死の間際でタイムスリップした令嬢は二度目の人生で世界と想い人を救う
荒井竜馬
第1話 プロローグ
腐敗した世界で私たちは、世界を闇に陥れた闇の魔女と対峙していた。
真っ黒なローブを頭まで被って顔を隠して、それを揺らしながらゆったりと構えている闇の魔女。
ただ立っているだけだというのにその存在は不気味で、形容しがたい奇妙な存在のようだった。
風になびいて見えた微かな口元は妖しげに緩んでいて、戦闘中とは思えないほどの余裕を感じさせていた。
終焉の谷と呼ばれる岩山に立ちながら視線を下に向けると、そこには私たちを取り囲むようにしている闇の魔法使いの手下たちの姿があった。
100人は優に超える数に対して、こちらの戦力は私を含めて2人だけ。そして、その2人というのもすでに満身創痍に近い状態。
とてもじゃないが、ここから戦況を覆すような展開は期待できない。
だから、この戦いは最終決戦はすぐに終わることになる。
私たちの敗北という結果。
貴族と一部の平民にしか使えないとされていた魔法。魔法が使えるというだけで優遇されて、魔法が使えないものとの格差というものが顕著な世界でもあった。
魔法が使える貴族によって統治されているこの世界では、魔法を使えない者の鬱憤は日々溜まり、蓄積されたどろっとした感情を生み出していた。
そこに目を付けた闇の魔法使いの一派が、魔法を使えない一般の人々に闇の魔法を与えた。
力を手に入れる代わりに、闇の魔女に崇拝とその身を捧げることを条件にして、負の感情を魔力へと変える魔法を与えた。
それによって、力をつけた一般の人々は闇の魔女に忠誠を誓い、いくつもの魔法大国を落としてきた。
そして、最後の砦となったミルエネ大国を守る使命を受けた私たちも、すでに限界を迎えていた。
闇の魔女の攻撃を避けることに夢中で、私は喉が痛く張るほど必死に走り回って、水分がなくなった喉はカラカラだった。
それでも、乳酸が溜まって重くなった脚に鞭を入れながら、私は闇の魔女に隙を与えないようにと気丈に立っていた。
「……アリス。魔力は後どれくらい残っている?」
「正直余裕はないよ。ていうか、これだけ長時間魔法を使ってたら、普通の魔法使いはとっくに魔力切れで倒れてるからね」
「それだというのに、闇の魔女は疲れている素振りもない。無尽蔵に湧き出る魔力……さすが、大魔法使いって言われるだけのことはあるか」
私の隣に立つルードは、剣の切っ先を闇の魔女の方に向けながら、小声でそんな言葉を口にしていた。
綺麗な藍色の髪と澄んだ瞳をしていて、頬に大きな刀傷が残っている、東の守護者の血を引く魔法剣士のルード。
闇の魔女と戦うために、東西南北の守護者が集められ、魔法大国が一致団結してこの戦いに挑んでいた。
守護者というのは以前に闇の魔女を封印した4人の勇者たち。その末裔が再び守護者として召集されたのだ。
それだというのに、蓋を開ければ闇の魔法使いの手下たちの圧倒的な数に押されて、私たちは不利な戦いをする羽目になっていた。
その結果、南と北の守護者はすでに帰らぬ人になってしまった。
「それだけじゃないでしょ。連中、『七宝のアーティファクト』全部揃えてるじゃない」
そして、最悪なことにそれに加えて、彼らは魔法大国に代々伝わる『七宝のアーティファクト』というものを全て揃えていた。
そんな伝説的な装備を揃えて、世界から恐れられている大魔法使いを復活させたのだ。正直、こんなの負け戦以外の何物でもない。
