セットアップ(5)/旗は振り下ろされた
「さて。仕留めたわけだが」
言動一蹴。
くるりと周囲に目を向けて、封鎖された道路から遠巻きにこちらを見守っている野次馬たちが近寄らないことをマイフェアレディは確認する。
あまり考えながらも、落ち着いた動きを演じてクロックと少女に近づいた。
「二人共大丈夫か?」
「おう「マイフェアレディ~~!! ありがとごぉおおおおお!」
歓喜の声を上げて、抱き抱えていたクロックから元気いっぱいに少女がマイフェアレディに抱きついた。
「……つら」
「げ、元気出せよ」
文字通り足蹴にされたクロックが凹んでいた。知名度と世間的人気が比例した残酷な光景だった。
よしよしと豊満な胸にすがりつく少女の頭を撫でながら、マイフェアレディは励まして。
「「「「よし。それじゃあ後はまか」」なに?」
ざら。
ざらざらざら。
音を立てて、怪塵が、崩れ去っていた。
――綺羅綺羅輝く砂金と共に。
怪塵の残骸が、金塊となっていた。
まるでコインを崩したように金の塊になって。
「おい、あれ」「金だ」「金じゃないのか?!」 「マジかよ!」 「やべえって!!」
「おい、こっちにも金だ!」 「あいつ金だ!」 「すごいぞ!!」 「誰か拾え!!」 「取られる前に!!」
誰かが上げた声と共に民衆が押し寄せた。
「追いバカまて! 落ち着」
声を荒らげて、慌てて止めようとするマイフェアレディ。
だが駆け寄る人の波は暴力的で。
――
気がつけば、二人は揃って道路の外にいた。
ぜぇぜぇと息を切らすクロックに抱き抱えられて。
「ぉ、おいクロック?!」
「ぜぇ。あんな大金……いや金メッキかもしれねえけど、見せられてマトモにいられるわけねえ、だろぜぇ」
呆れたような声。
息遣いが荒く、必死に呼吸をしていて。
普通の、人間の声をしていて。
クロックは嘆くように首を軽く振って。
「マイフェアレディ」
息を吸い。
「俺、ヒーローやめっから!」
軽やかに彼は言った。
「――――は?」
「「「後は頼んだ。君もちゃんと病院観てもらえよ」」」
クロックの姿が掻き消えた。
残ったのは遅れて聞こえた声だけで。
「は?」
クロックはいなくなった。
「はぁ?」
残ったのはマイフェアレディと抱えられた女の子だけで。
「は?????????」
「あ。クロックさん、まだお礼言ってない」
小学校低学年ぐらいだろう女の子は、キョロキョロと遅れたように言い出して。
それも聞いたマイフェアレディは唸るように叫んだ。
「おっま! ふざけんなよぉおおおおおおおおお!!?」
その叫び声は、金を奪い合う民衆の狂乱にかき消されて届くことはなかった。
そして、その日押収された金の質量はおおよそ2トン。
金額にして50億を超える砂金だった。
―― クロック、ヒーロー辞めたってよ ――
「じごく~のさ~た~も~♪」
ぴょん、ぴょん、ぴょん。
兎が踊る。
「か~ね~っしだ~~い~♪」
ぴょんぴょんぴょん。
白い兎が跳ねる、踊る、回る。
時計の針のようにくるくる回る、どこまでも、同じ動きをしていて、回る。
「鬱陶しい」
その背中を蹴り飛ばされた。
「うさー!?」
真っ白な影が、ビルの屋上から落ちた。
「チッ」
だが次の瞬間、蹴り飛ばした人影の後ろに降り立っていた。
「ビビったうさー♪」
真っ白なコート、真っ黒なうさ耳、灰色のバニースーツ。白銀細工の懐中時計。
純白の新雪のような長髪に、扇状的な体躯、発情した頬紅に、赤い瞳。
「計測は終わった。大体処理限界はこんなもんか」
それを無視する人影は、淡々と確認するように声を流した。
「うさ♪ うさっ♪」
「フランダースは南から動けない。ジャグルジムは都外で戦わなければ時間は稼げる。ピーターパンは守る範囲が広すぎる」
