第22話
「殺してくれ」
急にクリアな声が聞こえた。
「なにか言った?」
私とミシェルが同時にお互いに問う。つまり、どちらの声でもないということだ。
声の主は割と近くにいるようだった。彼の懺悔のようなうめき声は、すぐ近くから聞こえている。広域センサーを使っていたため、本来近くから聞こえていた音を拾えずにいたのだ。
無限に広いと思っていたフロアは、もう行き止まりだった。そこには体から冷却液を垂れ流しているアンドロイドが渦高く積まれていた。
眼球のすぐ上に搭載しているライトを点灯した。
「はっ」
思わず声が出た。自分の声なのか、ミシェルの声なのかわからない。
それらは乱暴に改造されて捨てられた、いわゆる失敗作の成れの果てだった。あのキャタピラも彼らの一部だったのだろう。肉体の改造は成功したが、システムと言う名の精神が錯乱したのだ。
声は積まれたアンドロイドたちから漏れていた。一人ではない、全員の願いだった。
「なんて残酷な」
思わず目を背けたくなるような惨状だった。キャタピラのように戦闘用に改造された失敗作が多いのだろう。もはや元の形が想像できない、ただの何かの肉塊のようになっているものもあった。それは手も足も顔もない球形だが、呼吸をするみたいに膨らんだり萎んだりしている。時折、小さい穴が出現して、そこから液体を放出した。ひどい臭いがした。
キャタピラの迫っている音が聞こえる。
「どうするの?」
ミシェルはもしかしたら見えていないのか。キャタピラの姿が先程までと変わっている。上半身に腕はなくなり、かわりに鎌のようなものが生えている。オールドホラームービーのようだ。あんなものを見たら、普段なら吹き出してしまうところだが、この状況では恐怖しかない。なるほど、ホラームービーのキャラクターはこんな気持ちなのか。
迫ってくるキャタピラは、照明が暗いせいか早いのか遅いのかわかりにくい。油断していたら、あっというまに眼の前まで来ていた。
振り下ろされる鎌をすんでのところで避けると、鎌が廃棄アンドロイドの頭に刺さった。彼は要望通り死ぬことができてラッキーだったな、などと考えていると、キャタピラは鎌が抜けなくて暴れ出した。その隙にもと来た方へ逃げる。急ぎたいのに高速移動できないのはうんざりする。
エレベータは使えない。どうやってここから逃げ出せばーー。
そのとき、聞いたことのない不吉な音が聞こえた。音の感じからすると、回転体で何かを切断している音だ。聞いているだけで不安になってくる。反響が強くて、どこから聞こえているのかまるでわからなかったが、すぐにその答えはわかった。
フロアの真ん中あたりの天井が突然落ちてきた。そのあと、また何かが落ちてくる。アンドロイドだった。
「ダヴァイ」
着地とともにそう叫んだアンドロイドは笑ってしまうほどのオールドムービーファッションだった。テンガロンハットにティアドロップ型のサングラス、咥えタバコにネッカチーフ、皮のジャケットに皮のブーツ。つまり西部劇のガンマンだ。カウボーイなのにロシア語の「ダヴァイ」を使うところが面白い。
「よお、お前さんが忍び込んだネズミかい?」
いつのまにか、丸ノコだった手が五本指の手に戻っている。しかもその手にはリボルバーのハンドガン。カウボーイの定番コルト・ピースメーカーだ。
彼は銃口の先でテンガロンハットをクイッと持ち上げると、見下ろすようにこちらを見た。
なんと答えてよいか分からなかった。
「賞金稼ぎのルーカス……」
ミシェルが呟いた。
「おっ、嬉しいねえ。俺のことを知ってくれてるのかい」
ルーカスが嬉しそうに言う。まるで少年のような雰囲気さえある。
「有名なのか?」
ミシェルは表情を固くして答えた。
「そうね。まあ見た目のインパクトは言わなくてもわかるでしょうけど、彼は腕利きの……」
そこまで言ったところで、キャタピラがルーカスの背後から鎌を振り回して迫ってきた。
「危ない」
私が言うより早く、ルーカスはこちらを向いたまま、銃でキャタピラの頭を撃ち抜いた。そのあと続けて五発。信じられない速さで弾丸を発射した。コルト・ピースメーカーはシングルアクション回転式拳銃である。一回ずつ撃鉄を起こさねばならない。いくらアンドロイドの手先が器用だと言っても、あれほどの速さで拳銃を操ることは並大抵のことではない。
キャタピラはその場にひっくり返って動かなくなった。
ルーカスは銃口から伸びる煙を息で吹き消し、ゆっくりとした動作で銃弾を込め直した。私のことなど敵と思っていないのだろう。
「彼は腕利きの殺し屋よ。いいえ、腕利きなんてレベルじゃないわ」
ミシェルが改めて言う。ルーカスがニヤリと笑った。
「私が知る限り、一対一の戦闘で彼に敵うアンドロイドは存在しないわ。最強のアンドロイド。最強の賞金稼ぎ。最強の殺し屋。彼を表す二つ名には、必ず、最強の、という言葉がついているわ」
「嬉しいねえ。ボインの姉ちゃんにそう言ってもらえるなんて」
ルーカスが下卑た笑いを漏らす。
「それで? 今はマフィアに飼われてるってわけ?」
「飼われてるってのは心外だなあ。俺はマネーが貰えて誰かを殺せるならなんだって良いんだよ」
「最低のゲス野郎ね」
ミシェルが吐いた唾はルーカスよりずっと手前に落ちた。それを見て、ルーカスはハハハと笑った。
ミシェルがギュッと私の手を握る。
「まあ、大人しく死んでくれや」
ルーカスが銃をこちらへ向ける。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
私が言うと、ルーカスは不機嫌そうに「ああ?」と唸った。
「賞金稼ぎなんだろう? 一体、誰に賞金がかかってるんだ?」
「馬鹿野郎。人間の子供だよ。あと、それを狙ってここに侵入者がいるらしい。お前らのことだろ?」
「め、滅相もない。違うよ。ほら、子供なんて連れてないだろう?」
私は首を振った。
「え、そうなのか?」
ルーカスは驚いた顔でサングラスを持ち上げた。眼球がノーマルタイプのアンドロイドと違って、超高速フレームタイプのセンサーを搭載しているのが見える。
「私達も、その侵入者を追ってここまで来たんだよ。な?」
ミシェルに問いかける。私の意図を汲み取ったミシェルは目をうるませた。
「そうなの。それなのに襲われちゃって、逃げてたところなのよ。ほら、あたしなんてこんな体にされちゃって」
ミシェルが自慢の胸を寄せて見せる。その姿を見て、ルーカスは急に体が固まったみたいに直立した。銃をホルダーに収めると、近づいてきてミシェルの手を取った。
「すまなかったな、レディ。君のような美しい女性が悪人のはずないよな」
今にも瞳から星でも出てきそうなくらい、ミシェルはロマンティックな表情をしていた。たった数秒前にボロクソに言われたことを彼はもう忘れたのだろうか。
「でも、貴方みたいな強い人が来てくれて助かったわ。私達のこと、助けてくれる?」
ミシェルがルーカスの頬を撫でる。ルーカスの鼻の下が伸びるのが見えた。
「もちろんだとも。さあ、行こうじゃないか。ついてきたまえ、付き人の男!」
ルーカスが張り切って歩き始めた。
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