10、王と臣下

 ヴェロニカはそれから毎日カトリーナのもとへ連れて行かれ、彼女と話をした。最初とは違い、カトリーナはずいぶんと打ち解けた様子でヴェロニカのことをいろいろと尋ねてくるようになった。


 生まれた故郷。両親や兄弟たち家族のこと。ハロルドと結婚するに至った経緯。王都に移ってからのこと。ハロルドと同じ騎士の妻である夫人たちとの交流。


 ヴェロニカの方はまだ緊張が抜けきらず、聞かれたことを失礼のないよう答えるのが精いっぱいであった。カトリーナは王妃であり、失礼があってはいけない。


 そういったことを抜きにしても、ヴェロニカはカトリーナに対して苦手意識があった。だから口にする前に一度、頭の中で言っていいかどうかストップがかかる。


「ヴェロニカ。どうかもっと気楽に接してちょうだい」


 カトリーナはそう言ってくれたけれど、やっぱり上手くできなかった。


(どうしてかしら)


 今までヴェロニカは思ったことは何でも素直に口にしていた。周りもそういうヴェロニカを受け入れ、許してくれた。だからカトリーナに対する態度は、本来自分の性にはあまり合っていない。無理をしている。だから毎日すごく疲れてしまう。


(早く帰りたい……)


「ヴェロニカ。カトリーナとは仲良くしてくれているかな」


 これに国王のジュリアンが加わると、ヴェロニカはさらに追いつめられたような心地になる。彼はわざとヴェロニカのわからぬ政治や経済の話をするのだ。


 普段付き合いのある夫人たちとはせいぜい最新のドレスや美味しい菓子の話だから、「どう思う?」など意見を聞かれても答えられるはずがない。


 困ったヴェロニカを助けようとカトリーナが代わりに答えてくれる。ジュリアンは満足した様子で「さすが私の王妃だ」と彼女を褒める。ヴェロニカは自分の無知を笑われた気がして、居たたまれない心地になる。


「ヴェロニカはハロルドと毎日、どんな話をしているんだ」

「家のことや、子どもたちのことです」

「ふうん」


 つまらなそうだな、という心の声が聞こえてくるようであった。


「まぁ、よい。今日はハロルドも夕食を共にできるそうだ。またそなたたちの話を聞かせておくれ」


 ハロルドに会える。嬉しいことなのに、ヴェロニカは憂鬱であった。


 彼女は夫と一緒にいる姿を国王たちに見てほしくなかった。自分だけに見せるハロルドの表情がある。またヴェロニカの知らない夫の姿を、国王たちには見せている。そういったことを知られ、知ってしまうのが嫌だったのだ。


 我儘だという自覚はある。我慢するしかない。だからこそ帰りたいという気持ちは強まっていき、鬱屈とした不安や苛立ちが腹の奥底に少しずつ溜まっていくのを感じた。


「ヴェロニカのような女を見ていると、カトリーナのような女性がどれほど稀有か、つくづく実感する」


 夕食の場で国王が発した何気ない言葉が小骨のように突き刺さる。たいした痛みではないが、ヴェロニカはグラスの酒を何度も口にして流そうとしていた。


「陛下。私の妻に対して、あまり失礼な言い方をしないでください」

「怒り狂って、呪い殺されてしまうからか?」


 ジュリアンの軽口にも、ハロルドは笑わなかった。


「妻はそんなことしません。今の陛下の言葉は、人を傷つける言葉です」

「……ハロルド。私は大丈夫から」


 真顔になった国王に、食卓の雰囲気は一気に重くなった。気にしていないとヴェロニカがテーブルの下で夫の手をそっと握れば、彼は「なぜ?」というように眉根を寄せた。


「自分の妻を馬鹿にされたのだ。なぜ黙っている必要がある」


 陛下、とハロルドは恐れもせずジュリアンを真っ直ぐと見据えた。


「貴方は私の妻と比較する形でカトリーナ様の素晴らしさを自慢しました。それはヴェロニカに対しても、そしてカトリーナ様に対しても失礼です。今後は控えるようになさってください」


 息子のエルドレッドを叱りつける時のように、ハロルドは真摯に訴えた。もともと彼は穏やかな性格をしている。よく怒りを爆発させるヴェロニカとは違う。ただ静かに、悪い点を直すよう説く。それは大声で怒鳴られるより堪えるものがあった。


「……そうだな。悪かった」


 ジュリアンが決まり悪げにヴェロニカに謝った。反省した王の姿に、ハロルドはよくできましたというように目を細め、優しい表情をした。


 そんな中で一人、カトリーナだけが何かを考えるようにじっと黙り込んでいた。


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