「うさっ♪ うさ♪」
「対抗できるのは
「うさ♪ うさっ♪」
「他の首輪付き共はなんとでもなる、が」
「うさっ♪ うさっ♪」
「まさか。今更ノコノコと出てくるとはな――
ギチリと貴金属の掌が軋みを上げる。
貴金属の手を持つ人影の目線は、金を掻き集める愚民共と、それを止めようとしながらも周囲を警戒するヒロインに向けられていた。
この分では奇襲を仕掛けた所ですぐに仕留めるのも難しいだろう。
応援を呼ばれ、面倒な戦いになる。
そう。戦いだ。
「俺は面倒が嫌いだ。時計うさぎ、どうなっている?」
ぴょんぴょんと踊る道化に、それは訪ねた。
「奴の評判は、貴様の
カチリ。時計の短針が進んで止まったように、I字ポーズで兎が止まる。
「うさ」
カチと、ねじ巻き式の人形のように、兎は両手を左右に伸ばし、右足を前に突き出す。
「ざいじょー!! 偽証罪! うさ! うさ!! ぎしょー!」
下げた右足が地面を叩く。
ガコンと震わせて、苛立つように六時を体で表現する。
「あいつは偽物! あいつはけしからん! 私のパクリ、贋作! ぱくうぅううり!! 罪状、しぃけええい! うさ!」
上げた右足が空を蹴る。
スカッと振われて、苛立つように九時を体で表現する。
「首を刎ねろー!! うっさっさ!」
上げた足が天を指す。
スクッと挙げられて、苛立つように12時を体で表現する。
そのままくるくる回る狂った兎から目を外し、貴金属の手の男は呟いた。
「オマージュでもパロディでもない。千里の靴……ヘルメスの靴……ハデスの兜……アキレス……韋駄天……うさぎとカメ……神隠し……」
「うさぎじゃない! うさぎじゃなああい!!」
「うるせえ、黙れ」
喚き散らす白ウサギを三度蹴り落とし、人影は屋上の縁から軽やかに飛び降りた。
重壊音。
彼が着地した箇所が震えてひび割れる。あまりの重さに耐えかねて。
「人生も女も少しはわからない方が楽しいもんだ」
貴金属の手が、軽やかに、重い指を鳴らす。
「だから楽しませてくれよ、ヒーロー共」
兎が踊る。
誰もいなくなった場所で、クルクルと誰も見ないで踊っている。
兎が跳る。
誰もいなくなった場所で、ぴょんぴょんと誰も見ないで跳んでいる。
「俺に黄金以上の価値を与えてくれ」
黄金の仮面が嘲笑っていた。
―― 第一幕 ――
コツコツコツとキツツキみたいに靴の爪先で床を叩く。
遠くの喧騒なんて気にせずに、監視カメラから外れた駅前ギリギリの位置で彼女は待っていた。
「うぃー、ただいまぁ!」
突然の声。
それが聞き覚えのあるものだと身体が覚えていて、スマホから顔を上げる。
「おつかれ~~」
渡鳥 海璃は幼なじみの声を間違えたりなんかしない。
向けた先にいるのは汗だくで、けれどもきちんと眼帯とマスクを外して、制服から柄Tシャツ姿になった佑駆だった。
「この後学校だけど、大丈夫? 着替え」
「海璃さ~、シャツいれておいてくれるのいいけど洗ってた? 埃りっぽいんだけど」
「使う予定なかったんだから文句いうーな」
ケラケラと笑いながら二人並んで表街道に出る。
もう学校は遅刻間違いなしだ。
だからゆっくりいこうと思った。
「あ、そうだ。海璃、俺ヒーロー辞めたって言ったわ」
「知ってる。ていうか聞いたじゃん」
「いやいやちゃんと伝えてくれる奴にね?」
「公式会見でもしたのかよー」
「似たようなもんかなー」
そんな会話をしながら、日常に戻る。
これで終わり。
すっきりした顔の佑駆を見て、海璃は思った。
超速ヒーロークロックのヒーローライフは、こんな感じですっきり終わりでいいのだと。
彼女は願っていた。
―― 黄金は錆びつかない ――
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