第23話
「で、相談とやらはなんだ」
全てのケーキを腹におさめ、如月はようやく話を聞くつもりになったのだろう。
空腹という最大の調味料をもってしても、これ以上渡されたやきそばを食べ進めることが出来なかった俺はその言葉を救いとばかりに箸をおいた。
「あの、俺が今住んでる部屋のことも……俺のことも、ご存じだと思うんですけど」
気だるげに縦に振られた首を肯定ととらえ、俺はおずおずと今の状況について切り出した。
間宮悟……旧姓、高城悟が隣室一〇二号室で起きた殺人事件の犯人の一人息子であり、部屋で共に遊んでいた少女は自分と母親が逃げた直後に父親に殺されたこと。大学に入り新しい人生を歩もうとした矢先、事故物件かつ心霊物件になっているこのアパートを見つけたこと。まだあの部屋に「りんちゃん」がいるならば自由にしてあげたいが、何故か俺にだけは姿を見せてくれないこと。
一度鏡越しに姿の片鱗を見せた時も、俺が見えていることに気付いた瞬間逃げるようにあの子はいなくなってしまった。
「最初は、部屋に居ても何も起きないからもうあの子は居ないんだと思ったんです。でも、前に家に来た奴らは全員『りんちゃん』の姿を見ている。どうして、俺だけ」
何故俺の前にだけ、あの子はかたくなに姿を現そうとしないのだろうか。
俺の話を黙って聞いていた如月は、ひとしきり話し終わった俺の顔を見て興味深げににやりと笑みを浮かべて見せた。
「なるほどな、今まで一週間も持たずに逃げ出してた部屋の住人が、今回はずいぶん長く居座ると思ったらそういうことか」
「そういうこと、ってどういうことですか」
「……お前、霊っていうのはどんな場所にどんな姿で現れるか分かるか?」
「えっと、大体は亡くなった場所に亡くなった時の姿で出るもんじゃないんですか。交通事故とか、トンネル事故とか。そういうことがあった場所ってよく心霊スポットとかになってますし」
事実、自殺があった場所はよく「そこで死んだ何某かの霊」が出る事故物件として有名になることが多い。良くテレビで取り上げられるような心霊スポットも、大体はそこで何らかの事故や事件が起きた場所であることがほとんどだ。
「まあ、確かにそういうケースが多いがな。俺は死んだ奴の思いが強く残る場所に霊が留まると思ってる。たいてい死んだ奴は最後の思いが其処に残留思念みたいに留まるから、其処に出る。いや、動けないといった方がいいのかもしれないがな。」
「りんちゃんは、やっぱり置いて逃げた俺を恨んでるからここに残ってるってことですか」
「お前思ったより馬鹿だな」
完全に馬鹿にしたような物言いにカチンと来るが、俺は黙って続きを促した。先ほどまであんなに喋ることすら面倒臭げだったというに、オカルトに関することにはこんなにも饒舌になるのかと生暖かい視線を送ってしまう。
「そのりんちゃんとやらは、お前以外の他の奴には必ず姿を現して敵意を向く。だがお前の前には現れようとしない。そうだな?」
確かめるように繰り返された事実に、俺はゆっくりと頷いた。
「お前とその子は、最後に何をしていたんだ?」
「……最後に」
記憶の中の幼い自分。柱に顔を押し当てて、暗闇の中で必死に数を数えている。暗闇の中で遠ざかっていく小さな足音はあの子のものだ。
「かくれんぼ、をしてました」
「鬼は誰だった?お前じゃないのか」
「そうです、俺が鬼だった。りんちゃんは隠れて……って、まさか」
如月は無言のままゆっくりと頷いた。
「そうだ、お前たちはまだかくれんぼの途中なんだ。二人だけのかくれんぼの途中で知らない奴らが突然割り込んで邪魔をしてきたから、今まで住もうとした奴らは全員追い出された。お前にだけ姿を見せないのも当然だ、お前は鬼なんだからな」
お前が彼女を「見つけた」と言うまで、かくれんぼは終わらないんだ。そう呟く如月の声が、俺の頭の中で反響する。
「だが、興味深いな。ただのかくれんぼにそこまで執着するか」
「あ、多分……ですけど。いつも俺達、勝った方が負けた方の言うことを聞いてたんです。りんちゃんはかくれんぼが得意だったから」
「なるほどな。子供とはいえ、お前たちなりに真剣勝負だったわけだ。お前、あの子がどこに隠れているか見当はついてるのか」
その言葉に俺は静かに首を横に振る。おそらく和室にいるのは確かだが、どこにいるかと言われれば正直自信がない。
記憶の中の彼女は、かくれんぼを大の得意とする少女だった。細い体を生かし、まるで消えるように色々なところに隠れてしまう。クローゼットの中の洋服の隙間や、風呂場に置かれた洗濯機の隙間。いつだって幼い俺が半べそをかきながら「降参」の声をあげると、予想もつかない場所から現れて驚かされたものだ。
「それに姿が見えないなら、見つけられるはずがない……」
そもそも今の彼女はこの世の存在ではなく、実体を伴っていないのだ。自分から姿を現すのを拒んでいる以上、見つけることなど不可能だ。
「まあ、確かにフェアなかくれんぼとは言えないな」
如月は何か考え込むように頭を搔きむしると、思い出したとでもいうように近くに置かれていた薄汚い段ボールの小包みへと手を伸ばした。いつからそこにあったのか、段ボールの表面にはうっすらと白い埃が積もっていた。
「見たいものが見えない事に同情はしてやるよ。ちょっと待ってろ」
良いものがある、というと段ボールの箱を乱暴に開け始める。
雪のように舞い上がった埃にせき込んでいる俺を無視し、如月は満足げな笑みを浮かべながら中に入っていた数枚の黄ばんだ紙をつまみ上げる。
「何ですか、それ。お札……ですよね?」
俺は首を伸ばして如月の手に握られた紙を覗き込む。
日に焼け黄変した紙の上に、墨で流暢に描かれたミミズが這いまわったような解読不能の文字が躍っているのが見えた。梵字、というのだろうか。そういったものに詳しいわけではないが、台所に貼って火事がないことを祈ったり、部屋の中にはって無病息災を願う似たようなものなら見たことがある。
「いや、これは護符だ」
「護符とお札って何が違うんですか?」
知っていることが当たり前のように返された言葉に、俺は思わず聞き返してしまう。護符、という言葉も聞いたことがないわけではない。
こう見えても、人並み程度に漫画や小説はたしなむ性質だ。
良く日本を舞台にしたホラー小説やゲームに登場するアイテムで一度は名前を聞いたことがある。大抵敵から身を守ってくれる防御アイテムとして登場することがほとんどだが、実際お札と何が違うのかといわれると俺には全くわからなかった。
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