オープニング・イメージ/クロック、ヒーロー辞めたってよ



「もうやだヒーローやめるぅ」

「む。まことか」

「マジで?」


 23世紀日本の関東地方である少年がこう言った。

 ヒーロー引退宣言である。

 

 それを聞いていたのはたった二人。

 並んで携帯ゲーム機で遊んでいた親友と、その後ろのソファーでポテチを食べていたその妹。


「ああ! 止めてくれるなよ!」

「わかった。それがお前の決意ならば止めまい」

「え、止めないの?」

「止められたかったのかよ」


 ゲーム機を置いて、親友の少年がテレビを付ける。

 そこに映し出されていたのは国民的なニュースだった。


『超速ヒーロー・クロック、またも大失態』

『民間人の救援間に合わず負傷者多数』

『クロックは公的ヒーローたちの妨害者?』


『正体不明のクロックは正体を明かせ! 被害者からの怒りの声』

『クロックは超常犯罪者と同類』

『今年度もクロック、怪塵退治の貢献度最下位』


『マジシャンガール・カトルカール大活躍! クロック不要論』

『クロックから暴言? 暴力を振るわれたという声が』

『マイフェアレディより記者団への恫喝行為が』


 チャンネルを切り替えればどれもこれも似たような内容が流れていた。

 あるヒーローをバッシングする内容。

 超速ヒーロー・クロック。


「趣味悪~」


 そのニュースを見て渋い顔をするその中の人を見て、リモコンを奪い取った親友の妹はテレビを消した。

 滅べマスゴミと呟いて。


「こんな有様だし、あたしはいいと思うわ」

「金貰ってやっていたわけでもない、仕方あるまい」

「あ、ああそうだな。ヨシ! 俺は辞める、辞めるぞ!」

 自分を奮い起こすように立ち上がり、少年は宣言した。


「俺、時銀ときがね 佑駆たすくはただの高校生に戻りまーす!!!」


 時銀 佑駆。

 男子高校生にして自警ヒーロー・クロック。

 彼はヒーローを引退した。

 こっそりと親友以外には誰にも教えずに辞めた。







 ◆ クロック、ヒーロー辞めたってよ  ◆








 時は23世紀、世界は変わった。

 幻想彩臨リブート・イマジネーションと呼ばれる、空が虹色に染まった異変から30年。

 

 あらゆる物体に取り付き、怪塵アクターと呼ばれる怪物と変わるそれは大きな被害を齎した。

 小さなものなら火器でも対処出来るが、巨大な建造物などが怪塵となった場合、通常の火器では手に負えず。

 その上常識を凌駕する超常能力を発揮する怪塵に、多くの人命が失われた。

 

 それを救ったのが俳優アクタレスと呼ばれる超人たちだった。

 人類の抵抗力だとか、地球の意志だとか、天の使いたちだとか色々と言われているが、未だによくわかってない彼らはそのアクトで怪塵たちを倒した。


 世界各地に現れた彼らたちは怪塵を倒し、そのドサクサに暴れる悪党ヴィランを懲らしめ、同じように能力を悪用する暴走した者たちを捕まえた。


 正しき目的と人を救うために役割を演じるヒーローに。


 我欲のために悪いことを行う敵対者ヴィランとの戦い。


 そんな光景が今でも続いている。

 それはそれとして、同じ能力者でも上と下がいるわけで……


(うーん、何の変化もねえな)


 ヒーロー引退から一週間。

 スマホからのSNSを流し読みながら、佑駆は通学路を歩いていた。


 いつも朝と夜には開いていた緊急ニュースアプリはここ一週間開いてもいない。

 未だに開けず、身もしない自分にジワジワと焦燥感めいた気持ちが湧き上がるが。


(いやいや俺はヒーローやめたんだ、そもそもここまで雑魚のくせによく頑張った! だから罪悪感なんてない)


 三日坊主で終わるわけにはいかないと、佑駆はスマホを閉じて学生鞄の中に放り込む。

 思えばこの鞄も軽くなった。


 いつもは着替えや、ヒーロー活動のための変装グッズを押し込んで重かった。

 コスチューム類を入れるための月単位で借りてるレンタルロッカーも放置しっぱなしだ。

 この間は慌ててジャージ姿に顔を隠すために付けていた改造ライダーゴーグルも、親友に預けて手元にない。


「あれ、俺……今ならなんでもやってもいいんじゃね?」


 テクテクと通学路を歩きながらふと気づいた。

 横を掛け声をかけながら走る運動部の一団が佑駆の目に入る。

 むさ苦しい光景だが、集団活動している青春の在り方なのは間違いない。


(そういえば中学からずっとヒーロー活動優先ってことで、帰宅部してたんだよな……走り込みもトレーニングも、自主トレや相棒と一緒ぐらいで)


