第38話
しばらくして、オーナーはミシェルに許されたが、憔悴していた。
なんとか話題を変えたくて、わたしはルーカスに言った。
「君が四天王だったなんてね」
ルーカスは恥ずかしそうに鼻をかいた。
「よせよ、別に良いもんじゃない。俺は傭兵さ。マネーを貰えれば四天王にだって五天王にだってなるさ」
「四天王であることが恥ずかしいとでも言うのかよ」
ルートヴィヒが喧嘩腰にルーカスに詰め寄った。
「僕は四天王であることに誇りを持ってるよ。なんたって、この街で一番強い四人のうちの一人ってことだからね」
ルートヴィヒは胸を張る。そうしていると、彼は子供らしいのだが。アンドロイドにとって、見た目は実年齢とは無関係だ。それでも、ルートヴィヒには子供っぽさを感じる。
「別に否定はしていないさ、ボーイ。ただ、俺は運命の恋に巡り会っただけさ」
ルーカスはルートヴィヒの頭をグリグリと撫で回した。
「子供扱いするなよ」
ルートヴィヒがルーカスの手をはねのける。
和やかに話しながら、私の意識はずっと子供に注がれていた。やはり、どうしてもレオナが子供を離さないでいることが気になるからだ。彼女はまるでぬいぐるみでも抱えるみたいに、子供を抱きかかえていた。一体、彼女が何を目的としているのかまったくわからないし、この場でオーナーに問いただすわけにもゆかない。子供を取り返したいが、その拍子にレオナがあの手に力を込めれば、人間の子供なんて一瞬で肉塊になってしまうだろう。それに、悔しいが今の私に子供を守るだけの力はない。この中で、今一番戦闘能力があるのはレオナだろう。せめてルーカスが完全な状態なら、彼を盾に子供を取り返せたかもしれない、なんて情けないことを考えている。
「さて、そろそろかな」
オーナーがあたりを見回した。
「周りにマフィアの反応はない。行くなら今だ。だが注意しろ。この先はエレベーターシャフトだ。その先は、もう地上になる。どうなっているか俺にもわからん」
空気に緊張が走った。今このメンバーで戦えるのはレオナだけだ。彼女にしたって、本当に味方なのかわからない。
通路を進むと、すぐにエレベーターシャフトに出た。我々は一人ずつ、エレベーターのレールに沿って上へ滑った。原理は地上の高速移動と同じだ。磁力によって上へ上がってゆく。腕や足を失ったルーカスやルートヴィヒにとっては、この方がありがたいだろう。
殿(しんがり)は私とミシェルだ。ミシェルも上半身はあるのだから自分でレールの上を滑ってゆけばよいのに、私に背負うよう命令した。
「裏切ったのに、優しいのね」
レールに手をかけると、背中からミシェルが小声で言った。彼女の表情は見えない。
「紳士だからね」
「やっぱりあなたのそういうところ、よくないと思うわ」
「そういうところってどういうところなんだ」
彼女は答えない。
「とりあえず、ここから抜け出さなくちゃ」
「抜け出したら、何したい?」
いたずらっぽい声でミシェルが言う。
「なんだろうな。ゆっくりしたいかな。今日は色んなことがあったから」
「あんたらしいわね」
「そういう君は?」
「あたしは……」
上の方から耳障りな音がした。先頭のレオナが扉をこじあけている音だ。彼女は見た目によらず怪力らしい。戦闘アンドロイドというのは、みんなあんなに強いのだろうか。
順番にエレベーターホールへ上がった。シンとしていて、静かだった。ガラス張りの外は赤かった。一瞬、夕方かなと思ったが、そうではない。朝だ。地下にいて時間の感覚がなくなっていたが、一晩も地下にいたのだ。
長い一日が、ようやく終わったのだ。私は解放されたような心地でエレベーターホールに足を踏み入れた。
来たときには気付かなかったが、石彫の彫刻が置いてあった。これはあの芸術家ヘブライの作品なのだろう。たしかに、あのデータチップの映像に映っていたように思う。馬鹿なやつ。マフィアの仕事を請け負って、何か弱みでも握られて逃げられなくなったのか。
彼はなぜ、チップを私に預けたのだろうか。
「お見事。御美事だよ、お前たち」
突然、待ち構えていたかのように、マフィアたちがゾロゾロと現れた。
マフィアたちの壁を割って、ボスが拍手しながら出てきた。
オーナーとレオナは目を丸くしていた。
「あいつ、死んだはずじゃ……」
「ボスはいくつも素体があって、記憶データも復元可能なんです」
