【連載版】星空を見上げれば

ジョン・ヤマト

プロローグ

 笑って、泣いて、怒って、そして悲しんで。

 私達は様々な感情が溢れる広い世界で生きている。

 でもいつか気付くんだ。広大と感じた世界が『小さな世界』だったということに。




――――――――――――――――――――



「イブキ、早く起きなさい!」

「う、うぅん…………」


 オレンジ色の陽の光に照らされながら、私は目を覚ました。長い時間昼寝をしたからか頭がボーッとしていた。



「ようやく起きたの、もう夕方よ?」


「あ、おかーさん…………おはよう」



 朧げな眼を横に向けるとそこにはエプロン姿のお母さんが呆れたように微笑みを浮かべていた。



「今日もハトちゃんと遊ぶのでしょう。すごい汗じゃない。早く着替えて行きなさい」


「あ、そうだった! ありがとうお母さん!」



 お礼を言いながら外に出るため寝汗に濡れた服を着替えて急ぎ足で外へ出ていく。

 脱いだ服をベッドに放り投げたことでお母さんの怒った声が聴こえて来たけど、そんなことは気にしないままに、玄関の扉を開けて約束の場所へ駆けて行くのであった。


 今日は8月31日、夜空の月が綺麗に輝く素敵な日だ。




 友達との待ち合わせ場所は街の商店街の入り口。『本日はスーパームーン!』とポップなフォントで書かれた大きな看板の前だ。

 しかし女の子が待ち合わせ場所に着いても友達の姿は無く、往々に動く人の波がそこにあるだけだった。



「あれ? ハトちゃん遅刻したのかな?」



 そう思って連絡しようと携帯を開いた瞬間。顔に温かい感触が訪れると同時に女の子の視界が急に暗くなったのだ。



「だーれだ!」



 そして聞き馴染みのある声が両耳を優しく刺激した。

 女の子は「あはは」と朗らかに笑いながら背後にいる友達に向かって語りかけた。



「もう、驚かせないでよぉ、ハトちゃん」


「いひひ、だってイブちゃんの反応が可愛いんだもん」



 そうして眼に光が戻るとハトちゃんと呼ばれた淡い桜色の髪をした小さな女の子の眩しい笑顔が視界いっぱいに広がるのであった。


 彼女はハトちゃん。産まれた時からずっと一緒にいる私の親友だ。イタズラ好きなのがたまにキズだけど、とても優しくて可愛い子なのだ!

 今日は夏休みの最後ということでハトちゃんと一緒に商店街の夜祭りに来ているのだ。

 


「さ、もうすぐ夜になるから早く行こう」


「うん、人が多いから手を繋いで行こっか!」



 そうして私達は手を繋いで人通りの多い商店街な中心に向かった。





 オレンジ色の太陽が沈みかけた頃になって私とハトちゃんは商店街の特設ステージのある広場に到着した。

 広場は既に何十もの人が列を成して空を見上げている。彼らの表情はワクワクでいっぱいだ。


 8月31日の今日はスーパームーン。夜空に昇る月が一番大きく見える日なのだ。それに肖った商店街は『大月祭り』という祭りを開催しているのだ。



「さあさあ皆さん、もうすぐですよ! もうすぐ空にスーパームーンが見えますよ!」



 ステージの上に立つ司会者の言葉に期待がさらに膨らみ始める。



「イブちゃん、スーパームーンってどのくらい大きいのかな?」


「わからないなぁ、学校ぐらいあったりして!」

「うひゃあ! もしそんなのが落ちて来たら夏休みが増えたりしないかな」


「もしかしてハトちゃん、宿題まだ終わってないな? この前は全部終わらせたって言ってたのに」


「えへへ…………」



 ハトちゃんと何気ない会話をしていると、ようやくと言わんばかりに太陽が地平線へと沈み始める。

 同時に空を見上げるみんなのボルテージも最高潮を迎えようとしている。「さあ、スーパームーンです!」という司会者の声が大きく木霊している。



 そして輝く夜が訪れようとしたその時。

 私達の世界から『夜』が奪われた。



「え?」


「何があったのでしょう…………太陽が昇っている?」



 それの始まりは空を見上げている観客や司会者の困惑から始まった。先程地平線へ沈んだと思われた太陽が私達の頭上で何事も無かったかのように爛々と輝いていたのだ。


 

 それと同時に地獄からの流れ星が私達の世界へと降り立った。



「お、おい…………なんだよあれ」



 空を見上げていた観客の一人が太陽の横を指差した。

 その指差した先には、数多の異形の『星』がこちらへ向かって来ていたのだ。

 その時この場にいる全員が思い浮かんだのは映画に出てくるような宇宙人の地球を侵略する光景。そしてその後に侵略者に蹂躙された者の辿る末路だった。



「に、逃げろぉッ!」



 その声が始まりの合図とでも言うように、空に浮かぶ星が身体を発光させると同時に、巨大な熱光線を至る所に解き放った。


 建物が崩れ、人々が泣き叫ぶ。しかし朝日に輝く星は無機質に感情も無く私の世界を壊し続けていた。



「イ、イブちゃん…………あれ…………」


「あ、あ、あぁ…………」


 

 ハトちゃんがある一点を指差した。

 そこは星達の群れの中心、そして一際大きな金色の輝きを放つ星が静かに空に昇っていた。


 金色に輝くその星はまるで二つ目の太陽のように、逃げ惑う私達を無邪気に見下ろすと。



『A…………………Arghhhhhhhhhhh!!』



 眩い光を放ちながら、耳をつんざくほどの大きな声を叫び上げたのだ。

 その声を金切りに地獄の階層はさらに上昇をし始めた。



「おホシ様…………おホシ様! ああああああああ!!」


「綺麗なおホシ様!! 私達を導いてください! アハハハハハハハ!!」


「お、おい! 急にどうしたんだ! ぎゃあ!」


「ママ、お願いやめて!! ぶたないで!!」



 金色のホシに照らされた人々が次々と他の人達を襲い始めた。子供も大人も男性も女性も関係ない。まるで操られたかのようにホシを讃えながら人が人をころしている。

 そして他のホシも人々と私達の文明に対して破壊の限りを尽くしている。まるでゴミのように。



「あ、いやぁ…………」

「イブちゃん、早く逃げよう!!」



 ハトちゃんは放心する私の手を引いて崩れゆく商店街から離れて行った。


 こうして何気ない日常の世界は終わりを迎えた。

 次は私の世界の番だ。





    ⭐︎

「イブちゃん、もうすぐ家だからね! このまま走るよ!」

「うん…………」


 ハトちゃんに手を引かれながら私は何も考えずに走り続けていた。

 ホシ達の侵攻は既に街の大部分に達している、今いる住宅地もヤツらの餌食になるのは時間の問題だ。


 しかしそれでも、私とハトちゃんは家に向かって走り続けた。今はただ大切な存在の温もりが欲しかったのだ。



「イブキ! ハトちゃんも!」


「大丈夫だったかイブキ!」


「お母さん…………お父さん…………」



 家の前に辿り着くと既に両親が荷物を背負って逃げる準備をしていた。

 私は涙混じりに二人に駆けて身体を抱き寄せた。



「怖かったよぉ…………」


「そうだよな。でももう大丈夫だ、お父さんがしっかり守ってやる」


「さ、早く車に乗りましょう。ハトちゃんも乗って、ご両親のところへ行くわ」


「あ、ありがとうございます!」


「少し待ってろ。今車庫から出してくる!」



 抱き合ってしばらくした後、お母さんとお父さんは急いで車庫の扉を開くと、急いで駆け寄り車へ乗り込んだ。

 お母さんの「二人も早く乗って!」という声に急かされながら私とハトちゃんも車に乗ろうと近づいたその時だった。



『Arghhhhhhhhhhh!!』

『……………………』

『……………………』



 あの忌々しい叫び声と共に金色のホシが現れたのだ。

 その傍らには赤と青の二対のホシが街を破壊しながらこちらまで突き進んで来ていた。


 ………………ここから先はまるで時間が止まったような感覚だった。

 金色のホシがその身を輝かせながら、まるで駄々をこねる子供のように辺りにその熱光線を散らした。

 そして、その内の一つが、お母さんとお父さんの乗る車に当たってしまったのだ。


 叫び声、爆発音、吹き飛ばされる私とハトちゃん。そしてなくなった世界。



「あ、あ………………」



 世界は終わりを迎えた。

 私の世界も一つの終わりを迎えた。

 

 後に残ったのは身を焦がすほどの憎悪と、失ったことによるだけだった。







    ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎


「………………」



 眼を覚ました。

 温かい陽の光を浴びたからではない。誰かが笑いながら起こしてくれたわけでもない。ただ起きる時間になったから眼を覚ました。ただそれだけ。


 白い壁に白い天井、そして白い家具。

 無機質な部屋で眼を覚ました私はただただ静かに先程見た光景に思いを馳せていた。


「………………ハハっ」


 溢れ出る乾いた笑み。

 まったくもってだ。こんなの笑わずにはいられない。


 このまま大笑いをしてやろうかと考えたその時、手元の無線機からピピピというコール音が鳴り響いた。



「はい、隊員コードI、イブキ」


『コードIに指令 Gー34地区にて七芒星が出現 至急現場へ急行せよ』


「装備と同行者は?」


芒炎鏡ぼうえんきょうのみ 同行者は無し 単独任務だ』


「了解、至急現場へ向かいます」



 無機質なオペレーターとの会話を終えると、制服から戦闘服へと着替えた。

 そしてそのまま現場へ向かおうとしたその時だ。



「………………」



 放り投げられた制服がたまたま眼に入ったのだ。普段の私ならこのまま放っておくだろう。しかし今の私はどうにも放っておく気分にはなれなかった。



「…………行って来ます」



 制服を畳んでテーブルの上に置くと、誰に対して言うわけでもなく挨拶をしながら自室を後にするのだった。




 これは異形のホシに奪われた夜を少女達が取り返すために戦う、小さな小さな世界の物語だ。

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