第22話 神隠し 中編 ―巨乳―


 そこは一面、稲穂がたなびく黄金の海だった。


 たくさん実っているのは収穫の時期に田んぼとかで見たことあるけれど、それより規模が桁違いだ。 

 よくよく見れば麦もあるし、豆みたいなのをつけているのもある。他にも稲科かなって思うような似たようなのもいくつかあった。

 目の前にあるはずの本来木々に覆われていた丘は禿山になっており、振り返ると鳥居も無くなっている。


 あれ? あたし閉じ込められちゃった?


 慌ててきな子の姿を探そうとしてみるけれど、どこにもいない。

 どこかにいるとしても、この黄金色の穂の海の中だと、保護色になっていて見つけるのも難しそう。


 幸い食べ物はたくさんあるのだ、最悪飢えて死ぬことはないだろう。

 しかしながら、あたしに調理技術はない。

 つまり味の保障はできない。


 由々しき事態なんじゃないかな、それは?!


 晶が! こんなとき晶がいたら美味しいものを作ってくれるに違いないのに!

 などと益体もない事を悩んでいると、目の前の禿山から風のようなものが吹きつけた。


 その風は禿山を中心にして穂の海にさざ波を起こし、円心状に広がっていく。


 黄金の穂が波打つ様は圧巻の一言で、まるでダンスを踊っているようで、生き生きとした生命力にみなぎっているのに心が奪われる。


「わぁ」


 文字通り燦然と輝いているこの茫洋な光景に、あたしは間抜けな顔を晒して声を漏らすことしか出来なかった。


 きっと、神社のあったこの禿山には何かあるんだろう。


 禿山なんて言ったけれど、その規模は精々ちょっと小高い丘って程度だ。そのへんは元の世界の大きさと一緒っぽい。


 だから、その『何か』なんていうのはすぐに見つかった。



  ◇  ◇  ◇  ◇



 そこでは、1人の女性が舞っていた。


 場所は、現実で神社があるあたりの広場。


 一目で美人とわかる切れ長の瞳にくっきりと通った鼻筋。豊かで長い黄金色の髪を軽く結わえ、頭には金の装飾を施している。そして何より目立つのはその豊かな胸。

 うーむ、少し分けて欲しい。

 古墳とかの壁画に描かれていそうな天女にも似た古めかしい衣服を纏っていて、主に紅と白から織り成すそれは、どこか巫女さんを連想させられたりもする。

 黄金色に輝く羽衣をたなびかせて流麗に舞う様は、正に天衣無縫。言葉もなく見惚れてしまう。


 なんとなく、何かを育て慈しんでいるように見えた。


 それはまるで大地から生命力を一身に集めているようにも思える。


 風雅で見る者を魅了して止まない舞いはしかし、舞っている本人はどこかつまらなさそうな顔をしていた。


「うーん、もったいない」


 この世のものとは思えないほどの美人さん(巨乳)が綺麗に舞っているのだ。

 その顔がつまらなさそうにしていたら非常にもったいない。


 例えばお弁当。

 お弁当と言えばお昼の華。

 それがもし無造作にタッパーに詰められただけとしたら非常に味気無い。

 やはりいろどりというのは重要である。食欲的に。


 和菓子なんてその最たるものだと思う。

 綺麗な華の形をした饅頭なんか、『え? こんな奇麗なの食べていいの?』みたいな、その整った形を崩す背徳感じみたものがあったりしないかな?

 しかもそれを自分の口の中に入れて咀嚼し、嚥下する。そして己が血肉に変える。

 もはや食の域を超えて、官能的ですらあるまいか?


 つまり、美しいものというのは美味しいと同じじゃないかな?

 だからもったいないと思うのだ。


「もっと美味しくなれるのに………」


 うんうん、なんて評論家気どりで腕を組んで頷いたりする。

 ま、所詮あたしは食べ専なんですがね!


『あ゛? てめぇさっきから何見てんだよ?』


「ぅひゃあっ!」


 いつの間にかその巨乳さんが舞いを止めて、あたしの目の前に来てた。

 腰を地面近くまで屈めてその膝の上に手を置き、こちらを下から睨むようにねめつけて来る。


 言い方を変えると、ヤンキー(う○こ)座りしながらガンつけられていた。昔の豪奢な衣装をきた物凄い美人さんに。


 何か色々と台無しである。


『てか此岸とは離れてる時期だっつーのに、人間だと? 誰の差し金だテメェ、あ゛?』

「え、えーっと…………」


 より一層、表情を強張らせガン飛ばしてきてくれます。あれかな? ヘビに睨まれたカエルってこんな気持ちなのかな? 変な汗が止まんないんですけど!

 とりあえず目線を、目線を逸らさねばっ…………目線を下げっ…………ん~~、おっぱいでかいな?!


 巨乳の人をメロンとかスイカとかに例えたりするけれど、あれは正確ではないというのがよくわかる。

 この2つが互いに主張しあう存在感! 変幻自在に形を変えながら、動くたびにむにゅむにゅ押し上げられたりする様は果実では絶対に真似出来まい。

 なにより、その服の上からでも分かる張りと弾力性! これに類似する物体は他にはないだろう。ビバ、おっぱい! あたしには無いけど(AA)!!!


「………おっきいのいいなぁ」

『ばっ! てめっ! どこ見てんだよ!!!!』


 思わず羨ましくなって口に出てしまった。

 巨乳さんは何故か顔を真っ赤にして、胸を抱いて隠すように身を捻る。

 あらやだ何これギャップ可愛い。


『我だって、好きで大きくなったんじゃねぇんだよ! 舞う時邪魔だし、肩もこるし、夏場は汗疹きちぃし、肌着だって特注になっていいのがないし!』

「カーッ! やってらんねー! あたしも一度はそんな台詞を言ってみてぇ!」


 一瞬、頭が真っ白になってそう言ってしまっていた。

 わかってない、わかってないよ。その言葉はあたしにとって許容できない。

 相手がもう誰であろうと関係ない。


 どれだけ持たざるものが持てるものを、羨望の眼差しで見ているのか!


「いい? 屈むと確実に胸元が丸見えになるし、チューブトップなんて引っかかるところがないからストンと落ちてただの腹巻に成り下がる。ブラも寄せてあげるものすらなくて、ホックつきになんてもはや憧れ! 巨乳は着る服がない? 言ってろ! 無乳はそれ以上に無いんだよぅ! 夏になったら海か山かって議論でるでしょ? こっちは山一択なんだからぁああぁっ!!」


『あ、その、いや………我が悪かった……』

「はっ…! ごめん、あたしもついカッとなっちゃった………」

『我も無神経であった、この話は止そう』

「うん………」


 なんだか気まずい空気になってしまった。


 おっぱいの話だけに胸が締めつけられた。

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