魔女堕ち聖女の悪役令嬢式世界征服術
たれたれを
武者修行編
第1話 聖女の裏切り
「エドガーがやられた!?」
驚愕の声を上げたのは、すでに満身創痍となっていたシルヴェストルだ。
彼はこのパーティの中では最年長であり、歴戦の戦士でもある。
魔法こそ使えないものの、冷静沈着で、わたしたち仲間のまとめ役でもあった。
そんな彼が動揺している。
無理も無い。
たった今、リーダーである勇者のエドガーが死んだのだ。
「セレスティア! 蘇生を! 早く……!」
彼の上半身は魔法の直撃を受けて消滅しており、むなしく下半身が転がるのみ。
あれでは……。
「もう無理です……」
首を横に振って事実を告げるのは、神官職でわたしたちの回復を一手に担ってきたセレスティア。
二十代半ばの若々しくも美しいその顔は、悲嘆に暮れていた。
聖女候補の彼女でも無理というのなら、やっぱり無理なのだろう。
「おのれぇ!」
剣をとったシルヴェストルが一直線に駆ける。
向かったのはエドガーを殺した大魔法を放った相手。
「下がるがよいプロスペール!」
後方にいた真っ黒な甲冑を着込んだ男が、そんな声を上げる。
しかしプロスペールと呼ばれた男はさっきの魔法で力を使い果たしたのか、その足は震えるばかりで動きはしない。
そのまま悟ったようや笑みを浮かべたまま、シルヴェストルの剣の一撃をまともに受けてしまう。
プロスペールも死んだ。
魔王エルキュールの腹心であり、大魔導士であった彼もまた。
これでこの修羅場に残るのは、四人。
魔法使いのわたしと、神官のセレスティア、戦士のシルヴェストル。
残る敵は一人だけ。
魔王エルキュール。
この魔王城ラグナグラストの主。
ついに追い詰めた。
でもその犠牲は計り知れない。
わたしたちのリーダーだった勇者エドガーは死に、そしてあらゆる魔法を使いこなした老練な賢者であったゼトは、魔王軍の四天王相手に仲間をかばって自爆して果てている。
それでもここまで来た以上――誰も退くことは考えてなどいなかった。
真っ先に立ち向かったのがシルヴェストルだ。
魔王相手に壮絶な一騎打ちに及んでいる。
剣の腕だけなら、彼は魔王に劣らない。
でも魔王には魔法がある。
援護しないと……!
でもわたしはわたしであらかた魔力を使い果たしていた。
魔法らしい魔法はもう使えない。
そもそもわたしは魔法使いというのはあまりに異端な存在だ。
死霊魔法や降霊魔法に特化した
どっちかといえば、魔王軍にいた方がむしろ合っているような職種である。
「――ネロヴィア様」
そんなわたしに声をかけてきたのはセレスティアだ。
「魔力は残っていますか?」
「……残ってないわ」
素直に答える。
「ではこれを」
差し出されたのは紫色の液体の満たされた小瓶。
色からしてエーテルだろう。
これで魔力を回復できる。
「まだ残っていたの」
「こういう時にこそ、ですからね」
「ありがとう」
これならあと一回くらい、何かできる。
そう思ったわたしは迷わず受け取って、その液体を喉に流し込んだ。
効果は即効のはず。
すぐにも魔力を発動させようとして――胸から湧き上がってくるものに思わず口に手を当て、そのまま吐き出してしまう。
「な……!? ぐ、がはっ……!」
毒!?
喀血したわたしは反射的にそう思った。
いや、違う。
確かに魔力の波動があった。
そもそも毒などわたしには効かない。
ネクロマンシーのせいで、もうそういう体質になってしまっている。
となると、これは――
「聖水、ですわ」
くすり、と微笑んで、セレスティアが立ち上がる。
「わたくしと同じく聖女候補とあろう方が、聖水を受け付けないなんて……本当に何ということでしょう」
「あ、あなた……!」
「さぁ、とても良い局面になりました。そろそろ終幕といたしましょうか」
身体を動かすことのできないわたしを尻目に、セレスティアは身に秘めていた莫大な魔力を開放させた。
まだ……こんなに力を残していたなんて……!
