第3話 バカンス休暇

 思わず腰に手をやるものの、武器の常時携帯を禁止されていたと、行き場を失った右手はグラスを持ち、一気に中身を煽る。焼け付くように喉を流れる酒に、一瞬飲みすぎてしまったかと思ったが、隣の席に腰を下ろした偉丈夫の姿に、これは現実だと突きつけられた。


 胸ポケットからタバコを取り出し、咥え、指の先から火を出して、紫煙を吐き出す。


「将軍様がここで何をしているわけ?」


 取り敢えず、答えてくれるとは思わないけれど、聞いてみた。


「では、逆に聞くが赤き悪魔が何故ここにいる?」


 まぁ、聞かれるよね。別に私は素性を隠すようなことはしていない。私の象徴的な赤い長い髪も、上からの命令で目立つからという理由で着せられている赤い軍服もそのままだ。


「バカンス休暇」


 私の心には潤いが必要だ。明けても暮れても戦場を駆ける日々に辟易しているのだ。


「クッ!バカンス。このモンテルオール共和国にバカンス……クククッ」


 まぁ、普通は使わない言葉だ。


「武器商人の国はバカンスに来るところではないと思うが?」


 そう、ここは商人の国。エルバル国にもザルファール帝国にも属さぬ独立国家なのだ。ただ、この国の在り方が変わっている。

 元々は一人の商人が治めた都市で、商業区のような扱いだった。しかし、一つの国として独立するようになった経緯は、商人アキラ・コトブキという人物がこの地を治めたことから始まった。


 魔武器という魔力を弾丸として扱う武器を売り出し、瞬く間に世界は泥沼の戦場となり、百年戦争と言われるまでに転がり落ちていった。


 ただこの終わらない戦争で得をしたのがアキラ・コトブキだった。その人物は都市であった場所を国と位置づけるまでに押し上げ、独立国家として他の国々に認めさせたのだ。

 これは一人の人物が多大なる力を持った結果だと言える。


 都市の大きさしかないモンテルオール共和国には不可侵条約が結ばれており、この国での争いごとはご法度となっている。武器を購入するのは認めるが、武器として扱うことは禁止にしている変わった国だと言える。


 だから、私はいつも腰に佩いているレイピアは宿泊しているホテルに置いており、持ち歩いてはいない。


 そして、隣の偉丈夫はそんな武器を売っている国にバカンスに、きているという私の言葉にお腹を抱えるほど笑っている。


「このご時世、周りを気にせずに過ごせるところなんて珍しい。ちょっとでも怪しい動きをすれば、警邏隊に連行されて国外追放だ。頭を空っぽにして飲めるところは貴重ってこと」

「違いない」


 私の意見に同意した隣の偉丈夫を紫煙を吐きながら、眺める。

 こう話してみると戦神も普通だ。普通に笑って、普通に酒を飲んでいる。


「で、私は答えたけど?」

「武器の調達とバカンスだな。クククッ」


 自分で言って受けている。隣の偉丈夫も何軒か回ってきたあとなのだろう。


 やはり、武器の調達か。戦神自ら、武器の調達に来なくてもいいとは思うけど、恐らくそれと並行して情報収集を兼ねていると思われる。

 私のバカンス休暇に許可が下りたのも、武器の調達をしてくるという建前があったから申請が下りただけで、普通は一週間もの休みなんて与えられない。


「将軍様は何日バカンス休暇もらえたの?私は一週間。短すぎると思わない?一ヶ月は欲しいわ」

「一ヶ月は長いな。俺は二週間だ」


 一ヶ月は長い。二週間後から三週間後を目処に開戦。やはり、国に戻れば即刻戦場送り決定だ。


「マスター。おかわりー」


 もう、飲まなければやってられない。


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