第52話 寧々からの手紙



 巴さん


 お久しぶりです。ご無沙汰してしまい、本当に申し訳ありません。

 あれから3か月――かなり時間が経過してしまいましたが、巴さん。その後、お身体は大丈夫でしょうか?

 今、地域守備局から派遣された担当のかた――貞波さまに新しい言葉を教わりながら、この手紙を書いております。

 彼女から『現代』の言葉を教わり始めて1か月経ちますが、未だに慣れないものです。

 もう少ししたら「メール」というものも始めてみようと言われましたが、私にはまだまだですね。




 あの後――

 島に守備局の方々が上陸して以降も、色々なことがありました。

 内地からの人間たちが大挙して上陸すれば、島は壊滅する。内地の人間は人じゃない、鬼と思え――

 島ではそう信じていた人々も少なくなかった。

 守備局の方々が来られた今もまだ、何かあれば争いごとを起こそうとする人たちもいます。

 晶龍様を奪った疫病神。そう罵って。



 それでも、実際に円城寺課長を始めとする守備局の人たちとお話をしてみて、私は思いました。

 あの時八重瀬さんが言っていたことは、決して間違いではなかったと。



 ――この島は、変わらなければいけない。



 守備局の方々に見せていただいた、様々な写真や記録映像。

 そして、島ではなく内地で使われている教科書。

 島に運ばれただけでもそれらの資料は膨大で、一生かけても読み切れないほどでしたが――

 それでも私たちは、ほんの少しその一部に触れただけで、思い知らされました。

 戦争はとうの昔に終わっていたことを――しかも、日本の敗戦という形で。



 首都東京を始めとする多くの都市が焼き払われ。

 そして、この島とは古き時代によく交流があったとされる琉球まで、あまりにも凄惨に焼き尽くされていた。

 晶龍様のお力がなければ、この島は琉球と同じ運命をたどっていた――

 それは間違いなく事実でしょう。



 それでも敗戦の焼け跡から、日本は数十年で復興を果たし。

 たくさんの人々を運べる「電車」が、昼夜問わずひっきりなしに走り。

「高層ビル」や「タワー」と呼ばれる信じられないほど高い塔のような建物が、東京にはたくさん建てられているそうですね。

 そして、電車のみならず「新幹線」や「高速道路」による交通機関の発達。

 島ではとても珍しかった自動車も、皆さんが当たり前のように使っているとか。

 ラジオは島にもありましたが、「テレビ」と呼ばれるものを見たのは初めてでした。

 別の場所の映像を、その場にいながら見られる――これを最初に見た時は島の人々の殆どが、悪魔の技術と震え上がっていましたが。

 今では多くの住民が楽しんでいます。野球とはあんなに広い場所でやるものだったのですね……

 妹のなおは、「アニメーション」と呼ばれる番組を今も隣で夢中で見ています。

 現実に存在しない世界を、まるで現実のように描きだす技術――

 まるで、晶龍様の幻術そのものですね。



「冷蔵庫」や「洗濯機」、「掃除機」も少しずつ島で使われるようになり、若い女の人たちはみんな喜んでいます。母などは早くも「電子レンジ」まで使いこなしてるんですよ。

 村長は「こういうものがあると女が怠けていかん」と少し渋い顔をしていましたが、奥様は大喜びだとか。

 そういった機械に慣れているはずの貞波さまは、あれだけ毎日忙しそうにしています。私たちの教育係と同時に、守備局のオペレーターまで勤めているとか……

 彼女が怠けているようには全く見えませんし、むしろどの住民よりも忙しく動かれている気がします。

 女性なのに男性と肩を並べて働くというだけでも尊敬してしまいますが、今の時代ではそれが当たり前だそうで。

 内地のお話を聞くたびに、驚かされます。



 晶龍様のお力が消えたことで、その恵みを頂いて輝いていたはずの島の灯も消えてしまった。電気やガス、水といった資源を、私たち島の住民は当たり前に晶龍様に依存していた。

