天井に刺さったままのルハを介護しながら暮らす生活を考えよう。


 思考を巡らせ始めようとすると、ドアが開いて誰かが部屋に入ってきた。


「咲太! ビッグニュースが入ってきましたわ〜! ……って、なにしてますの?」

凛理りり! 丁度良かった〜、抜くの手伝って欲しいんだ」


 ドアを突き破る勢いでやってきたのは凛理であり、少し息が上がっている様子からして緊急の問題があるように見える。

 けど、こちらもまあまあ緊急事態なのでこちらを優先してもらうことにした。


「今日から居候が来るとは聞いていましたが、まさかこのような暮らし方とは……。天井刺さりのルハエッティですわね」

『何わけわかんないこと言ってんの! 早く助けて!!』

「あぁん? 『助けてくださいお願いします超絶かっこいい涼牙様ダーリンをお持ちの凛理様』でしょう? はいリピートアフタミー!!」

『もうこのままここに住む……』


 凛理をなんとか説得してルハを天井から引っこ抜いてもらう。

 僕の家はダンジョンと同化しているし、天井や壁はもちろん、特定の家具などは傷ついたとて時間が経てば元通りになるから安心だ。


「……痛かった」

「よしよし、もう大丈夫だよ」

「……ふふ。さくたに撫でられるのは嫌いじゃない。もっと撫でて♪」

「う、うん……?」


 電子鰻うなぴによると、僕を助けるためにルハの脳に入って思考を少し変えて、戦闘後に元に戻したって聞いたけど……ルハってこんな感じだったっけ?

 僕が頭を撫でると少しフニャッと笑い、嬉しそうに尻尾をゆらゆらと揺らすルハ。疑問は残ったままだが、一旦それを置いておき凛理に話しかけた。


「それで? なにか問題発生したの?」

「そうですわ〜! あのシャドウファングとかいうクソクラン、ワタクシの組からの警告を無視して計画を進めるとか言いやがりましたのよ」

「え、まだ全然準備できてないのに!?」

「えぇ。遅くても今夜ですわね……。シャドウファングの本拠地である、新潟県の山間部にあるダンジョン――〝雷霆の迷宮ダンジョン〟へ乗り込むべきかと」


 タイムリミットは刻一刻と迫ってきているらしい。

 準備が疎かな今乗り込んでもまぁなんとかなるだろうというケ・セラ・セラ的思考を持っているが、一つ悔やまれる点があった。


「一応ダンジョン攻略なのに配信できないのかぁ……」


 流石に僕たちが行おうとしていることは、たとえ正義の行いだとしても世間一般的に見れば犯罪紛いな所業。

 勝手に人の敷地に侵入し、それをぶっ壊そうとしているから、流石にこんなのをDuntubeダンチューブで配信したら大荒れしちゃう。


「なに言ってますの? すればいいんじゃないですか」

「えっ? 流石にダメでしょ」

「……あ、もしかして……」


 凛理の謎の後押しと何かを理解したルハ。

 この時の僕はなにもわからずに首をかしげるのであった。



###



「えーっと、これをこうして……よしっ! 配信スタート〜っ!!」


 のボタンをポチっと押す。


◆お、また新たな配信枠きちゃ!

◆wkwk

◆最近は派手な犯罪配信少ないよなー

◆前の殺し屋配信は良かったぞw

◆ん?

◆え

◆これサクたんじゃね!?

◆ふぁっ!?

◆なんでここにいんだよww


「どうも、サクたんです! こんばんは――♪」


 シャドウファングの拠点へ乗り込む前、僕は配信を開始した。黒いカメラに向かってニヤリと不敵な笑みを浮かべ、そう言い放つ。


 いつものDuntubeではない。犯罪者の人たちが使っている裏の配信サイト――〝Untubeアンチューブ〟で……。



[あとがき]


【朗報?悲報?】サクたん、アンチューブデビューを果たす

次の顎外しターゲットは犯罪者コイツらだッ!!


と、いうわけで、サクたんによるクラン滅亡RTAはっじまっるよ〜〜。

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