第4話 ランジェリー デビル

「おはよう星七」爽やかな声がリビングへ響く。


 『くそっ!なんで爽やかな声なんだ』独り言を必死で飲み込む。そして赤くなった目を琴音さんへ向けた。


 反応の薄さに不満を持ったのか、首を傾げて僕の顔を覗きこんでくる。近い近い!一体何なんだ!


 この人は僕の悲惨な夜を全く知らないんだと改めて思った。それでも何か反応しなければいけないんだと感じて、強引に頭の回転を上げはじめる。


「セナどん」琴音さんは僕の頭を撫でながら微笑んだ。


「何でごわす?」思わず変な反応を返してしまう。


「プッ………ハハハ………」琴音さんはソファーに崩れ落ち肩を震わせて笑っている。


 僕は顔を真っ赤にして赤い目で立ちすくむ。この状況はやはり完全に地獄だ。


 琴音さんはひとしきり笑った後、ムックリ起き上がりいきなり僕を抱きしめた。


「星七ちん、大好き」


 抱きしめられた僕のほっぺたは琴音さんの胸のほどよい柔らかさを感じ取ってしまう。「ムグ………」言葉が出ない。やがて琴音さんはゆっくりと離れると僕の頭を撫でながら呟いた。


「私、やっぱりここに来て良かったわ、ねえヤホー」


「うっ、検索はしませんけど………」僕は怯えながら返事を返す。


 本当にこの綺麗なお姉さんと二人で暮らすんだなあ………改めて思った。


「ねえ、朝ごはんどうする?」琴音さんは何事もなかったように聞いてくる。


「あのう………パンとジャムくらいならありますけど………」


「そう、それでいいわ、勝手がわからないから星七がやってくれる?」


「はい………」


 僕は食パンを焼いてジャムを出しテーブルに用意した。牛乳をコップに入れ差し出すとニッコリ受け取る。二人で朝食を食べ始めた 。


「さてと………今日荷物が届くはずなんだけど………」そう言ってスマホを覗き込む。


「あっ、メールが来てる、今日11時に到着だって」


「そうですか、じゃあそろそろ準備しないといけないですね」僕は壁の時計を見た。


「そうだね、でも業者の人が殆どやってくれると思うから見てればいいと思うよ」琴音さんは落ち着いている。


 11時を少し過ぎると、引越し業者がやってきた。エントランスやエレベーターの傷を付けないよう養生して素早く部屋へ荷物を運び込む。さすがプロだ、慣れた作業をただ見守った。


「はい、これで全て運び終わりました」引越し業者は引き際も鮮やかだった。


「じゃあ早速荷物を開けて部屋を快適にしなくっちゃ、星七も手伝ってね」


 琴音さんは当然のように指示を出す。僕はひたすら指示に従って黙々と作業をこなす。


 金属製のベッドを組み立てる、とても高級そうな感じがした。何と天蓋もついていてお姫様が眠る場所のような気がした。


「お姫様かよ!」独り言が漏れてしまう。


「なんか言った?」琴音さんが首を傾げる。


「いえ別に………」


「私この天蓋が無いと何か落ち着かないのよね、やっぱりお姫様っぽい?」


 何だよ、聞こえてたのかよ!僕は冷や汗をかく。


「僕のベッドには天蓋はありませんけどね」何となく言ってしまう。


「そうね、でもソファーよりは落ち着いて寝れたわよ、少しだけ男の子の匂いがしたけどね」クスッと笑っている。


 この人は本当に悪魔かもしれないと心のどこかで思った。


 シンプルな机が組み立てられ、ノートパソコンが置かれた。洋服をかけるラックも組み立てられ、綺麗な洋服が次々と並んでいく。白いボックスが置かれ少しだけ中が透けて見える。多分下着だと思った。

 そう思った瞬間まぶたの裏に焼き付いた画像が脳裏をよぎる。僕は必死に別のことを考えてその画像をかき消す。


 夕方になって何とか部屋が片付いた。これで僕のベッドが帰ってくると思い少しだけホッとする。


「ねえ星七、私お風呂に入りたいから準備して?」


「えっ………はい………」僕はお風呂場へ行き浴槽を掃除してお湯を溜める。


「お風呂の準備ができました」僕は執事か!心の中で突っ込む。


「ありがとうね星七」そう言いながらまた下着姿で風呂場へやってきた。


「う、またそんな格好で………」僕は俯く。


「星七も一緒に入る?」横目でちらっと見て笑っている。


「そんな訳ないでしょう」僕はリビングへ逃げ出す。


「残念!背中を流してもらおうと思ったのに」


 とんでもない発言が追いかけてきた。僕はその言葉をまた思い切り叩き落とし、踏みつけた。心の中で………………


「何なんだイトコって!」僕は愚痴を独り言に乗せてリビングへ吐き出す。こんな生活がこれから先続くのかと思うと巨大な不安がのしかかってくる。ふと、両親はどんな考えでこんな事態を作ったんだろう?しかしそこに親の愛情は微塵も感じられない。僕は何となく奴隷として売り渡されたような気がした。


 ぼんやり考えていると、琴音さんはバスタオルで髪を拭きながらリビングへ出てきた。またパンツとブラの悪魔だ。しかもピンクで生々しい色合いだ。


「もう………お願いですから服を着てから出てきてください!」僕は必死にお願いする。


「だから言ったでしょう、慣れてねって、これから二人で暮らすんだから気兼ねなく自由にしたいの!」少しだけ頬を膨らませて僕を見ている。


 僕のまぶたの裏にはすでに3枚の下着画像が焼き付いている。もしかしてこのまま画像が増えていったら僕は変態になってしまうかもしれない。不安が僕の心をむしばんでいく。このパンツとブラの綺麗な悪魔め!ランジェリー・デビルめ!僕の心は怒りに………ん………震える。

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