 それを今私たちは、これでもかと思い知らされています。光が失われた夜の闇は、本当に恐ろしいものですから。

 だから守備局の方々が真っ先に整えてくださったのが、それら生活の基本となるものでした。「インフラ」と呼ばれるものだそうですね。

 電気に関しては、仮設の小さな発電所が出来ました。今はそれで島の電力は賄えておりますが、ゆくゆくは「海底ケーブル」で内地から電力を引っ張ってくる予定だとか。

 ――お話が途方もなさすぎて、私にはついていけない部分も多いです。



 内地ではさらに「インターネット」と呼ばれる通信技術の発達により、人々は文字通り、光の速さで情報を得ることが出来るようになっているそうですね。

 100年たっても戦争の結果すら知らなかった私たちにしてみれば、恐ろしい技術の発達です。

 巴さんたちの持っていた小さな通信機器――あれはスマホ、と呼ばれるものだそうですね。

 基本的な「電話」の機能だけでなく、テレビもインターネットも何でもできて、しかも今では日本中の人々が持っているも同然とか。

 その「電話」と呼ばれるものすら、私はあまり知りませんでした。村長さまさえ、非常に珍しいものだと仰っていました。

 知らなくてはいけない歴史を知らないまま、自分たちは新たな歴史に触れている感覚がする――村長さまはそう漏らしておりました。


 そして村長さまは、訝しんでもおられた。

 わずか100年で何故、あのような状況からここまで復興が出来たのかと――

 私にとっては100年とは到底想像もつかない長い期間のように思えますが、村長さまにとってはそうではないようです。

 村長さまは仰っていました。長く生きれば生きるほど、10年20年という時間を短く感じるようになるものだと。

 100年という時間さえ、実は自分の生きてきた時間とそう変わらないと。

 ――それほどの短い時間で、日本はどうしてそこまで復興と成長が遂げられたのか。


 それは日本人が古来より持つ勤勉さによるものだろうと、貞波さまは仰っていましたが――

 同時に彼女は嘆いてもおられました。


 その影で、成長についてこられず失われてしまったものがあると。

 あまりに早い成長と発達。男女の差なく、全ての人間が平等に働けるようになった世界。

 しかし、その為に犠牲になったものも非常に多いと。

 この島にあった、穏やかでゆったりした空気も、そのうちの一つだと。

 あまりに迅速さと勤勉さ、そして高みを求め過ぎた為に、この国は大切なものを次々と失っていきつつある。

 その発展は既に数十年前にはかげりが見え、今ではほぼ成長が止まってしまった上に、『魔獣』の出現に人は苦しめられている。

 地域守備局の方々が日々対応に苦慮しているのが、その『魔獣』なのだと――

 貞波さまから教えられました。


 魔獣とは、過重労働によって追いつめられ、心を病んでしまった人々の成れの果て。

 晶龍様も同じく魔獣とされていましたが、血で血を洗うかの如き権力闘争の果てに追放され、その激しい憎悪が怨念となり力を与えた――そう晶龍様ご自身は言われていました。

 だとしたら、それと同じほどに人々を追いつめる「労働」とは、一体どんなものなのでしょう?

「労働」とは本来、人を生かすためにある概念のはずです。

 人々の心を殺してでも、人を獣に変えてでも全うしなければならない「労働」とは、一体何でしょう?

 そうしなければ日本が成長できなかったから? 日本が立ち直ることができなかったから?

 それでは、今この国が停滞してもなお、「労働」の名のもとに人々が苦しめられている理由は? 

 人が魔獣となるまで働いてもなお、この国が停滞している理由は――



 ……ごめんなさい。話が横道にそれすぎだと貞波さまに注意されてしまいました。

 一時はどうなることかと思いましたが、巴さんも無事に回復されたようで、本当に良かったです。

 あの時戦闘に参加され、何度も傷つけられた多くの方々も、ほぼ全員が回復されたと聞きました。

 巴さんが目を覚ましたと聞いた時、私、本当に心の底からほっとしたんですよ。

 あとは八重瀬さんの回復を待つだけ。そう思ったから。

 けれど……



 八重瀬さんはまだ、戻られていないのでしょうか?

 私は――やはりもう一度、あの方にお会いしたいです。

 八重瀬さんはその命までなげうって、この島を、私を、助けてくださった人。

 そして――その身に晶龍様を宿したかた。



 今でも私は忘れられないのです。私をかばってくださった八重瀬さんの姿を。

 全てに絶望しかかった私の目の前に現れた、晶龍様のお姿を。

 どれだけ晶龍様に否定されようと、やはり私には晶龍様の花嫁たる血が流れているのでしょう。

 私は――



 もう一度、八重瀬さんに会いたい。

 もう一度、晶龍様にお会いしたい。

 二度と叶わぬ夢と分かっていても、それでも――

 晶龍様を宿した八重瀬さんと、彼に宿った晶龍様の面影は、未だに瞼の裏に焼きついて離れないのです。



 晶龍様とかわした約束を――あの戦いの秘密を。

 私は今も、これからも、守り続けます。



 だけど――

 出来ることなら私は、東京に行きたい。

 東京に行って、この目で、本当のこの国を見てみたい。

 内地の学校で、勉強をしてみたい。

 そして、巴さんに……

 八重瀬さんに、もう一度お会いしたい。



 しかしそれは、もう少し私が色々なことを学んでからだと貞波さまにも言われました。

 今東京に行くには、私はあまりにも知らないことが多すぎる。まだまだ子供にすぎないのだと、勉強を通じて思い知らされる日々です。


 それでも、私は信じております。きっともう一度、晶龍様と八重瀬さんにお会いできるはずと。

 だから、もう少し待っていてくださいね。

 たくさんのことを学んで、東京へ行きますから。



 内原 寧々



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