第6話 ポンコツ王子

 ウィリアムとの生活がスタートした。家でも一緒、登下校も一緒、学校でも一緒、何をするにもウィリアムは私についてきた。


「おい、理科室はどこだ?」

「おい、俺の体操着知らない?」

「おい、トイレはどこだ?」


 本当に相手にするのが面倒くさい。

 ウィリアムはことあるごとに私に聞いてくる。自分では何一つできないポンコツだ。


――私はあなたの召使じゃなーーーーい!!


 転校から数日は私も我慢して対応していた。慣れない異国で心細いだろうし、知らない土地で迷子になるかもしれないし、習慣が違って困ることもあるかもしれないし……

 でも、もう転校してきてから1週間経っている。

 これ以上は無理……


「ちょっと、転校してきてもう1週間よ! トイレの場所ぐらい覚えているでしょ」

「仕方ないじゃないか、俺は方向音痴なんだよ。お前は俺の世話係だろ?」

「ちーがーいーまーすーーー!!」

「なんだと?」

「転校してきた日に一通り説明したでしょ。それで私の世話係の任務は終了!」

「なっ……」

「私は忙しいの。トイレは一人で行って!」

「迷ったらどうするんだよ?」

「学園中を探せばいいじゃない」

「見つからなかったら?」

「漏らしたらいいじゃない。それとも、漏らしても大丈夫なように……おむつでもする?」

「てめえ!」

「あらーー、どーちたんでちゅかーー?」

「バカにしやがって!」


 ウィリアムは一人で何もできない。ポンコツ王子だ。

 今まで召使が世話を焼いていたのだろう。


 私は今学園祭の準備で忙しいから、1日中ウィリアムにかまっている時間はない。

 私がウィリアムを自立させる方法を考えていたら、私を呼ぶ声が聞こえた。

 幼馴染のカルロだ。


「アンナ、大変そうだね。何か手伝おうか?」


 カルロはいつも私を気遣ってくれる大親友。私に嫌なことは言わないし、私に迷惑を掛けるようなことはしない。

 カルロはセルモンティ子爵家の次男。爵位が高くないから、お父様はカルロを私の結婚相手に選ぶことはないのだけど、本当は結婚相手がこんな人だったらいいのに…


「ありがとう、カルロ! いつも気を遣ってくれて。感謝しているわ」


 私は笑顔でカルロに言った。ウィリアムは何か言いたげだが、カルロが来たから気まずそうにしている。

 気まずそうなウィリアムを察して、カルロが自己紹介した。


「自己紹介が遅くなりました。アンナの幼馴染のカルロと申します。以後お見知りおきを」

「ああ、よろしく。ウィリアムだ」


 カルロは訝(いぶか)しげなウィリアムにも笑顔で挨拶。それとは対照的に不愛想なウィリアム。

 人間力の差を見せつけられた気がする……


 カルロならウィリアムの案内も嫌がらない、と私は考えた。


「カルロにお願いがあるんだけど……」

「どうしたの?」

「ウィリアムがトイレの場所がわからないみたい。連れて行ってあげてくれない?」

「いいよ、アンナ」

「ありがとう!」


 カルロはウィリアムに近づいてから丁寧に言った。


「王子、私がトイレに案内致します」

「自分で行くからいい!」


 ウィリアムは不愛想に教室から出て行った。

 なんだ、自分で行けるんじゃない……


 でも、トイレとは反対方向に行ってしまった。いちおう教えてあげよう。


「ウィリアム、トイレは逆!」

「知ってる!」


 ウィリアムは方向転換してトイレに向かった。何が気に障ったのか私には分からない。

 何を怒っているのだろう?


 ウィリアムから解放された私は生徒会室へ向かった。



***



 私が生徒会室に着いたら、ソフィアが話しかけてきた。ソフィアはこの学園で一番の仲良し。生徒会の書記をしている。ちなみに私は生徒会長だ。


 運動や勉強で特に秀でたところのない私だが割と人望はある。公爵令嬢だから周りからチヤホヤされている。私が少しでも良いことをすると、周りが必要以上に褒めてくれる。

 そんなこんなで生徒会長に担ぎ上げられて……


「アンナ、学園祭の件だけど、ちょっといい?」


 ソフィアはとても聡明(そうめい)、そして何事にも一生懸命だ。


「どうしたの、ソフィア?」

「出店を予定していた店舗から1件キャンセルが出たの」

「珍しいわね。どうして?」

「出店に向けて準備をしていたらしいのだけど、仲間内で喧嘩してしまったみたい」

「あらー。あなたと一緒には出店できない、って?」

「みたいね。4人の男女グループだったんだけど、女性2人が一人の男性を取り合って……」

「学園祭あるあるなのかな?」

「学園祭は男女がくっ付くイベントだからね」

「へー」

「それで、完全に分裂したみたい」

「泥沼ね……まぁ、それはしかたないわね」


 学園祭は男女の交流が一気に進む重要イベントだ。交際する男女が増えるのだが、同時に男女の揉め事も増える。

 私には運命の人がいるから、学園祭の男女のいざこざとは無縁だ。

 けど、ポンコツ王子が……


「他の候補はないかしら?」とソフィアは私に言った。


「それだったら、美術部が出店したいって聞いたような気がする。ちょっと聞いてみるね」

「ありがとう」


 私が美術部に行こうとしたら、ソフィアが言った。


「ところで、知ってる?」

「なに?」

「学園の近くに新しいケーキ屋さんができたの」

「ケーキ屋さん、いいわねー!」

「今日の放課後、みんなで一緒に行ってみない?」

「いいわね、行きましょう!」


 ポンコツ王子から解放されて女子トークができる、と私は思っていたのだが……

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