本来、私たちサイドが手にする予定だったアーティファクトを全て相手に揃えられたのだから、どうすることもできるはずがない。
一方的に嬲られるような戦いは、もはや下から私たちのことを見ている闇の魔法使いの手下たちに向けた観客試合のようになっていた。
過去に東西南北の英雄たちに封印された場所で、その英雄の末裔を殺すことで、闇の魔女を崇拝する世界の始まりとするつもりなのだろう。
趣味が悪いこと、この上ない。
「最後に、少しくらい抗うか」
「最後……ルード?」
ルードはそう言うと、諦めたような失笑を浮かべた後に剣を強く握って、その先を小さく震わせていた。
闇の魔女に対する恐怖でも、死に対する恐怖によって切っ先を震わせているのでもない。
彼の跳ね上がった魔力によって、切っ先が震えさせられているのだ。
辺りにある砂利が小さく音を立てて転がっていき、ただ魔力を放出しているだけなのにその力が周りに影響を与えている。
ただ魔力を放出しただけで、ここまで辺りに影響を与えることなんてあるはずがない。そんなことがあるとすれば、それは魔力だけではない何かを力に変えようとしている時くらいだ。
それこそ、生命力を無理やり力に変えようとしない限り、満身創痍の状態でこんなに魔力を放出することなんてできるはずがない。
「ルード! 本当に死ぬ気なの?!」
「なに、ただ無駄死にしたりはしないさ」
ルードはそう言うと、もう一段階魔力を跳ね上げさせた後に私の視界から消えた。
目で追うことも難しいくらい、凄まじい速度のまま闇の魔女に突っ込んでいったルードは闇の魔女との距離をすぐに詰めた。
そして、ルードは闇の魔女が距離を取ろうと後方に跳ぶよりも早く、そのまま剣を振り抜いて闇の魔女に斬撃を与えた。
何かが爆発したんじゃないかというほどの衝撃が空気を叩いて、その衝撃は後ろにいる私にまで届いてきた。
風圧によって空気が揺れるような衝撃を感じながら、私はなんとか目を開けて二人の行く末を見守った。
そこには、剣を振り抜いたルードが倒れそうになりながら、なんとか剣を杖のようにしてその場に立っていた。
全ての力を使い切るようなルードの一撃。それをまともにくらった闇の魔女の体は真っ二つになってーーーーいなかった。
「うそ……」
皮一枚繋がっていた体は黒い色をした糸によって縫われていき、切られた部分を修復していく。
そして、数秒もしないうちに、黒の魔女の体はルードが切りつける前の状態に戻ろうとしていた。
渾身の一撃を食らっても倒れることなく、何事もなかった状態に戻ろうとしている闇の魔女を前に、私は絶望を隠せなくなってそのまま心が折れてしまいそうだった。
「……これか」
しかし、そんな私に対してルードは一瞬生じた隙を見て、体の修復を完了させようとしていた魔女の体に手を伸ばすと、何かを引きちぎって私の方に投げてきた。
弧を描いて私の元に向かってきているのは、金属でできている球体が着けられたネックレスのような物。何か特別な紋章のような物が入っているそれは、普通の貴金属とは違う雰囲気を醸し出していた。
「アリス! それが魔女の本体かもしれない! それを壊してーー」
そのセリフの途中、ぶちゅっという果実が潰れるような音と共に、ルードの体が黒くて四角い何かに押しつぶされた。
その周りには赤黒い液体が飛び散っていて、先程まで私に何かを言おうとしていたルードの姿はなくなっていた。
「……ルード?」
私は、一瞬何が起きたのか理解をすることができなかった。
ルードがいなくなった? さっきまでそこにいたはずなのに、なんで?