 教室で喋る学友ぐらいはいる。

 いるが、友人と言える人間はどれだけいるんだろうか。


 超常現場で遭遇する怪塵やヴィラン共は論外として、同じようにヒーローをやっている面子も……話したりはしてもプライベートであったことなんてない。

 

 こっちは顔も名前も声も隠しているし、クソ雑魚な能力しかないから華々しく活躍するようなこともなかった。だから大体こそこそ援護するか、避難活動などをするだけで。


「う、うわああああ」


「なに道端で悶えてんのさ」


「お。海璃かいり岳流たけるか」


 聞き覚えのある声に、佑駆が振り向く。

 そこには対象的な男女が居た。


 渡鳥わたどり 岳流たける

 中肉中背の一般的な男子高校生の身長をしている佑駆よりも頭二つほど大きく、彫りの深い顔つきと茶色く刈り上げた髪型の、鍛え上げられた体躯を持っている少年だった。


 渡鳥わたどり 海璃かいり

 ブレザーの学生服を着崩して鞄を担ぎ、肩下まで伸ばした黒髪に、銀色のメッシュが混じったすらりとした体格の美少女。

 一つ年上の岳流に、同い歳の海璃は兄妹で、小学校からの幼なじみだった。

 

(はぁ、岳流がヒーローだったらなあ。絶対俺なんかより活躍して、ちやほやされて、主人公みたいに助けられる奴も増えるんだろうなぁ)


 性格は質実剛健にして、義に厚く、特定の部には所属してないもののレスキュー隊員の父親に習って鍛えた身体能力であちこちの部活動の助っ人などをしている。

 自分なりに鍛えて、一緒にトレーニングしつつもまったく見える筋肉がつかない眼鏡男子の佑駆と比べると、その人間的な魅力の差を思い知らされる。


(それに比べて)


 チラッと横にいる海璃を見る。

 具体的に言えばすら、ひょろ、すいーんした凹凸を。


「おいなんだその目線」


 そして、目付きの悪いと口が悪い親友の妹を。


「いやあ兄妹でも違いがあんなぁと。お前兄よりバスト無いのやばくなーい?」


「ぶっ飛ばすぞ!」


「ふむ? 二人共胸筋を鍛えるか? 服のサイズはきつくなるが、自信がつくぞ」


「「そういうピクピク出来る胸は憧れてねえから」」


 ナチュラルにサイドチェストポーズを取る猛流に、ツッコミを入れる佑駆と妹。


「と、冗談はおいておいて。どうした佑駆、何か悩んでたようだが」


「ああいや、自分が如何に灰色な青春を送ってきたのか自覚しちゃって」


「灰色? 己が知る限り、佑駆は有意義な生活を送っていたと思うが」


「そうそう。私のような美少女幼馴染のいる生活を送っていたではないか」


「いやいやいや。そんなことないって、まあアレヒーロー活動は頑張ってたけど、それ以外よそれ以外。あと海璃、おめーが美少女なのは客観的な事実としてパシリにされてる恨みは忘れてねえからな??」