でもどういうつもり……?
何のためにこんな……!
「――大聖域……!」
セレスティアが何をしようとしているのか一目で分かったわたしは、血を吐きながらその名を口にする。
それは神代魔法のひとつ。
対となる魔法――大魔境と共に、この大陸を人間と魔族で長らく二分してきた領域魔法。
大魔境を使える者が魔王であると同時に、大聖域を使える者が聖女と呼ばれる。
「……ようやくこの瞬間がきました」
セレスティアが神代魔法を発動させようとしていることに、魔王は気づいていた。
でもシルヴェストルがそれを邪魔してしまっている。
そのシルヴェストルはすでに死ぬ覚悟なのか、後先を考えない
というかあのままじゃ彼も死ぬ。
「次代の王の候補者である勇者もちゃんと死んでくれましたし、賢者様も魔力暴走で粉々です」
「ちゃんと……? まさか」
「はい。お二人を殺したのはわたくしです」
ゼトは自爆したわけじゃなかった。
そうさせられたのだ。
きっと勇者も同じ。
防御魔法が間に合わなかったんじゃなくて、そうさせられた。
「裏切ったの……!?」
「ちょっと違います。別に魔王に誘われていたわけじゃありませんから」
それはそうだろう。
だってこの女、今まさに魔王もまとめて始末しようとしているのだから。
「もともと利用していただけです」
「セレスティア……!」
激高したわたしは立ち上がろうとして、また血を吐き崩れ落ちる。
「ゼト様は貴女の師でしたし、エドガー様は少々貴女に毒されていましたからね。ここで生き残ったとしても納得されないでしょう。ふふふ。実は勇者様や賢者様よりも、同じ聖女候補であったネロヴィア様の方が厄介でした。ですから少しずつ堕としていったのです」
「じゃあ……わたしに死霊魔法を……奨めたのって……!」
「そういうことです。その適正にはちょっと驚きましたが、狙い通りに聖なる力に拒絶反応を起こす程度には、魔女堕ちしてくれたようですし」
「ぐ……あっ!」
倒れこんだままセレスティアを睨み上げていたら、不愉快そうに顔を踏みつけられる。
「ふ……いいですね。とても気持ちいいです。このままその綺麗なお顔をぐちゃぐちゃに踏みにじってあげたいところですが、死んではいけません。貴女が死んでしまっては意味がありませんからね。ただ繰り返すだけです。貴女は永遠に生きて、改めてこの世界の礎となるべきなのです。これまで散々にかき乱した世界を元に戻し、再び秩序をもたらすべきなのですから」
何を言っているのか意味が分からない。
でも明確に分かることは、セレスティアに裏切られたということだ。
そのセレスティアは笑う。
とても朗らかに。
「死霊魔法使いであるネロヴィア様ならば、たとえゾンビやスケルトンになったとしても、そうそう死なないでしょう? ああ、アンデッドはもう死んでいるんでしたか。どちらにせよ、存在としてあるのならば同じことですから構いません」
そうこうしているうちに、セレスティアの大聖域は完成していく。
「ではそろそろ――しばしのお別れです。本当はわたくしのことを思い出して欲しいとは思いますが、それも叶わぬ夢ですね……」
何故か最後にどこか哀しげに笑って。
そうして大聖域は完成する。
同時に姿を消すセレスティア。
あれも神代魔法の転移魔法。
いつの間にって思う。
「……ふふ――なにこれ。あは、あはははは」
可笑しくなって、わたしは笑い転げた。
こんな最期ってある?
いや、もしかすると最期ですらないのかもしれない。
あの女、わたしを殺さなかった。
これからもずっとずっと利用するつもりなんだ。
でも身体は動かない。
ああ、嫌だ。
こんなのは認めたくない。
だってバカバカしいにも程がある。
でも何もできないんだろうな……。
視界がどんどん白く、塗りつぶされていく。
聖なる光。
もっともわたしには、醜悪なジョークにしか思えなかった。
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