第21話





 扉が自動的に開くと、目の前には改造アンドロイドがずらりと並んでいた。両腕があるべきところに銃が付いた、まさに戦闘に最適化されたものや、足がキャタピラになっているものもいた。


「君がここに止めたの?」


「まさか。やられたわね」


 ふう、とため息を付いた瞬間、彼らの腕がこちらを向いた。


 私はギュッと目を瞑った。こうなることなど、予測すべきだった。敵の懐に飛び込むのだ。安易にエレベータに乗ったのが不味かったーーなどと後悔をしながら、彼らに撃たれるのを覚悟したが、一向に撃たれる気配はなかった。そっと目を開いてみると、彼らは手をこちらに向けたまま動きを止めていた。


「こうなることなんて、初めから予測できていたでしょ?」


 ミシェルが得意げに私を見上げた。彼女のクラッキングに対抗できるものはいない。本気を出せば、マフィアのネットワークさえこじ開けることができるのか。


「どうやって?」


 私が尋ねると、ミシェルは形の良い唇でフフフと笑って「機密事項よ」という言葉にウインクを添えた。


 そっとエレベータから降りる。彼らの横を通る時、緊張しすぎてチップが焼ききれそうだった。


「まったく、小心者ね」


 ミシェルの笑い声がやけに響いた。


 ここはどうやら大きな部屋らしい。柱が等間隔に立っているのみで、部屋を区切るような壁はない。薄暗い照明が灯っているだけで、部屋の全容が掴めない。だが、部屋のあちこちから金属が擦れる音がしていた。動きを封じられた彼らの他にも敵がいるのだろう。


「おかしいわね」


 ミシェルが呟く。


「どうしたんだ」


 尋ねるが、ミシェルは唸ったりするだけで答えない。


「どうしたらいい?」


 このまま進むべきか引き返すべきか、考えあぐねていた。


「馬鹿ね。引き返せると思う? あのエレベータに戻ってボタンを押したってね、あたしたちはもう地上には戻れないのよ」


「ええ、そうなの?」


 私が驚いて見せると、ミシェルは大きなため息をついた。


「そりゃあそうでしょうよ。あたしたちはここへ招かれたってわけ。舞踏会の招待を受けたからには、主催者に挨拶しないと帰れないのは常識でしょう」


 どこの常識なのかわからないが、彼女は私のことをとんでもない馬鹿者だと思っているようだった。




 スラムのあの兄弟がやっている店を思い出していた。あのときに覚えた嫌な感じ。それをより濃縮したような場所だった。


 あの店の地下よりもずっと広く、何の臭いかわからない悪臭が立ち込めている。時々ある照明は明滅を繰り返していて、逆に見づらい。真っ暗のほうが、赤外線センサーを使って距離を測ることができるが、照明のスイッチングノイズのせいだろうか、赤外線を阻害される。このフロアを索敵することが困難だった。


「頭が痛くなってくるわ。どうにかできないの、この照明」


「電源がどこにあるかわからないから」


「酷いノイズよ」


 先程から覚えていた不快感はそのせいだったか。私に比べて、ミシェルはピーキーな性能のためにノイズに敏感だからキツそうだ。


 どこからか、うめき声のようなものが聞こえてくる。同時に、金属の擦れる音。


 背後から、先程動きを止めたうちの一人が近づいてきていた。足がキャタピラになっているやつだ。


「あたしが動きを止めるから、電子ドラッグを打ち込んで」


 言うが早いか、彼女がキャタピラの動きを止めた。わかりやすいバックドアを設定してくれていたから、私は苦もなく彼にアクセスしてキツイやつをお見舞いしてやった。


 ふう、と吐息をついたとき、ミシェルの鋭い声が聞こえた。言葉を理解する前に、私は吹き飛んでいた。




 視界にノイズが走る。


 油断していた。普段相手にしているのは、所詮ただのジャンキーである。ここにいるのは、戦闘用に改造されたアンドロイドなのだ。私がキツイやつ、と思ったものは彼らにとってそうでもないらしい。


 キャタピラの男は、眼球のレンズもどこを向いているかわからないし、鼻や口から冷却液のようなものが泡立って溢れている。狂犬病の犬のようにしわくちゃで怒っているような、苦しんでいるような顔をしていた。そこまで考えたところで、私は地面に叩きつけられた。幸いミシェルを放さないでいたから、彼女に損傷はなかった。


 私は追撃が来ると思って素早く立ち上がった。しかし、キャタピラはその場を前後に動いているだけで、追撃は来なかった。それどころか、柱にぶつかったりして無駄な損傷を負っている。


「電子ドラッグが効いているのかな」


「それもあるけど、最初から彼らのシステムは正常じゃないんだと思うわ」


 なるほど合点がいった。


「だから、電子ドラッグが効かないのか」


「そうね」


 ミシェルは顔をしかめた。ノイズのせいだろう。


「どうしたらいい」


「それくらい自分で考えなさいよ」


 そう言われても、私は戦闘タイプではないのだ。ただ電子ドラッグを作れるだけの平凡なアンドロイドなのだ。彼女のような類まれな能力を持っているわけではない。


「言っておくけど、私に期待しないで。もし、彼がなにか攻撃してきても、一度なら方向を狂わせることくらいはできるけど、それ以上は無理」  


「わかった」


 私はキャタピラとは逆方向に走り出した。


 フロアは無限に広がっているように感じた。空間がどれくらいなのかスキャンしたいが、ジャミングされてうまく情報を拾えない。


「ちょっと、あんまり揺らさないで。それに、これからどうするのよ」


 イライラした様子でミシェルが言う。


「わからない」


 とにかく逃げるしかない。キャタピラが後ろから追ってくる音がした。


「なにか聞こえない?」


 ミシェルが言う。


「キャタピラの唸り声じゃない?」


「違うわよバカ。ほら、あっちのほう」


 ミシェルの示す方向に指向性アンテナを向ける。確かに、なにか言葉のようなものが聞こえた。


「私達以外にも誰かいるのかも」


「いるかもしれないけど、普通に考えたら敵よね」


「敵かもしれないけど、敵じゃないかもしれない。ほら、敵の敵は味方って言うだろ。誰か捕まってるんだとしたら助けてもらえるかも」


「捕まるような間抜けに助けてもらえるかしらね」


「どうして君はいつも、そんなに否定的なんだ」


 ミシェルは「ふん」と鼻を鳴らした。




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