「そんな! 精々お弁当作らせたり、鞄持たせたり、昼休みに二人分のジュース買いに行って貰ってるだけなのに!」


「それを世間だとパシリっていうんだよ、馬鹿」


 当たり前だが、その分の金や色々と融通を効かせて貰ってる関係である。


「ふむ。勉学か? 英語は己も苦手だが、国語と数学なら教えられるが」


「将来のためになら英語も大事だと思うぞ。なんせアメコミも読める!」


「二人共俺とどっこいどっこいやんけ! まさか受験を今から見据えてるわけ」


「己はスポーツ専門学校に入るつもりだ、そういう意味では見据えているとも言えるな……母は大学ぐらい通えと言うが」


「いっとけいっとけ、レスキュー隊員なんかになったら仕事山積みだし、大変だぞ。現場でバリバリ仕事してる人は皆いい人だけどな」


 まったくああいう人たちにもっと予算出せばいいのに、くそ政府め。

 などとぶつくさ言う佑駆に、岳流は少しだけ微笑んだのを妹である海璃は気づいている。


「学業ではないんだったら、部活にでも入ったらどうよ」


「それも考えてるんだけど、二年から始めるってキツくね?」


 海璃の提案に、うーんと腕を組む佑駆。

 そんな二人が歩く後ろを、岳流が自然な歩幅で歩いている。


「運動神経は悪くないだろう。佑駆なら運動部でもすぐに入れると思うよ、兄ぃともなんだかんだで付き合える体力馬鹿なんだし」


「馬鹿ではない成績は平均的に高いぞ」


「平均的に低いっていうんだよ」


「陸上か……ぅーん、走るのは慣れてるけどなぁ」


 自分の足を見る。

 佑駆が中学時代からずっと酷使し、鍛え上げられた自分の足を見る。


「止まらずにフルマラソン出来る程度の体力で、陸上部ってついていける?」


「一般的には化け物と呼ばれる程度の体力だと思われる」


「能力なしでも100メートル、11秒切れるけど」


「今すぐ陸上部の救世主になれるって」


「問題は無自覚にでも能力使ったらアウトなんだよなー、いやオンオフは今のところトチったことないけど」


「万が一億が一のリスクかもしれんが、危ういならやめておくべきだよなー」


「そういえば陸上ってフォームとかあるんだっけ。覚えられるかどうかもわからないんだよね」


「天よ……何故佑駆に能力など与えちゃったんだ。日本陸上界から逸材を奪ったよ、これ、間違いなく」


「?」


 急に空を見上げだした二人に、なにかあるのかと佑駆も上を見た。

 綺麗な青空が広がっていた。

 うわぁ、綺麗だ。うふふと考えたところで、カンカンカンと耳に残る音が聞こえた。


「げ、開かずの踏切降りてきてんじゃん」


「ぬ。まずいな、あれは五分以上降りている、回り道するか?」


「そうだな、急がば回れっっていうし……おいまて」


 数百メートル先の踏切に目を向けて、佑駆が硬直した。

 降りた踏切の真ん中に動く影があった。


 子供がノコノコと歩いていた。小学生だろう黄色い帽子に笑いながら座っている。

 通学途中なのか周りに誰もいない、だから誰も注意も声も上げないで。


 汽笛が鳴った。

 悲鳴が聞こえた気がした。電車がすぐ目の前まで迫っていたのに子供は見向きもしない。


「おい佑駆! あれ」


「岳流、悪い! これ!」


 学生カバンを投げ捨てて、佑駆が消えた。

 文字通り掻き消える。

 岳流が鞄を受け止めて、どうなったと踏切に振り向こうとして、どさっと音がした。

 佑駆が尻もちを付いて荒く息を吐いていた。


「おい佑駆、どうなった!?」


 悲鳴も何も聞こえなかった。

 汽笛もしない。

 踏切には音を立てて電車が走り抜けていた。

 そこには誰もいなかった。


「はぁ、引っ掴んで踏切一つ向こうの電柱まで置いてきた。はぁ、制服で走るのきっつい、風抵抗きっつ、疲れた」


「お疲れ様だよ、ヒーロー」


 座り込む佑駆の手を、海璃は掴んで起こした。


「元ヒーローだよ」


「ああ、今はそうだったなー」


「おい、二人共そろそろ学校向かわねば遅刻するぞ。急がば回れだ」


 疲れたとぶつくさいいながら三人は通学を再開した。


 学校に着くまで佑駆の鞄を岳流は背負い、佑駆の背をふざけながら海璃は押していった。


 そんな三人の日常があった。



 これは彼がヒーローを辞めた物語である。








 ◆ 



 轟音。

 地響きを響かせながら怪塵アクターが塵となって消えていく。


 元は工事現場の作業用機械だった怪塵だったが、核を打ち砕かれればこうして塵へと変わっていく。

 故に怪塵。塵となって後に残らず、失われていくだけの現象。

 物も命も等しく塵芥あくたになっていく。


「今日もいないの? アイツ」


 怪塵を粉砕した少女はチッと、下品な舌打ちをした。紫を基調としたライダースーツに、豊満な肢体を押し込み、緋色の髪を靡かせた少女だった。

 手足にこびりつく灰――彼女の能力の残滓を手を振って払う。


「もう10日だぞ、どうなってんだ……?」


『マイフェアレディ、他の現場でもクロックらしき活動は確認されてない』


「<リトル・ブーツ>」


 覆い被ったバイザーと一体化した通信機から入った声に<マイフェアレディ>と呼ばれた少女――対怪塵対策特殊実行者ヒ ロ イ ンは目を細めた。


『間違いないね。未確認救助、災害現場への誘導路の設置痕跡、怪塵への拘束妨害、クロック特有の妨害活動報告なし。ついでにひったくり犯の現行犯逮捕、飛び降り自殺の不可解救出、犯罪現場への複数撮影投稿などなど他諸々一切なし。動いてない』


「あいつ……本当に色々やってるわね」


『まったくだよ。さっさとでてきてくれないかな、風邪でも引いてるんなら看病してあげないと』


「スカウトするんじゃなかったっけ?」


『首縄付けて確保するから一緒一緒♪』


 我が相棒ながら、恐ろしい子!


 と戦慄しながら、マイフェアレディはじろりと振り返る。


 災害現場の周囲には騒ぎ立てる野次馬と、それを押し留める警察官、それを割って入るように進む車両があった。彼女を回収する組織の車両だ。


 ぶーぶーと騒ぎ立てる野次馬に溜息を吐き出し、彼女は現場から去っていく。

 

 ヒーローの仕事は怪塵退治、そして必要なら事故などの救助、犯罪対処。


 全て給料が発生する仕事。合法ヒーローという現代の仕事の形だった。


 超速ヒーロー・クロックがいなくなったのを知るものは殆どいない。



 今はまだ。






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