第31話 ノリノリ?
慌ただしく12月はすぎていく。クリスマスの当日僕は茉白ちゃんと駅カフェで会う約束をする。さすがにイブに二人で会うのは気が引けた。
クリスマスイブの日、図書委員で最後の掃除をした。お茶とクッキーでささやかながらクリスマス会をして学校を後にする。茉白ちゃんとは駅で「また明日!」そう言って別れた。
僕はそいとげの和菓子屋さんへ行き、予約していた和菓子のクリスマスセットを受け取る。
「ミコトさんによろしくな!」そいとげは無邪気な笑顔で見送ってくれた。
帰り道、小さな花束を買って家へ向かう。今夜は料理を作らなくていいと言われているので少し気が楽だ。
戻ってくると琴音さんはすでにジャージ姿になっている。僕は少しホッとした。
「おかえり星七、今夜はフライドチキンだよ」ニコニコしている。
テーブルを見ると大きめのチキンと飲み物やポテトなどが並んでいる。琴音さんにしては珍しく庶民的だと思った。
「私こういうのをお家でやってみたかったのよ、だってクリスマスって言ったらどこかのパーティへ行くことばっかりだったからさ」
そうか、悪魔、いやお嬢様は庶民のクリスマスを体験したことがなかったんだ、なるほど。
「あのう、ケーキじゃないけど、そいとげが作ったクリスマスセットです」僕は箱をさし出す。
「何それ?」琴音さんは箱を開けて中身を見た。
クリスマスツリーや月、星などが和菓子で作ってある。
「そいとげの実家は和菓子屋さんなんです、彼がクリスマスを和菓子でやってみたいと言っていたので予約してみました」
「そうなんだ、星七は友達思いなんだね」優しく微笑んだ。
琴音さんは一口つまんで食べると「おいしいね、和菓子もいいじゃん」そう言った。
和菓子のクリスマスツリーに付いているルーソクに火をつけてクリスマスパーティが始まった。
「星七、ささやかなパーティでごめんね、それに星七のパパやママはお正月にも帰って来れないみたいなの、だから二人で楽しく過ごそうね」優しげな瞳で僕をみている。
「僕は両親が帰ってこなくっても全然さみしくないです」
だって僕を奴隷として売り渡した両親に会いたいなんて全く思えないのだ。
「そうなの?」琴音さんは少し不思議そうな表情だ。
「それより琴音さんは神戸に帰らなくていいんですか?」
「私は大丈夫よ。それに星七を一人残して帰れないわよ、私が親がわりだもの」
「えっ、いいです、僕は一人でも大丈夫ですから」
「いいの、新年は二人で迎えるの!」少しだけ睨んだ。
チキンはほとんどなくなり、パーティは終わろうとしていた。
「ねえ星七、クリスマスプレゼントがあるのよ」琴音さんはニヤリとした。
「えっ!プレゼントですか?」僕は予想していたが、驚いたフリをした。
「一緒に来て!」そう言って僕を部屋から外へ引っ張り出す。エレベーターを降りてエントランスの裏口から駐車場へ引っ張ってきた。
「何事ですか?」僕は不安になる。
「はい、これが星七へのクリスマスプレゼントで〜す」そう言って指差した。
見ると琴音さんのバイクの横にもう一台のバイクが駐車している。
「え………」僕は呆然と立ち尽くす。
「星七が好きだって言ったレブルよ」
「え〜!!!クリスマスプレゼントにバイク一台なんて!そんなのあり得ないでしょう」僕はあまりの出来事にヘナヘナと座り込む。
「星七の喜ぶ顔が見たかったから、奮発しちゃったよ」笑っている。
「いや、奮発とかのレベルじゃないでしょう!」
「レベルじゃなくてレブルよ」クスクス笑っている。
「こんなの凄すぎて受け取れません、それに、このことが現実だと受け取れませんよ」
「だって星七は乗れて楽しいものって言ったじゃん」少し頬を膨らしている。
「ノリノリで楽しいものと乗って楽しいものは全く違うと思いますけど」
「えっ?どこが違うの?」不思議そうな顔をしている。
「………………………………………………………………」僕は言葉が出てこなくなった。
「明日明るくなったら乗ってみるといいよ、きっと楽しいから」そう言って部屋へと僕を連れ戻した。
僕はリビングで自分の浅はかさに打ちひしがれている。何を勘違いしてたんだろう?誕生日にパッドをプレゼントしてくれた琴音さんだ。クリスマスもそれなりの物だと考えるべきだった、それなのに僕は小さな花束しか用意していないのだ。琴音さんへもっと出来る限りの事をするべきだった。そう思った瞬間、部屋に隠してあるクリスタルを思い出す。僕は夢遊病者のようにフラフラと部屋へ歩いていく。包装されたクリスタルのオルゴールに小さな花束を添えて琴音さんへ差し出した。
「何これ?」琴音さんは包装された箱をみている。
「あのう………僕からのクリスマスプレゼントです」
「開けていいの?」
「勿論です」
包装を開けて中からクリスタルを取り出した琴音さんは、持ち上げて光にかざしてみる。
「可愛い、星七ありがとう、とっても嬉しいよ」
僕は心の中にあるあさましさに恥ている。僕は嘘つきだ。
「ねえ星七、可愛いけど何でクマなの?」感のいい琴音さんは少し不思議そうな顔で僕をみた。
しまった!僕は茉白ちゃんへのプレゼントだったことがバレてしまうんではないかと全身に汗をかく。そして必死にクマである理由を考えた。
「だって………琴音さんはクマ年でしょう?」
とんでもないことを口走ってしまった!どうしよう。しかし一度口から出た言葉は決して戻ってきてはくれないのだ。
「えっ、クマ年?」琴音さんは何度も瞬きする。
「子・丑・寅・卯・辰・巳・熊………クマ………」僕は指を折りながら干支を数えてクマ年を作った。
「ぷっ、何それ」琴音さんは笑い転げる。
しばらくは会話にならなかった。
「もう〜死ぬかと思ったわよ、クマじゃなくてウマでしょう」まだ肩を震わせている。
「まあ………本当は見て綺麗だなあと思って………」僕は項垂れる。
「ありがとう星七」琴音さんは僕を抱きしめた。
抱きしめられた僕のほっぺは、何カップなんだろうとぼんやり考える。僕は慌ててその考えを吹き飛ばす。
「星七のパパやママも喜んでたよ、やっと星七がモーターファンに目覚めたって」
「えっ、モーターファン?」目が点になる。
「でも安全運転してね、星七が事故に会っちゃって怪我したら私の責任だから」琴音さんは真面目な顔で僕を見た。
「はい………………」
僕は墓場まで持って行く荷物がどんどん増えて行くような気がした。
夜ベッドでレブルの価格を検索してみる。「ゲッ!65万円だって!」今夜は眠れないかもしれない、助けてサンタさ〜ん!声にならない絶叫が響く。
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