第4話 困った時の神頼み
晶が女の子になっちゃった。
うん。
あたし一人の手じゃ余る。そりゃあもう余る。
元に戻るかもしれない。
元に戻らないかもしれない。
戻るにしてもすぐなのか?
それとも年単位で変わっちゃうのか?
とりあえず、この状況がしばらく続くとして対応しなきゃいけない。
まずは普段の生活。
まぁ普通に引きこもってるだけなら生きていくことなら出来るだろう。
でもそれってただ生命活動してるってだけで、文化的な生活とはかけ離れたものだよね?
今のままだと外出も満足にできないんじゃないかな?
「よし、とりあえず神社に行こう」
「神社?」
「困った時の神頼みってやつ?」
「う、うん?」
そこで疑問に思われても困る。あたしだってよくわからないのだ。
こうした不思議現象に対しては、不思議パワーに縋ってみたくもなる。
なにより、色々と考えを纏める時間が欲しい。
小学生もまだ家に帰ってないような昼下がり、強引に外に連れ出した晶と一緒に歩く。
程よく田舎なので、住宅街から少し離れると田んぼが広がっている。
そういえば、小学生の頃とかよく一緒に歩いていたな、なんて思い出した。
舗装はされているものの道路というよりは農道といった感じの道を歩いていくと、小高い山だか丘だかといった木に覆われた場所に着く。
その入り口には、元は朱に塗られていたんだろうなぁという名残がある鳥居と、奥へと登っていく階段があり、その鬱蒼と茂る木々の屋根の中を登っていくと、突如開けた空間に出る。
学校の体育館位すっぽり入ってしまうくらいの場所には、雨風に晒されボロくなった拝殿とあまり手入れのされていない砂利の敷かれた空間。周囲は森。
祭りの時だけ自治会だか保存会だとかが利用するくらいで、それ以外は子供の遊び場になってるとこだ。
あたしたちもここでよくかくれんぼしたり蝉取ったりしたのを覚えてる。カブトやクワガタは居なかったけれど。
「とりあえずお参りでもしましょ」
「あ、でもボクお賽銭もってない」
「あたしも持ってないや。まぁでも鰯の頭も信心から? 気持ちさえあれば大丈夫じゃないかな」
「そうかな」
さてと、まずはお清め。
手水で柄杓に水を汲み、左手、右手にかけた後左手で水を口に運んでくちゅくちゅぺっ。最後に残りの水で柄杓の柄を流したら伏せて戻す。もちろん手は自然乾燥。
道の端っこを歩いて拝殿へ。お賽銭はないので……代わりに飴でも供えとこう。ガラガラと鈴を鳴らして、ぺこりぺこりと2回お辞儀。それから右手を少し下にしてパンパンと2拍手。
晶が悲しい顔をしませんように。
指を合わせてゆっくり手をおろし、最後にぺこりとお辞儀。
………はっ!
ここは元に戻るように祈るところだった!
やらかしちゃった?! 恐る恐る隣の晶の顔をみてみた。
「……………」
どこか遠くを見ているようで、それでいて何も見ていない………そんな不思議な目をしていた。
「あきら?」
そのあたしの言葉でどこかに飛んでいた意識を此岸に戻す晶。
「みやこちゃん? どうかした?」
「え、いや、べつに」
「そう?」
うーん?
◇ ◇ ◇ ◇
「えええっ?! この子、あきら君なの?!」
「え? あ? え? あきら君……? 楠園の息子のあきら君……え? え? え?」
夕飯の席で女の子になっちゃった晶を紹介してみた。
うちの両親と晶の両親は仲がいい。
父親同士でたまに呑んで帰ってきたり休日には釣りに行ったり、母親同士でたまに旅行に行ってきたりするほどの仲だ。
互いの家で予定があったら子供を預けたりなんて日常茶飯事だった。
あたしと晶はそんな2家庭で纏めて育ってきたと言える。
つまり、あたしの両親は晶にとっても両親そのものと言っていい。
頼って相談するならこれ以上はない相手だろう。
「はい、そうです……」
「見ての通りになっちゃってさぁ、どうしたらいいんだろうね? あ、とりあえず今日はあきらうちに泊めるよ。いいよね?」
「え、えぇ、それはいいんだけど……驚いたわね……」
とはいえ、さすがに驚きが勝っているのだろう。
夕飯なんてそっちのけでじろじろと晶をみている。
晶も所在なさげにもじもじしている。
ちなみに夕飯はあたしのリクエストでカレーである。ジャガイモ大きめゴロゴロの牛豚合いびきでとろっとろだ。うん、おいしい。ちゃんとプリンじゃない。
「とりあえずさ、学校への連絡とかそのへん任せていい? あと、あきらの両親への説明とかも。さすがにそのへんあたしじゃ無理だろうし」
「わ、わかったわ……それにしてもねぇ……?」
「お母さん、そんなにじろじろ見てばっかだとあきらも困っちゃうよ」
「あらやだごめんなさいね……でもね、さすがにねぇ……?」
まぁ気持ちはわかる。あたしだってそうだ。
しかし今夜の議題は晶をどうしようの会である。
愛でるのもいいのだけれど、後にしてほしい。
あたしだって愛でたい。
「とりあえず明日は学校休んで必要なもの買いに行ってくるつもり」
「そうね、平日の方が学校の人とかに会わなくて済むだろうからいいわね」
「買い物……?」
「必要なものあるでしょ? 服とか、下着ね。さすがにあたしのだとサイズ合わないし」
「……えうぇ?!」
隣で晶が物凄い声を出してる。
ブラいるでしょ、ブラ。そのサイズなら。あたしはスポブラで事足りてるけど。ぐすん。
他にもその長い髪をどうこうしちゃわないといけないし。
細々とした物が一から必要になるんだから、買い物は必須でしょ?