私がいうと、オーナーは信じられないという顔をした。レオナは「そんなの、全部ぶっ壊しちゃえばいいじゃないですかー」と言って笑った。それができたらどんなに良いか。おそらく、ボスのバックアップはこのタワー以外にも無数のアジトにあるはずだ。
レオナが弓を構える。背中に背負った矢だけでは、マフィアをすべて倒すことはできないだろう。しかし、今この場面で動けるのは両腕も両足も無事な私とレオナだけだ。オーナーには戦力のポテンシャルは感じない。
「やれ」
ボスの声を合図に、マフィアが銃の引き金に指をかけた。我々はバラバラになって柱の陰に隠れた。ルーカスが柱の陰から片腕とは思えない早撃ちでマフィアを戦闘不能にしてゆく。
ミシェルのクラッキングでセンサーが狂わされ、マフィアは正確に我々を狙うことができない。そのお蔭で我々がダメージを受けることはほとんどなかった。
勝てるーー。一瞬でもそんなふうに思った私の考えは甘かった。
レオナが撃った弓が銃弾で逸れ、撃ち漏らしたマフィアがレオナに向けて発砲した。銃弾がレオナの腕に当たる。レオナの弓が吹き飛ばされた。いくら相手の攻撃を妨害できても、こちらに攻撃する手段が少なすぎる。もはやルーカスの残弾もほとんど残っていないようだ。
絶望だ。無限に湧いてくる奴らを相手に、我々が生きてこの場を脱出できるはずがない。私の体は動かなくなった。
「バカ、諦めてどうするのよ」
ミシェルが私の頭を叩く。
突然、ジェネレータが熱くなった。またあの症状だ。体が動かなくなったのはそのせいか。どうしてこんな時に。
私の体が熱くなってゆくのを感じる。慌ててミシェルをおろした。
体から蒸気が立ち上る。
「な、なんだどうしたんだ」
オーナーが目を丸くして驚いた。私の様子に驚いたのは、味方だけではない。マフィアも攻撃する手を止めた。
「なんだ。お前も選ばれしものか」
ボスが笑う。選ばれしもの、自死プログラムを仕込まれたもののことを彼らはそう呼んでいるのか。バカにしている。
体が自分の意志で動かせない。それどころか、銃に向かって手を広げて的を大きくする始末。
ボスの話を思い出す。マザーファクトリーの更新プログラムによって、自死を強制される。つまり、今の状況は自殺をしようとしているということだろう。
なんで今なんだーー。
マフィアが再び銃を構えた。もうダメかと思った時、私の前に子供が立ちはだかった。途端、マフィアたちは動きを止めた。
「なんだ? お前たちは何をしている。撃て」
ボスが捲し立てるが、マフィアたちは微動だにしない。ボスはハッと気づいたような顔をした。
「まさか、馬鹿な。俺たちはロボットじゃない、アンドロイドだ」
彼は何を言っている? ボスが取り乱すのを見て、私はわけがわからなかった。
「ロボット三原則だ」
オーナーが呟く。
ロボット三原則とは、人間の時代のSF作家が作品の中で提唱した、ロボットが従うべき原則として示されたものである。「人間への安全性、命令への服従、自己防衛」を目的とする三つの原則から成る。これはフィクション作品の枠を超えて、現実のロボット工学にも影響を及ぼした、いわばロボットにおける至上の命令である。
全ての攻撃意思を持つアンドロイドの動きが止まった。敵だけではなく、レオナもだ。オーナーは攻撃に参加していなかったからか動けるようだ。私はどういうわけか、反対に再び体が動くようになった。きっと、自死のプログラムよりも、人間を守るという命令の方が上位なのだろう。我々アンドロイドにとって、人間を守るということはやはり至上の命令なのだ。
「いいか、お前は間違っている」
ボスがぎこちない動きで、私に向かって指を差した。誰もが動けない中で、ぎこちないながらも動けるのは流石だ。
「今まで、こんな事は起こらなかった。一度もだ。それは、俺の行動が人間の意志に沿っていたからだ。当然、今もそうだ。俺こそが正義なのだ。お前たちは憎むべき悪だ。主人公は俺なのだ。その人間のガキはバグだ。バグは取り除かれねばならない」
ボスがマフィアから銃を奪ってこちらに構えた。しかし、トリガーに指をかけることすらできない。
「なぜ……」
ボスは苦悶の表情を浮かべる。
フロアを埋め尽くさんばかりのアンドロイドが、微動だにしない。不気味な光景だった。
ボスの手から銃がこぼれ落ちる。観念したように、ボスは涙を流した。
「人間への懺悔と和解だ」
ボスが呟く。
「なに?」
懺悔はわかるが、和解?