そのすぐ隣にいた体の修復を終えた闇の魔女に視線を向けると、彼女は私の方に顔を向けて口元を緩めていた。
その緩んだ口元から、闇の魔女によってルードが殺されたことを察しながら、私はふらふらとルードのいた場所に足を引かれていた。
私の頭が何を考えているのか分からないけど、ただルードがいた場所に私の足は向かおうとしていた。
しかし、三歩目を踏み出そうとしたとき、私の胸に何かが小さくぶつかってきた。
鈴の音のような音を出して転がっているそれに目を落すと、ルードが黒い何かに潰される前に私に投げてきたものだったことに気がついた。
そういえば、ルードが闇の魔女に切りかかったとき、体を真っ二つにできなかったことを悔いてはいなかった。
自分の精いっぱいの攻撃が効かなかったことを悔いる姿を見せず、目を凝らして何かを探そうとしていた。
もしかしたら、ルードは初めからこれを奪うために、死を覚悟して突っ込んでいったのかもしれない。
「こんな物のせいで……」
私は大きな魔晶石の埋め込まれている杖を強く握って、そこにありったけ魔力を込めた。
ルードがいなくなった悲しみと、闇の魔女への憎しみ、闇の魔女に立ち向かうにしては足りな過ぎる自身の力に対する怒り。
色んな感情をただ杖に込めて、ルードが闇の魔女から奪い取った魔女の本体に全身全霊の力をぶつけることにした。
返してよ、ルードを返してよ!!
そんな叶うはずがない願望を込めて、私はそれが奪われたことに気づいて焦りだした闇の魔女の姿を横目に見ながら、全力の魔法をぶつけようとした。
その瞬間、球体から出た真っ白な光が世界を覆った。
何かのギミックが作動したかのように球体がずれて、そこから世界を照らすほどの強い光が注がれたのだった。
「な、なにこれっ……!」
突然の強い光を前に、私は強く目を瞑ってしまっていた。
それでも、せめて、ルードの死を無駄にしないようにと思って、無理やり目を開けて杖に込めていた魔力をその球体にぶつけようとしたのだが、いつの間にか杖に溜めていたはずの魔力はその球体に吸われていた。
そして、次の瞬間、私の視界は全てその光に包まれた。
何も見えなくなった世界。私は死を覚悟した。
……もうルードのいなくなった世界なんてどうでもいいか。
そんなことを考えながら、心のどこかに後悔があった。
いつでも伝えられると思って、いつまで伝えなかったルードへの想い。それを伝える前にルードは目の前で殺されて、私もこうして死んでしまった。
もしもやり直せるのなら、ルードと出会う前から人生をやり直したい。
もっとルードとの時間を大切にして、思いを伝えて、連中のアーティファクトの回収と、闇の魔女の復活を阻止して、もっとルードと幸せな未来を築きたい。
なんて、さすがに都合が良すぎるよね。
そんな願望まみれの考えに失笑をしながら、私はそのまま深い眠りについていくのだった。
「――――え?」
しかし、目を覚ました先に広がっていたのは、天国でも地獄でもなく、どこかの屋敷の中だった。
そして、その屋敷のベッドの上で私は目を覚ました。
見覚えのある部屋の造りと落ち着くベッドの香り。体を起こして辺りをキョロキョロと見てみて、そこがどこなのかすぐに分かった。
私が昔住んでいた屋敷だ。
え? でも、確か私が住んでいた屋敷は闇の魔法使いによって焼かれたはずじゃなかった?
ていうか、なんか視線がいつもよりも低い気がする。
一体何が起こっているんだろう。
そう思ってベッドから起き上がって、ベッドから下りようとしたときにある違和感を覚えた。
……足が床につかない。
床に下ろそうとしていた足は宙でぶらぶらと浮いていて、一向に床に着く気配がなかった。
それどころか足のサイズまで小さくなっている。
それも少し小さくなっているとかじゃなくて、まるで子供のようなサイズをしている。
「え?」
そして、何気なしに視線を向けた先にあった鏡に映っている姿を見て、私は言葉を失っていた。
そこに映っていたのは二十代後半の私ではなく、幼い少女の姿だったからだ。
それも、その顔は私の幼少期と酷似していた。
いや、というか、幼少期の私そのものだった。
「これって、どういうこと?」
腐敗した世界で闇の魔女と戦闘中、私はそんな未来が待ち受けていることを知らない平凡な世界で、幼少期の自分の姿になっていた。
要するに、私はタイムスリップをしたのだった。
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