第56話 隣の椅子
「星七ちん……」
「何ですか?」
「茉白ちゃんと付き合うのは良いけどHしちゃダメよ!」
「うっぷ!何を言い出すんですか?」
「高校生の間はHしちゃあダメ!」
「多分、そんな心配は要らないと思いますけど?」
「ホントに?」
「僕はまだ純情なままですから」
「本当かなあ………?」疑いの眼差しで見てくる。
「もし何かあったら、茉白ちゃんの人生を狂わせてしまう事になりかねないんで」
「そっか、星七はしっかり考えてるんだね」少し安心した表情になった。
僕は何となく気になっていた事を聞いてみる事にした。
「琴音さんは海斗さんとHしたんですか?」
「………………」固まって頬が赤くなっている。
「赤くなると言うことは………………」横目で覗いてみる。
「してないわよ!勿論してないわよ!」手を激しく振っている。
「本当ですか?」疑惑の眼差しをぶつけてみる。
「何なの?身長が伸びたらグイグイくるわね」
「身長は関係ないと思いますけど」
琴音さんは少しだけ遠い目をして話し出した。
「私、高校でテニス部に入ったの、ママもテニス部だったからね。海斗は1年先輩でテニスがとても上手だった、カッコいいから随分モテてたみたい。でも特定の彼女はいなかった」
「私は小さい頃車で連れて行かれそうになった事があったの、だから通学はいつも松田さんが送り迎えしてくれてた。そんな感じだから、男の子から気軽に声を掛けられることはあまりなかったわ」
「でもある日、海斗から『友達になってください』って手を出されたの。嬉しかったわ、きっと私に交際を申し込むのはそれなりに勇気が必要だったと思うの、だから喜んで交際を始めたわ」
「楽しかった………でもデートを重ねるごとに彼の元気が少しずつ無くなっていった。私は何でもしてあげたくて、遊園地やカフェいろんな所もお金は全部私が払ってたの、でもそれがイヤだったみたい」
「ある日幼馴染の女の子から告白されたらしいの、その子は母子家庭で経済的に苦しかったみたい。彼はバイトしてその子を支えようとしてた、やがて彼は私と別れてその子と付き合うと言ってきた。私、ショックだったわ………………」
「彼が言うには『俺が頑張っても琴音を支える事は難しい、いや必要ない気がする。でも彼女には俺が必要だ、俺は俺の力で彼女を幸せにしてあげたいんだ!』そう言って離れて行ったわ」
琴音さんは少し涙ぐんでいる。僕はどうする事もできず、ただ話を聞いた。
「海斗はジャージの私が好きだって言ってた、飾らない私が好きだって………………」
冷蔵庫の音が僅かに聞こえるリビングは沈黙に支配されている。
「ある本で読んだんですけど………幸せになるには隣に椅子を置いたら良いそうです。『私の隣に座るのはあなたです、とっても頼りにしています』そう言って相手を必要としたら、相手はここが自分の居場所だと思えるそうです。きっと海斗さんは琴音さんの用意した椅子が大きくて落ち着かなかったんじゃないでしょうか。そして幼馴染の小さい椅子を自分が大きくしてあげたいと思ったのかもしれません」
「僕は琴音さんの隣にある椅子は豪華でフカフカでとっても良い椅子だと思いますよ、だからその椅子が似合うとっても良い人が来るまで待ってれば良いんじゃないですか?」
琴音さんは優しい表情で僕を見た。
「星七どん!」
「何でごわす」
「私の隣の椅子に座るのは、西郷どんみたいなでっかい人かなあ?」
「そうですね、心のでっかい人だと思いますよ」
「私は星七でも良いのよ」ニヤリとしている。
「それは………………」僕は後退りした。
「何!イヤなの!」睨んでいる。
「イヤじゃないですけど………でも、その椅子が似合うくらいの人になってからなら………」一瞬茉白ちゃんの顔が浮かぶ。
「あっ!今茉白ちゃんの事を考えたでしょう?」唇を尖らせた。
「う………」
「そうね………どの椅子を選ぶかは星七の心次第だもんね」優しい笑顔になっている。
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