第7話 野良

――夏。四国のここの夏もまた、これはこれで暑い。


瀬戸内海に面してはいるが、四国山脈を背にし、海の向こうには中国山脈がそびえているため、山に挟まれた形をとるこの土地は、天候自体がとても穏やかなものである。


逆に言えば、雨が少なく、夏でも乾燥しているような暑さに見舞われる。カラッと乾いた暑さで気持ちが良いと言えば聞こえは良いが、例年、水不足という問題はついて回るそうだ。


 おれがガキの時分に経験した梅雨などは、それこそひっきりなしに降る雨で歩道まで水没し、長靴の中まで水浸しになりながら学校に通った思い出もある。


一転してこちらの梅雨はと言うと、確かにグズグズとした天気は続くのだが、あの頃のそれとは比にならない。


どちらがどうと言うわけでは無いが、水に困ると一言で表しても、同じ日本でも違うものだなぁとしみじみ思った。




 公立学校の採用試験は例年どの地域も夏に実施される。六月、七月頃の土日で一次試験があり、その通過者は八月に二次試験。あるところでは九月に三次試験も、といった流れである。



 おれは産休代理でこの学校に雇われた、臨時採用の身である。このまま何の準備もせずに、次の四月までのうのうと暮らしていれば、いよいよ釜の蓋が開かなくなってしまう。


教師という道を目指し、そこに足を突っ込んだ手前、今更就職活動をしようという気にはならなかったので、時期になると公立学校の採用試験を受験した。


 大学四年生の時にも、当時住んでいた関東で受験したから、勝手が分かるという意味でも、今年もそこで受験をすることにした。


そして、ついでといっては何だが、せっかくだから、今、根城にしているこの四国の田舎でも採用試験を受けてみた。


受験の要項を調べた際、ちょうど日程がずれていたので、物は試し。下手な鉄砲も何とやら。少しでも教師になれる確率を上げておこうといった考えであった。

 


 採用試験にと動きはしたものの、夏休みは暇で退屈でしょうがなかった。


部活生や進学クラスは補習にと、生徒達が多少なり登校しているとはいえ、いつもの喧騒というのか、生徒の賑わいの無い学校は、眠っている様に静かであった。


それとも普段、十三組の奴らが騒がし過ぎるのか。


でも、夏休みが明けるとすぐに体育祭があり、後には文化祭も控えている。慌ただしい二学期に向けてしばしの休憩と言わんばかりに、おれもこの校舎と一緒にうたた寝をしながら八月をやり過ごした。




 二学期の登校初日の朝のホームルーム。約ひと月ぶりに十三組の奴らと顔を合わせた訳だが、この日はある意味で新鮮さを感じた。


 どこのリゾートでバカンスをしてきたのかというという程、真っ黒に日焼けした奴。


やや色気付いてきたのか、スカートの丈が一学期より少し短くなっている奴。


化粧がさらに濃くなっている奴。


明らかに耳たぶに穴が開いている奴。爪がキラキラ輝いている奴。


失恋でもしたのか、バッサリ髪を切った奴。


昨晩慌てて黒染めしたのが伺える程、髪の毛が真っ黒な奴。


逆に、元から明るめの髪色だったのに、さらに明るくしている奴……。


おれがうたた寝をしている間に、さぞ夏休みを謳歌していたことが伺える。女子高生の、十六歳の彼女達にとってのこのひと夏は、とても短くてとても長かった様だ。


 後ろを振り返らず、それでいて他を顧みることなく、精一杯自己を表現しているこいつらの姿は、これも若さ故の輝きの一つなのだろう。


こいつら一人一人が、おれがあの頃に単車で流した時に目に入ってきた街の光と重なった気がして、なんとも儚げな綺羅星の如く見えた。


 一転、教壇に立つ担任はというと、やや眉をひそめて困り顔だ。


「本当、しようがねぇなぁてめぇらは」


 担任の気持ちをおれが代弁した。


「え?何がよ?」と、当の本人達に自覚などあろうはずもない。


いや、もしかしたら自覚はあるのか。わざわざそんな格好で登校してくるのだから。


「てめぇら揃いも揃って派手なカッコでやって来やがって。あんまり先生困らせんじゃねぇよ。ただでさえ、お前らは悪目立ちしてんだから」と言うと、


「目立ってナンボよ!」と返してきたので、やはり自覚はある様だ。此奴らに無いのは規範意識の方であったか。



「まぁタツ兄も見よってやね!体育祭も文化祭もビッとやるけん!」


 おれは、「てめぇらが気合い入れっとろくな事になんねぇよ」と言いかけたが思い留まった。


あれだけ授業に無気力というのか、口を開けば文句しか言わない様な奴らが、その真意はどうあれ、学校行事を見据えているというのだから。


クラスマッチの一件で、多少なりクラス内でも絆ができたのか。ただお祭り事が好きなだけなのか。その気概が、他の目の前の小さな目標、しいては自分の将来に向けて動き出せば良いのだが。


とりあえず今日のところは、「そうかそうか」とだけ頷いておいた。

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