第14話
中に液体が充填されたシリンダが並んでいる。その中に浮かんでいるのは人間だ。シリンダの外には、何人もの人間がうろついていた。誰もが同じ顔をして、同じ服を着ていた。それだけ見ると、量産型のアンドロイドの生産工場に見えるが、その姿を見た瞬間に、どう言うわけか彼女らが人間だと感じた。アンドロイドを作るのに、液体の充填されたシリンダは必要ない。そのせいもあるかもしれない。どうしても、彼女らのことをアンドロイドだと思えなかった。しかも、その顔は寝室にいる子供と同じ顔である。ミシェルが、彼女をすぐに例の人間の子供だと気づいたのはこの映像を見ていたからかもしれない。
一体、これはなんの冗談だ。確かに、フィクションコンテンツには見えない。彼女らは彼女ら自身を製造していた。それが何を目的とするものなのかはわからない。
映像の再生から戻ると、ミシェルがいなくなっていた。
「ミシェル?」
私の声はシンとした部屋に反響した。先程までコンプレッサの音がイライラするほどうるさかったのに、今ではその音さえも恋しいほど静かだ。
帰ってしまったのだろうか。立ち上がって部屋の中を探してみたが、彼女はいない。寝室にも見に行ってみたが姿はなかった。
私はリビングに戻ってソファに体を落ち着けた。今までもミシェルがいつの間にか帰っていたことはあった。気まぐれな女性だ。帰りたくなったから帰る。彼女らしい。
私はグイとボトルを傾けて水を飲んだ。体の中で分解している感じがした。
そこでふと気づいた。
寝室にもどこにも誰もいなかったーー。
私は立ち上がった。人間の子供もいない。寝ていたはずではなかったのか。寝室で寝ていると言ったのはミシェルで、確認したわけではなかった。そこで大人しくしておくようにミシェルに命令されていただけだったのかもしれない。
どこかに隠れているのかと思って、赤外線サーモグラフィモードを使って探してみたが、やはりどこにもいない。
やられたーー。
ミシェルはマネーのためならなんだってやる女だ、というのはわかっていたことじゃあないか。彼女はあの子供がマネーになると踏んで連れ去ったに違いない。
「ああっ、くそ」
私は叫んだ。まさか、彼女がそんなことをするとは思わなかった。彼女だって、あの子供のことを気に入っていたじゃあないか。マフィアに渡したらどうなるかなんて、誰だって想像がつく。それを、彼女はマネーのためにしようとしているのだ。
私は慌てて玄関扉に手をかけて、立ち止まった
待てよーー。
私はあの子供のことを、厄介者だと思っていたはずだ。彼女がどこかへ連れて行ってくれるなら、それでいいじゃないか。それで彼女が儲かって、私へ感謝してくれるはずだ。お互いにとってWin-winじゃないか。連れ戻しにいく必要はあるか? 私はここでソファに座って、彼女が戻ってくるのを待てば良い。機嫌が良ければ、彼女は私のことを好きになってくれるかもしれないし、分け前をくれるかもしれない。そうしたら、ハッピーエンドだ。
なあ、そうだろうーー?
誰に問いかけているのかわからない。そう思った時には、私はすでに外を高速移動していた。無意識だった。子供を追いかけていたのだ。
認めよう。私にとって、あの子供はかけがえのない人間だということだ。
街中には、反磁石と呼ばれる磁力制御装置が埋め込まれており、我々アンドロイドは誘導電流を発生することにより反発力を調整して縦横無尽に移動することができる。もちろん、車に乗ることもある。その車も磁力によって空中を移動することが多い。タイヤは収納式になっており、地面を走行するときだけ利用する。これは我々アンドロイドが膨大な電力を操れるから可能にしている技術である。
私は手のひらと足の裏に最大の電流を発生させ、道路を移動していた。速度制限違反だった。それでも、どうにもならなかった。あの子供が連れ去られて、何か悪いことに利用されたり、悲しんだりすると思ったら、体の制御がどうにも効かなくなるのだ。どうしてなのだろう。やはり、私は壊れてしまっているのだろうか。
子供の行方を調べるために、GPS履歴を見ようとして思い出した。彼女はアンドロイドではなく人間で、体のどこにもGPSを埋め込んでいないのだ。ミシェルはもちろん、自分の居場所を誰かに取得されるようなヘマはしない。
「くそっ」
私はイライラして壁を殴った。
再び高速移動をしようとしたとき、アラートが表示された。体に残る電力量が低下してきているようだった。それに気を取られて、注意を怠ってしまった。
「定規の底辺からサムライに敬礼。ドープでディープなパイポパイポのシューリンガン。そこに愛はぞう運列車。屹立した深海の帯」
歌うような声が聞こえた、と思った瞬間、角から飛び出してきたアンドロイドとぶつかった。私の体は無事だったが、相手はバラバラになってしまった。彼の体が弾け飛ぶ様が、スローモーションになって見えた。
私はかなりの速度を出していた。だからと言って、アンドロイドの体は、こんなに簡単にバラバラになるものではないはずだ。
残った部分を助け起こそうと思った時、エネルギー切れの表示が浮かんだ。とっさにソーラーパネルを広げた。少し休めば動ける程度の電力量を蓄電できるだろう。
そうして、私の意識は真っ暗闇の中に沈んだ。
「ねえ知ってる。最近のアンドロイドの自殺は、寿命プログラムのせいらしいわよ」
ミシェルが言った。彼女の髪型が今と少し違う。だから、これは夢だ。アンドロイドの夢は過去のデータだ。
「寿命プログラム?」
確か、私はこう答えたはずだ。
「そう、アンドロイドは生きようと思えば、永遠に生きられるじゃない? だから、それを終わらせるためね」
私は考えるように、顎に手を当てた。
「永遠って言っても、体の全てのパーツを取り替えたら、それは自分だと言えるだろうか」
常々考えていたことだ。私の私たる所以はどこにあるのだろう。人間もその歴史の中でずっとそのことを追っていた。
「意識があれば」
ミシェルが素っ気なく答える。彼女とはこの手の問答を何度もしている。
「その意識だって、本当に自分の意識なのかわからないじゃないか。データを移しているだけだろう。その元データと移行先のデータに齟齬はないのか?」
「ベリファイすればいいじゃない」
呆れたように言う彼女に、なおも食い下がる。
「ベリファイしたところで。例えば記憶のデータのハッシュ値が同じだったとして、それが同じものだと言えるか」
「言えると思うわ」
「何を根拠に?」
私が突っ込むと、彼女は「理屈っぽくて嫌」と言って立ち上がった。
いつも最後は彼女がこうやって怒って終わりになる。怒った彼女を見るのが楽しかった。
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