11
服屋のあとはファーストフード店に連れて行かれた。夏限定のバーガーがどうしても食べたかったらしく、俺の目の前で嬉しそうに頬張っていた。
「神近さんて、兄貴のどこが好きなん?」
「既成事実作りにかかっとるやん……」
楓ちゃんはセットのポテトをつまみつつ、眉を寄せて難しい顔をする。
「でも横で見てたらめっちゃ相思相愛なんやもん」
「えっ……?」
「兄貴、人連れて来ることはあっても泊めることはなかってん。せやけど神近さんのことはほぼ住ませてるやん、ラブホも行ってるし」
「一回、はじめの一回だけやから」
「でも行ったやん」
「行っ……きましたけど、色々理由が……」
結局ゲイ向けのマッチングアプリは入れていない。これは単純に、遠城と楓ちゃんの目がある中で結婚詐欺の準備をするのが気まず過ぎたからだ。
てりやきバーガーをもぞもぞ食べる。楓ちゃんはいつの間にか食べ終わっていて、もうドリンクしかない。
だから楓ちゃんの独壇場になる。
「うちはさー、かなり前から親おらんし、兄貴めちゃめちゃ大変やったと思うねん。私、自分が高校生になってからやっと気付いてんそれに。ぶっちゃけお父さんもお母さんも記憶にないんよ、保育園に迎えに来てたん、働き始めたばっかの兄貴やったし。もうほんまにこんなんブラコンになると思わへん?」
なるやろね、と相槌を打つしかない。楓ちゃんはにっと笑いながら親指を立てる。
「でも私無事に高校生やし家事も全然できるから、兄貴はぼちぼち兄貴のこと考えたほうがええと思うんよ」
「それは……まあ、話聞いとると、そんな感じするけど」
「やろ? まーそんでさ、兄貴彼女作ったり結婚したりしてええよって、言うたことあるわけ。そしたらゲイやし結婚はせんな、とかあの無表情で言うんよあの人」
めちゃくちゃ想像できたため、めちゃくちゃ想像できたと返した。オブラートのなさは妹だろうが轢いた相手だろうが関係ないところも、めちゃくちゃ遠城冬司らしかった。
楓ちゃんは機嫌が良くなったみたいで更に話す。遠城は偶に誰かと会っているけど、どうも毎回相手が違う。本人に聞いてみると恋人とかは要らんから適当に遊んでるだけと言われる。多分本当で、それならそれで兄貴の自由と思っていたら、ある日急に人を住まわせることにしたと言い出した。それが俺で、事故の責任がどうとかもわかっているけど、俺の家がないとか金がないとかもわかっているけど、それだけじゃないと思う。
「いや、それだけやと思うけど……あいつほら、工場の責任者? なんやろ……? そういうのもあって、えーと、加害側なんやから世間体やらなんやら信用問題に関わるし、被害者にめっちゃ懇意にすんのは当たり前なんちゃう? そこでケチったり、なあなあにしたりすんの、単純にめちゃくちゃ悪手やん……?」
楓ちゃんは返事をしなかった。ドリンクの蓋を開けて、中の氷をざらざらと口に運んで派手な音を立たせながら咀嚼した後に、俺を見た。
「あんな、神近さん」
「ん……?」
「思てたよりまともに反論されて勢いで押す作戦が失敗してもた!」
椅子からずり落ちそうになる。遠城が俺を好きなわけではないとわかっていながら押していたんなら、それはなんというか俺が後手後手で気が弱いからいけると思われたということで、なんとも返事のしようがない。
失敗したー、とまだ言っている楓ちゃんを宥めながらてりやきを食べ切った。ドリンクは飲み切れずに持って帰ることにして、灼熱の太陽が待つ外へ出た。死にたくなる暑さだった。服屋で買った荷物を手に持っていたせいもあり、バス停まで歩くだけで全身が汗だくになった。
「兄貴さ、神近さんといるときにちょっと嬉しそうなんはほんまやで。昔っから見てるんやしわかるもん、だから私、兄貴には神近さんがええ」
バスに乗って帰る途中に楓ちゃんが言った。俺は何も答えない方が拗れると思って、機会あったら本人に聞くわ、と無難で遠回しな配慮を返した。
バスが大きく揺れて、運転手が急ブレーキを謝って、フロントガラスの向こうには横断歩道のない道を小走りで渡る男二人組がいた。
遠城からは俺もあんな感じに見えたんやろうなと、ぼんやり思った。
家に入るなり楓ちゃんはエアコンをつけた。エアコン完備はダイニングだけで、楓ちゃんも遠城も自分の部屋にいるときは扇風機で凌いでいるらしい。勿論俺もだ。
「あ、神近さん、買った服着てよ。兄貴はお得意さんの家まで行っててまだ帰って来んやろし、帰って来た時にびっくりしてもらお」
「気付かへんのちゃう……?」
「そんなことないって、ほらはよ! 伸びたシャツは捨てなや!」
先に二ヶ月放置の右腕を洗わせて欲しかったが、押されるままに真新しい服を取り出した。よりによって柄シャツだった。絶対あかんやろと思いながら伸びたシャツを脱ぎ、下に黒のタンクトップを着てから羽織れとの指示に黙って従い、とりあえず着用した。楓ちゃんは笑顔で拍手したが、煽られているとしか思えなかった。
下はとりあえず元々の持ち物であるくたびれジーンズでいいらしい。ファッションは何もわからない。でもそういえば、遠城は遠城で大体作業着姿だから、私服をまともに見たことがなかった。
「兄貴もまあまあファッションセンスないで、神近さんとお揃いや」
聞いてみると辛辣な事実を返された。
遠城もダサいんや……とちょっとした仲間意識を感じながら、涼しくなってきたダイニングで楓ちゃんと雑談をして過ごした。
窓の外がゆっくりと暗くなり、楓ちゃんが夕飯のために台所へと立ったところで、廊下に通じる扉が開いた。
「あ、おかえり兄貴」
「おー、ただい、ま……」
遠城は俺と目が合うなり固まった。やっぱ柄シャツ絶対あかんかったやんとめちゃくちゃ後悔していると、
「……ぶっ……、っははは! あかん、すまん、うはは、なんっ……なんやその、ヤカラみたいな……っふ、ふふ……あはは!」
爆笑されて、今度は俺が固まった。
こいつこんな笑うことあるんやとか、いつもの仏頂面どこやねんとか、そんな嬉しそうに笑てもらうつもりちゃうかったし全然似合わんやんけ顔見て合わせろやとか罵倒してくると思てたし、返す言葉が何ひとつ思い浮かばなかった。
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