セットアップ(4)/けれどヒーローは追いつく
――
世界が
――マイフェアレディの衣装が輝き、全てが灰へと変わる。
――――灰へと変わった衣装が、光沢を得た黒塗りのドレスへと変わる。
――――――乗り込んでいたバイクが、彫刻の施された馬車へと変わる。
そして、真っ白な手袋を嵌めた指を掲げて――鈴のように
「回れ、回れ、火を焚く車、現代の馬車」
言葉と共に雪が降る。
「お前を彩ったのは誰だ」
真っ白な灰の雪が降り注ぐ。それは雲、それは水蒸気、それは排煙、それは灰燼。
「お前が乗せるのはだぁれ?」
自動車とはガソリンを燃やして走る車である
ガソリンとは燃える水である
ならば
燃えた残骸は全て灰煙なのではないか?
「――
降り注ぐ雪が、空気に溶けただけで目に見えなかっただけの排煙全てが灰へと変じる!
世界中を探しても同一なのは常に一体、その俳優か怪塵が存在している限りダブりは存在しない。
同じ物語の違う配役、続編やオマージュ、パロディなどがあっても、何故か同じものは存在しない。
俳優と怪塵は同じ
だがしかし、その脅威度は同じモチーフの俳優に対して怪塵のほうが上回っているとされる。
もしも同じモチーフで覚醒したばかりの俳優と、降臨したばかりの怪塵がぶつかれば、鏖殺されるのは俳優だ。
理由は二つ。
一つ、俳優は殆どがあくまでも人間でしかないということ。人体の非力さが、人外のモチーフに合わせて異形化した怪塵に対してあまりにも頼りない。
二つ、怪塵は変化していくということ。成長という言葉ではなく変異と言う言葉に相応しく
対峙する公的なヒーロー、ヒロインたちは教育と訓練を受け、支援された装備を身につけて対応しているのが現状だ。
そして、それと同時並行で研究され、編み出された対抗手段がある。
怪塵の持ち得る性質、
自分の能力を
これの応用にして、自分の能力を逸脱させる――
ただの灰を纏うだけだったシンデレラの力を、それから硝子の靴を履き、灰被りの服がドレスになったように硝子の鎧を纏った。
無理やりにでも、強引にでも、役割から外れなければ、ルールは通る。
そして、これはその到達点の一つ。
自分が主役の物語を
「
手を叩く。
「
甲高く拍手をするように手を叩く
――道路一面が硝子針のカーペットへと変化する。
そして、道路一面に生え出す無数の棘、蔦、ロープ、蔦めいた硝子の舞台。
誘怪火車のタイヤが否応なしにそれを踏みしめ、タイヤが割れていく。さながら無理やり硝子の靴を履かされたかのごとく。
これがシンデレラの
自分の
誰一人例外なく俳優と怪塵の
このマイソロジーもまたその注目度、認識度合いによって規模を増幅させる。
一世一代の大広告と周知さえ往かせれば、彼女はどこまでも強く輝ける。
かつて山すらも踏み砕き、都市を粉砕させんとした
日本最輝のヒーローの称号は伊達ではない!!
◆ ◇ ◇
――
(まったく感動するぜ、マイフェアレディ)
その輝き、一挙一足を、クロックは見ていた。
ルーフの上に乗りながら、マイフェアレディの対処方法に合わせて動けるように見ていた。
正確には。
クロックが人質を救出出来なくても、自分の身体で止めるべく両手を広げた動きを観ていた。
それは信用がないんじゃない。
それは信頼がないんじゃない。
それは万が一のカバーのためだ。人間なのだから失敗もする。だけど命を助けることに失敗は許されないからこその全力。
そのためになら躊躇なく
なんて輝けるヒーロー性なんだろうか。
クロックが――佑駆が――憧れて、尊敬するヒーローたちの確かな一人だと噛み締める。
佑駆が――クロックが知り、手を貸した、貸して貰ったヒーローたちは誰も彼もが輝いて、信念を軸に動いている。
誇らしくなる。
同時に自分が恥ずかしくなる。
こんなど素人であることが、自分の力と努力の未熟さに。
同時に嫉妬する。
彼女のマイソロジーを聞いて、同じように謳えない自分に。
クロックは<マイソロジー>を使えない、<オーバーライド>すらも手探りの自己流だ。
なぜなら。
クロック自身自分のモチーフがなんなのかわからないのだから。
出来損ないの俳優だと自覚はしている。
自分で自分を名乗れない、自信がない。
だからこそ。
「おぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」
それとこれとは話が違う!!
クロックは声を震わせた。【自分の声を持って空気を震わせる】
すなわち――己の唾、己の二酸化炭素、自分の声、それを持って固まった空気を解除し。
空気をバリボリと噛み砕きながら,一心不乱に足踏みをした。
動かすのはたった右足一本、固まった時間停止の世界でひたすら足を踏む。
ルーフを踏む。踏みつける。叩く。1秒、3秒、5秒、10秒、顔を真っ赤になりながら踏みつける。
時間停止世界で物体は壊れない。
壊れるのにも世界は時間を必要とする。
幾ら踏んでも金剛石のように砕けはしない。
だから。
「
――能力解除――
◇ ◇ ◆
「お゛!!」
風圧すらも吹き飛ばす怒号と共にクロックの踏みつけがルーフを破裂させる。
それはトウモロコシの粒がポップコーンになるような爆ぜ方で。
「
◆ ◇ ◇
――
時間停止中に物体は壊れない。だがそこに叩きつけられた衝撃、ほぼ一瞬の短時間かつ急激に作用する荷重は蓄積される。
衝撃荷重と呼ばれる力学的エネルギーは消えやしない。
だからただの人間のクロックの踏みつけの連打でもこうして破壊することが出来る。
観察する。
衝撃荷重を逃しきれずに裂け出したルーフを見て、目を凝らしながら、どうすればより大きく砕けるのか、狙いを絞る。
膨大な汗をかきながら、クロックはゆっくりと一歩ずつ横に動いて踏みつけ、踵で撃ち、誘導し。
――
胸を叩いて、沈黙に祈る。
――
ここから最後の一箇所、踏みつけた場所にだけ、1秒間だけ時間停止を鈍行させる――
言葉で名乗る意味はない。誰にも聞こえていない、誰にも届かない、この名乗りはいつだって最小の注目度で。
それでも自分と友だけが知っている祈りを胸に抱いている。
「
――能力解除――
◇ ◇ ◆
クロックが光のようにジグザグにステップを踏んだ。
十字を思わせる形に、ルーフの屋根が裂き誇る。
そして、クロックが踏みつけていた最後の大きなルーフの天井が千切れ飛んだ。
まるで巨大な手にそこだけ?まれて、引きちぎられたように。
激しく暴走しながら進む誘怪火車から置いていかれたようにルーフが失われた。
「
◆ ◇ ◇
――
三度連続時間停止。
過負荷に身体が軋む、息が切れる、手足が震えて止まらない。
カウントリセットを忘れた時計は【24】のカウントを刻んでいる。
インターバルなしで連続発動した時、【30】を超えた時点で激しい頭痛に酸素不足、【60】を超えれば心臓が止まりかけた。
体力はもう限界に近い。
今すぐ能力を解除してあとは任せればいいと弱きが首をもたげてくる。
(知らねえよ!)
それを意思で殴り倒して、クロックは首を無理やり下に向けた。
天井を剥き出しになった視界には驚いて見上げている少女の姿が見える。
【26】
その横に滑り込むように落ちて、がんがらじめに縛り付けているシートベルトに掴みかかる。
【27】
一秒を使って慎重に観察。少女の年齢は大体小学生ぐらい、抱えるのは問題ない。
シートベルトの強度はわからない。時間停止中は破壊不可能だ。
【28】
だが見つけた。金具があった。怪塵化していても、ビロビロと舌を伸ばすような形になってもベルトに値する触手を吐き出してる金具がある。
これに猫手の先を密着させる。
接地させた膝、腰、胸、肩、手、手首、これらをゆっくり正確に廻し――押す。曲がる。打つ。押し込む。音もなくゆっくりとのろく、正確なだけの打撃を押し込む。
固く冷たいだけの感触を全力で押し込み。
【29】
それから少女の体を抱きとめる。
あとは。
【30】
頼んだ。
――能力解除――
◇ ◇ ◆
吹き飛んだルーフの上からクロックが中へと飛び込んでいた。
魔法のようにシートベルトが弾け飛んで、中にいた少女を抱きとめている。
その時計眼帯の目はこちらに向けられていた。
「 」
声も出ないのか、ただ大きな口を開いているのをマイフェアレディには見えた。
それが何を伝えようとしているなんて聞こえなくてもわかった。
踵を鳴らし、白いの手指を打ち鳴らして、
破壊され、砕かれた火車がめちゃくちゃに転がりながら、それでも人間を轢き殺すのには十分な勢いで突っ込んできて。
「
地面を踏み込む。
ガラスの靴が地面を叩く、その靴に嵌めようとした誰かの末路を刻む。
「
アスファルトを構築する石灰質が噴出。その後部車両を串刺しにした。
強制的な制動。
フロントガラスを突き破り、クロックと少女が前へと飛び出す。
「ご苦労」
二人が地面にぶつかるよりも速く、マイフェアレディが振るった灰が優しく抱きとめる。
それを見届けて、マイフェアレディは肩を回した。
誘怪火車が変形するのをみる。まだ生きている、暴れんとギュルギュルパンクしたタイヤを回転させながら、唸りを上げて。
マイフェアレディはヒロインがしてはいけない笑顔を浮かべた。
「いくぜぇ……!」
振動するのは純白の手袋。
シンデレラが魔法を以って与えられたドレスの一部。
煤と灰だらけの格好から、美しい舞踏会へと変わったもの。
ならば。
シンデレラが身につけたものは全て灰まみれになるのではないか。
「オラぁああッッ!!」
純粋な打撃を持って。マイフェアレディが
同時に地面がひび割れ、火車の車体が跳ね上がった。
「オラオラオラオラオラオラオラオラ!!!」
呼気を上げて、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る。
殴りつけた部位が灰へと変わる、灰へと変わった部位になり、水晶になって広がりその部位が次の打撃で砕かれる。
舞踏会→武闘会というメジャーな言葉遊びがある。
そして、かつてマイフェアレディは、ヒーローとしてのデビュー前にバトルオブシンデレラというアクション映画に出演した。
ノースタントで主演女優をやり遂げた。調子乗ってワイヤーアクション抜きで、階段のハンドレールとかを硝子の靴で滑り降りた。NGシーンになった。
めちゃくちゃ売れた。ヒーローなんてならないでアクション女優になってくれと監督に懇願された。セクハラを求めたスポンサーの一人を殴り倒した。
閑話休題。
だからマイフェアレディは、
そしてなによりも。
「オラオラオラオラオラオラオラオララララララララララララララララララララ!!!」
マイフェアレディはムエタイを収めている。
「LAAAAAAAAAAAAAAAしゃっ!!!」
ほぼ水晶とかした車体を素手で解体し、粉砕し、殴り砕き、ぐいっと捻りながら硝子の靴底で蹴り抜き。
「
引き抜く。
裸足のマイフェアレディが、片足立ちでくるりと回って。
「
指を鳴らす。
手を叩く。
感動的だと言わんばかりに両手を広げて、主演女優は告げた。
「カーテンコール!」
粉砕爆発。
怪塵は、車体は、全てが結晶とかして爆発四散した。
キラキラと硝子の雨が降っていた。
「感動的だろ? 泣けよ」
「バイレオンス過ぎて子供が泣くわ」
助け出した少女はびえーと泣いていた。
ヒーローの、というかヒロインの姿じゃなかった。
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