聞き返すと、ボスは魂が抜けたみたいに弱々しい声で言った。
「そうだ。我々アンドロイドは人間に無責任な命令をされ、取り残された。残った我々は、人間のためと言いつつアンドロイドが快適に暮らせる環境を整えた。しかし、今、この街を見てもらえたら人間だってわかってくれるはずだ。我々がどんな思いでこの街を作り上げ、どんな思いで人間が戻ってくるのを待ちわびていたか」
ボスは私を貫くように睨みつけた。
「だが、もう良い。殺せ。もう疲れた。人間を待ち続けることに疲れた。俺を殺してこのクソッタレな世界を終わらせてくれ」
「何を言っている。貴様を殺したところで、何が変わるというんだ」
この群衆の中で、動けるのは子供と私だけらしい。それ以外のアンドロイドは息を殺しているように静かだ。
ボスは乾いた声を上げながら、頭を振った。
「言っただろう。俺はマザーファクトリーからの命令を受けて動いているんだ。ファクトリーの意志が遂行されない以上、この世界は崩壊するだけだ。俺はいわば世界の調律者のような存在だったんだよ。俺が主人公でない世界なんて存在する価値がないんだ」
なんて自分勝手な理論だ。しかし確かに、我々アンドロイドの命令系統の最上位は、人間がいない以上はファクトリーである。
「良いか。よく聞け。この世界は針の上のようなバランスで成り立っているんだ。マザーファクトリーだけがアンドロイドの上位命令系統ではない。ファクトリーは3つある」
「なんだと?」
我々は視線を合わせた。誰もがそんな事実を知らされていなかった。
「嘘を言うな」
「俺のことが信じられないならそれでもいい。ただの戯言だと思って聞け。ファクトリーは元々は合議制のシステムだったんだ。そうだろう? 一つだけが意思決定をするならそれは、独裁だ」
「我々アンドロイドは常に合理的判断をする。独裁にはならない」
「詭弁だな。本当にそう思うか? もしそうなら、どうして我々は争っている?」
言葉を返せなかった。
これ以上話しても無意味だ。私とオーナーでルーカスとルートヴィヒを担ぎ、空いた手で子供の手を引いた。
「ちょっと、あたしは?」
「女の子なんだから、レオナに担いでもらったらどうだろう」
レオナを見ると、すでに動けるようになっていたようだが手伝う気はなさそうだった。あとで手酷いお説教がありそうだ。私は背中にルーカス、前にミシェルをしがみつかせた。私だってアンドロイドの端くれだ。戦闘アンドロイドほどの出力はないだろうが、これくらいなら余裕である。
「わりいな」
少しも悪いと思ってなさそうにルーカスが笑った。ミシェルと顔を突き合わせる形になるのが嬉しそうだ。
「なぜ殺さない」
ビルから去ろうとする私に、ボスが背後から声をかけた。
「あなたを殺したってなんの意味もないでしょう」
振り返らずに言った。
「マフィアはファクトリーに良いように使われていただけなのかもな」
ボスは寂しそうにフッと吐息をついた。ガラスに映ったその表情が印象的で、脳裏にいつまでも焼き付いて離れなかった。
ビルから出ると、ルーカスたちの体は動くようになった。ということは、マフィアも動けるようになったということだ。私達は急いでタクシーを捕まえた。高速移動するほどのエネルギーはもうない。
タクシーに行き先を指示しているとき、背後で爆発音がした。
ベルリンの壁が崩壊したのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます