第7話
大学、というものは同じ「学校」という枠で括られてはいるものの、それまでの小中高と十二年間過ごしてきた学生生活とは全くの別物だ。
義務教育である小学校・中学校だけでなく、日本の学校は高校も併せて基本的には授業を能動的にこなすだけの学校生活だ。
高校に入れば進学先を決めたり、文系理系を選ぶといった多少の選択肢を与えられることもあるが、基本的にやることは変わらない。学校に行き、一方的に喋り続ける教師の授業を聞き、放課後は部活をして帰る。それの繰り返しだ。
だが、大学はそうも言っていられない。今までの学校生活と違い、大学というのは生徒側が希望に合わせて自分だけのカリキュラムを作成しなければいけないのだ。
口でいうのは簡単だが、数百に及ぶ授業の中から単位やら何やらを計算し時間割を作るのは正直骨が折れる。カリキュラム作成に失敗し、途中から授業をさぼり単位が足りなくなる……という、小説や漫画の中で何度も読んだ設定が今自分の身を襲っているというわけだ。
正直なところ、自主性を奪うような授業ばかり強要しておいて急に「これからは貴方の自由に全ての授業を決めてください」と放り投げられてしまっては、こちらとしても文句の一つも言いたくなるというものだ。
「……うーん」
俺は先ほど配布されたカリキュラム表を睨みつけながら、盛大に眉を寄せた。
手元に書き出した一週間のスケジュールは一限から六限、多い時では最終授業となる七限までみっちりと埋まってしまっている。一時間に満たなかった高校までの授業時間と異なり、大学の授業の一コマは一時間半、きっかり90分もある。人間の集中力が続く限界と言われる90分に、何故授業時間を設定してしまったのかと文句の一つも言いたいところだが昔から決まってしまっているのだから仕方がない。
だが、七限ともなれば授業の終わりは夜八時を超えてしまう。これではほぼ学校に缶詰め状態だ。
「えーと、間宮だっけ。お前もう取る授業決めたか……って、なんじゃこりゃ」
「お前、こんなにミチミチに授業入れてどうするつもりだよ」
同じ学部になった、まだ名前を覚えきれていない二人の男子学生が俺の手元に置かれたスケジュール表を見て悲鳴に近い声を漏らす。それもそのはずだ、彼らが手にしている仮組のスケジュールは俺のものに比べて明らかに空白が多かった。
「教員に司書に、学芸員まで?お前一体何になるつもりなんだよ」
「いや、どうせなら取れる物は取っといた方が良いかな……って」
そう、俺の授業がここまで詰まってしまったのには理由がある。
学部必修と呼ばれる授業に加え、大学で取得できる諸々の資格を全てとるために授業を組んだ結果こんな過密スケジュールになってしまったのだ。
とはいえ、後悔はしていない。
大学の、しかも文系ともなれば基本的に世間での評価は「人生の夏休み」だ。勿論全ての学部がそうとは言わないが、大学の授業に出るのはあくまで二の次、バイトやサークルに明け暮れる学生は多い。
そのせいで、毎年一定数の生徒たちが単位不足で進級できない事態が発生するというわけだ。
だが、俺にとってこの大学生活は転機だった。ここでこれからの人生の土台を作り、新しい一歩を踏み出していくために今後の選択肢の幅は出来る限り広げて置かなければならない。たとえ、多少の自由と交友関係を犠牲にしたとしても、だ。
「とりあえず、色々取ってみようかなと思って」
そつなく愛想笑いを浮かべて見れば、二人はどこかきまり悪そうに顔を見合わせ、俺の書いたスケジュール表の水曜日、一限目のコマを指さした。
「ここの第二外国語、取るなら別のコマの方が良いぞ。そこの教授、すげー面倒な性格の癖に、授業がくそらしい」
「同じ内容の授業が木曜にあるだろ、そっちと交換しとけ。俺らもそうする予定」
「え、あ。サンキュー……」
慌てて分厚いキャンバスを開きながら、俺は慌てて二人が教えてくれた木曜日の授業表へと目を走らせる。其処には彼らの言う通り、同じ第二外国語の別の教授による授業が設定されていた。
(あれ?でも、二人ともなんでそんな事知ってるんだ?)
入学式からまだ数日、どの学部も初回の説明会が終わった程度で授業はまだスタートしていないはずだ。目の前にいる彼らは先日のガイダンスで挨拶を交わしたので、少なくとも留年したメンバーではないだろう。
「何でそんな詳しいんだ、俺そういうのさっぱりで……」
純粋な感謝と共に二人を見上げれば、彼らは互いに「ああ」と納得したように目を合わせ、ほぼ同時に窓の外を指さした。
「俺達、昨日サークルの飲み会……っていっても当然酒は飲んでないけど。それに参加して、先輩達から教えてもらったんだ」
「単位が取りやすい授業とか、テストの対策とか教えてもらえるぜ。お前も参加してみたら?」
酒を飲んでいない、と慌てて強調していた所に若干の怪しさはあるが、今は彼らの善意を信じることにしよう。
彼らの指の先に目を向ければ、窓の向こう側に大学の敷地を埋めるように集まる人混みが目に付いた。大学というのは本来学びを第一にする場のはずだが、仮装をしたり明らかに手作りと思える派手な看板を持ったりと目に賑やかな男女が、まだどこか初々しく場に不慣れな空気を纏う面々に手当たり次第に声を掛けて回っている。
「ああ、なるほど」
高校まではまず目にすることのない、大学ならではの春の風物詩。サークル勧誘の光景が眼下に広がっていた。
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