警察からの協力依頼 七 〜事件のからくり〜

「お集まりの皆さん、ごきげんよう。今回の事件のからくりが分かりましたので、今からお伝えしようと思います」


 流澄は大仰にお辞儀をすると、口角を上げた。


「まずひとつ申し上げますと、皆さんの中に内通者がいます」


 応接室内がざわついた。白花は不安そうに、膝の上の拳を握り締めた。


「まず、丘山氏の部屋で見つかったペンですが、あれは偽物の証拠です。彼女と共犯と見られた新聞配達員の男性は、誘拐組織特有の口封じの呪いを掛けられていなかった」


「どういうことですか……?」


 白花が青い顔で問う。


「組織は、丘山さんの口封じの呪いを利用して、彼女ひとりが内通者であるように見せようとしたんです。誘拐の計画書まで丁寧に用意してね」


「なぜわざわざ、こんなことを?」


「それはもちろん、白花嬢の誘拐日をずらして認識させるためです。誘拐計画は学園祭の日に実行される、という認識を警察に持たせようとしたんです」


 流澄は使用人一同を見渡した。


「白花嬢の利き手はどちらですか?」


「右です」


「右ですわ」


 使用人たちから声が上がった。


「では、こちらをご覧ください」


 流澄は、手に持った物を掲げた。新聞紙だ。


「この写真の白花嬢は、左手にペンを持っています」


 一同がどよめき、一斉に白花の方を見た。


「私達はいつからか、白花嬢の利き手が右手だと思い込んでいたんです。これは、記憶操作の魔法でしょうね」


 流澄は白花の黄色の瞳を見据えた。


「あなたが内通者です、獅子瓜さん」


「……?!」


「――待ってください、獅子ちゃんは今朝出て行ったばかりじゃありませんか!」


 応接室に混乱が広がる。白花は警官に囲まれた。


「今朝出て行った獅子瓜さんは、丘山氏が変装したものでしょう。この屋敷からは、警備の確認なしには出られない。ということは、警備をすり抜けて外出したと思われた丘山氏は、獅子瓜さんに化けて外に出たんです」


 座ったまま俯いている白花に、流澄は緑の瞳を向けた。


「そして獅子瓜さん自身は、白花嬢に化けて、丘山氏を見送った。獅子瓜さん、あなたは荷物検査を、昨日の内に済ませていたんですよね。今朝は予定が早いから、という白花嬢の配慮で。昨日一日中忙しくしていたあなたに、彼女は餞別の品を渡す暇がなかった。そこで彼女は昨夜、荷物検査の後に、あなたの部屋に直接届けに行ったんです。これには証人がいます」


「私確かに、部屋に戻る時にお嬢様とすれ違いましたわ」


 ひとりの女中が言う。


「その時に、白花嬢を眠らせ、入れ替わったんです。では本物の白花嬢はどこか?行李鞄の中に入れて、丘山氏に持ち出させた」


 使用人たちの間に、緊張が走った。


「じゃあ、お嬢様は既に……?」


「爽鳩警部には既に伝えてあります。今捜索をしているところです」


 流澄は、使用人たちをなだめるように言った。


「あなた自身は、学園祭の日に誘拐されたように姿を消す。そういうシナリオでしょう。霞くんとの正面対決を避け、なおかつ証拠を残さずに白花嬢を誘拐する。ひとりの犠牲に目を瞑れば、とてもよくできた計画だ。記憶操作の方は、特異魔法を使ったのでしょう?」


 特異魔法、それは魔力を持つ者全てに与えられる、特殊な魔法だ。

 その強さや効能は、魔力量とは全く関係なく、完全無作為ランダムな神からの贈り物だ。


 白花、いや獅子瓜は俯いたまま微動だにしなかった。

 しかし、警官が手錠を掛けようとすると、近くの女中を強引に引き寄せ、立ち上がった。


「この人がどうなってもいいのですか!」


 女中の喉元に刃物を突き付けた瞬間、大きな音と共に、獅子瓜は床に倒れた。


「あらら」


「報酬は弾んでくださいよ、流澄さん!!」


 そう叫ぶ女中の頭から、流澄は帽子を引ったくった。魔法が解け、茶髪の長身が露わになった。

 霞の方も、ブレスレットを外すと、別人が化けたものだった。


「ご苦労、桜くん。変装魔道具って便利だよね」


「……っ!」


 獅子瓜は、魔法を封じる手錠を掛けられ、警官達に立たされた。


 流澄は彼女のネックレスを外した。

 魔法が解け、橙褐色の髪の女の姿が現れた。黄緑色の瞳が、揺れながら流澄を見つめる。


「君も変装魔道具を使っていたんだよね。こんな派手なネックレス、白花嬢が選ぶはずないもの」


「どうして……!演技なら誰にも負けないはずだったのにっ……!」


「自身の演技力を過信して、小道具にまで気を配れなかったようだね」


 女は暴れたが、すぐに警官に取り押さえられた。


「成功して帰還すれば、認めてもらえたのに、あの方に――」


 その瞬間、女の口から赤黒いものが溢れた。


 それは、正面に居た流澄のシャツに跳ねた。警官に取り押さえられたまま、女はぐったりとして動かない。


「口封じの、呪い……」


 緑の目を見開いて、流澄は小さな声で呟く。


 警察がすぐに対処した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る