第2話 タイムスリップ先で朝ご飯を

「アリス、おはよう」


「おはようございます、お父様お母さま」


 朝起きてリビングに向かうと、そこにはすでにいつもの席に座っているお父様とお母様の姿があった。


 生まれ持った白髪を短く切りそろえて、その髪を上にあげている清潔感のある髪型。男爵の爵位を持つエバ―ハルト・エリクが私の父だ。


 そして、珍しい艶やかな長い黒髪を揺らして、優しい笑みをこちらに向けているのが母のエバ―ハルト・セリーナ。


 白髪と黒髪の両親の血を引く私だけど、父の血の方が強かったみたいで、私の髪は白銀色をしている。


 柔らかくてぱっちりとした目元と、硝子細工のように繊細なまつ毛は母に似ていて、晴天の空のように青い瞳と、整った鼻梁は父に似ている。


 両親の良い所を掻い摘んだみたいだなと、自分で思ったりもしている。


 エバ―ハルト・アリス。それが私だった。


 私が席に着くと、食卓にはすでに朝ご飯が並べられていて、焼き立てのパンや暖かそうなスープ、ソーセージやサラダなどが並べられていた。


「うわぁ……懐かしい」


「懐かしい?」


 思わず漏らしてしまった私の言葉を聞いて、お母様は不思議そうに首を傾げていた。私は無意識で漏らしてしまった言葉を隠すように、小さく首を振って誤魔化すことにした。


「ううん、なんでもないです」


 少し迂闊だったと思って反省をしつつ、私は目の前に置かれていたスープに口をつけた。


 すぐに口の中に広がったのは、優しい野菜の風味と鶏肉から取れたダシの旨味。味が濃いわけではないのに口当たりがよく、自然とまたもう一口と飲みたくなる味わいだった。


 エバ―ハルト家の朝ご飯の定番、実家の味である。


「……ぐすっ」


 そんなもう飲むことも叶わないと思っていた味を口にして、私は思わず涙を溢してしまっていた。


「あ、アリスお嬢様?! もしかして、お口に合いませんでしたか?!」


 スープを口にした途端に涙を流す私を見て、ステラは慌てたようにそんな言葉を口にしていた。


 私が産まれたときにはすでにこの家にいたステラの料理が口に合わないはずがなく、私はステラに誤解をさせてしまったことを申し訳なく思いながら、小さく首を横に振った。


「ううん、違うの。すごく美味しいよ、ステラ」


「で、でしたら、どうして泣いてらっしゃるんですか?」


「うぅ……美味しいからだよぉ……長生きしてね、ステラぁ」


 本気で私を心配するみたいに、私の顔を覗き込むステラを見て、私はまた涙を溢してしまった。


 そうだった。ステラは私の表情の機微を感じ取ってくれて、いつも優しく声をかけてくれていたのだ。


 当時は当たり前だと思っていたステラの反応を前に、私は押し寄せるありがたさと懐かしさを感じて、感極まってしまっていた。


「あ、アリスお嬢様。私、奥様とそんなに年齢は変わらないのですが……」


 自分の身に何が起きるのか分かっていないステラは、自分が寿命を全うして死ぬと思っているらしく、まだ心配される年齢ではない旨を伝えてきた。


 そんなステラの反応すら愛らしく、私は鼻をずびずびと啜っていた。


「ふふっ、アリスったら数日前からずっと変わらないのね」


 くすりとお母様にも笑われてしまって、私は涙を止めようと必死に涙を拭って落ち着くのを待つことにした。


 そう、ここ数日私はずっとこんな調子だった。


それもそのはず。本来会うことができるわけがない人たちと再会して、当たり前みたいに平凡な日常を送っているのだ。


何も思うなという方が無理というもの。


どうやら、私は闇の魔女との戦闘中、タイムスリップというものをしてしまったらしい。


 今の私は12歳の子供。まだミルエネ魔法学園に入学前のただの少女だった。


 タイムスリップなんて現実的じゃない。そんな都合のいい展開なんてあるわけがない。もしかして、全て夢だったのではないかとも考えた。長い、長い悪夢を見ていたのではないかと。


それでも、いつまで経っても忘れることのない鮮明な記憶と、夢にしては具体的過ぎる出来事を覚ええていたので、今までの世界が夢だったのではないかという考えは捨てることにした。


なにより、12歳にしては今の私は頭が回り過ぎるし、知っていることも多すぎる。それらを客観的に考えられるくらい、私の中身は20代後半だったみたいだ。


 タイムスリップをした初日、私はこの屋敷でお父様とお母様、メイドのステラを見つけたとき号泣してしまった。だって、三人とももう会えなくなった人たちだったから。


 私に闇の魔女を倒す力があると分かり、それが世間に知れ渡ってからしばらくして、私の屋敷は闇の魔法使いたちによって襲撃された。


 その時に一家とステラは闇の魔法使い達によって殺戮された上、屋敷に火を放たれてしまった。


 多分、エバ―ハルト家の血を恐れたのだと思う。私が子供の頃はあまり知られていないエバ―ハルト家だが、その力が世間にバレてからその名前を知らない人はいなくなった。


 まぁ、世間どころか当の本人たちも今は知らないんだけどね。


 私はそんな破滅に向かい始めていることを知らない世界で、平穏な朝の時間を少しだけ堪能することにしたのだった。



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