◇ ◇ ◇ ◇
あまり物が少ない自分の部屋をささっと片づける。
うん。盛った。
片づけるというより部屋の隅におしやった。
空いたスペースに、客間の押し入れから持ってきた予備の布団を運び入れ、あたしのベッドから少し空いたスペースに布団を敷く。敷きながら、小学生の頃までは頻繁にお泊りしてたのを思い出した。
いつからかうちに寄り付かなくなったんだろう?
そんな事を考えながら布団を敷いてると、昔に戻ったみたいな気がしてきてわくわくしてきた。
…………だけど、これでいいのだろうか?
うん、あれだ。あたしの布団も下に敷こう。
きっとあきらは今、急な変化で心細いに違いない。
一人にしてたらきっとネガティブな事をぐるぐる考えてドはまりしちゃう。
ベッドと床の距離だと手を伸ばしても届かない。
弱気な時は誰かのぬくもりが必要なはず。
敷布団だけ追加で持ってくる。
自室の広さは6畳だ。ベッドもあるのに布団を床に2つも敷いたら、敷布団が一部重なり合うほどきつきつだ。
ベッドから自分の分の掛け布団を降ろすと、あら不思議。布団の海の完成です。
両手を広げてダイブ!
ひゃっほー! なんだかよくわからないけどテンション上がってくるーっ!
ぐるんぐるんと端から端まで2往復。
あれだよね。一面布団だったらやりたくなるよね?!
ガチャ。
「……何してるの?」
「…………」
「…………」
「…………」
うん、何してるんでしょうね?
とりあえず誤魔化す方向でいきます。
「……お、おじさんやおばさんとの電話終わったの?」
「うん……学校とかへの連絡はボクの両親の方でやるみたい。他のことはみやこちゃん達に助けてもらえって」
細かいところとかうちの両親ほんといい加減だよね、と苦笑い。いつもの調子が少しは出てきてるのかな?
「そっか。じゃあ後はとりあえず身の回りの事だね。わからない事があったら聞いてね。ほら、あたし女の子としては先輩だからさ」
「あはは、そうだね。何かあったらよろしくね、みやこ先輩」
……あ。
笑った顔は一緒だ。
一緒に釣られて笑顔になってしまうところは一緒だ。
強引だったかもしれないけれど、うちに連れて来てよかった。
◇ ◇ ◇ ◇
一緒にお風呂に入る? なんて言ったら全身全霊で拒否された。
女体化晶がどうなってるか気になったのだけれど、好奇心でそんなことしちゃダメかー、うん。
ちなみに『わからないから教えて』と初めて頼ってくれたのは髪の毛の乾かし方だった。
そりゃそんだけ長いんだもんね、手間もかかる。
あたしも長い髪に憧れるんだけど、運動するときに邪魔になるし、結局今の長さに落ち着いている。
とりあえず晶の髪は寝る時邪魔にならないように、左右から前に流してゆるく纏めた。
電気を消して、枕を並べ布団に入る。
晶が着ているのはあたしの中学の頃のジャージだ。
ちょっとぶかぶか気味。
「……ねぇ」
「なに?」
遠慮がちに晶が話しかけてくる。
「迷惑じゃなかった……?」
「へ?」
予想外の質問に変な声が漏れた。
迷惑? 何がだろう? さっぱりわからん。
「昨日から色々……自分のことばかりで、みやこちゃんの事とか全然考えてなくて……なのに、こんな事になっちゃってて……」
「あー……」
「これからどうなっちゃうんだろう……」
「ね、あきら」
「みやこちゃん……?」
もぞもぞと晶の布団に侵入する。
そんでもって後ろからぎゅって抱きしめる。
びくん、と驚いたのか身体を震わせる。
「難しく考えてもどうにもならないよ。それに、あきらはあきら……違う?」
「…………ボクはボク、か……」
「うん、そうだよ」
「……そっか……そうだね」
不安、だよね。そうだよね。
……えーっと、なんだっけ……たしか人の心臓の音って落ち着く効果があるんだっけ?
晶の耳があたしの胸に当たるように位置どらせる。
胸に頭を抱きかかえる形だ。
手持無沙汰な足先? を動かすと晶のかかとに当たったりする。
……頭が胸のとこにあるのに足先があたる……思った以上に身体がちっこいんだ。
「…………」
「…………」
心なしか晶の纏う空気が柔らかくなってきた気がする。
落ち着いてくれたかな?
そうだったらいいな。
「わたしが付いてる」
「………」
「傍にいるよ」
「………」
うん、だから。
安心していいよ。
だからね。
「……だからね……」
「……」
「かわら……ない……」
「……………」
………
「くー……」
「…………」
………
「…………」
「…………」
そう、都子は普段から寝付きが良かった。
昨夜いつもより寝不足気味だったのもあるかもしれない。
あきらのため息だけが暗闇に溶けていった。
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