第42話 それは「当たり前」の優しさ



 そんなわけで。

 課長たちに一旦断りを入れて外に出てもらった後、俺は――

 八重瀬と二人きりで、その場に残された。


 というか、二人きりで話?

 何がしたいんだ、八重瀬コイツは。

 つか、晶龍がいる限り、二人きりでも何でもないだろ。


 それでも、予想外に素直に出て行った真鍋兄弟。

 そして課長も宣兄も、何かを察したかのように顔を見合わせて、俺と八重瀬を残していった。

 最後に残っていたのは寧々だったが、彼女も一旦深々と礼をして、何も言わずに出て行った。


「で?

 何だよ。改まって、話って」


 俺は大きく深呼吸すると、その場にあぐらをかいて座った。

 八重瀬の前なら、別に礼儀なんてそこまで関係ない。

 向こうもそんな俺を見てちょっと苦笑しながら、部屋中央の壇にちょこんと座り直した。


 何となく、互いの目線の高さが同じになったその時――

 八重瀬が不意に、口を開いた。



「巴君。

 最終的に、僕と晶龍を『殺す』役目は――

 君に、お願いしたいんだ」



 ――俺は心中、深々とため息をつく。

 何となく、そんなことじゃないかと思っちゃいたが。



「……理由は?」

「沖での戦闘だよ。

 あの時晶龍に、ほんのわずかでも傷をつけられたのは――巴君だけだった。

 それで、僕も晶龍も思ったんだ。

 単純に攻撃という点において、心療課で一番強いのは、間違いなく巴君だって」


 困ったような微笑みは相変わらずだ。

 ていうか、何でわざわざそんな頼みを俺に?


「俺が嫌だと言ったら?」

「巴君が今拒否っても、結果的にそうなりそうな気もするからね。だったら、今のうちに言っておこうかなと思って。

 実際晶龍も、君の実力を一番評価してた。もう少し反応が遅れたら、核に直撃していた可能性もあったらしいし。

 それに……

 巴君は、嫌だとは言わないと思うよ?」


 少々悪戯っぽい色が、八重瀬の目に宿る。

 確かに、海での戦闘を思い返せば――

 七種や懐機が晶龍にとどめを刺すのは、結構無理があるかも知れない。晶龍は飛行能力も有しているし、もし空に逃げられたらそれに対抗できるのは、長時間の滞空が出来る俺だけだ。

 宣兄は完全な治療役でタンク役だし、攻撃面はほぼ期待できない。

 もし俺たちが勝つとすれば、最後に残るのは俺と考えるのは、ある程度道理は通る。

 他によほど強力な助っ人でも来れば話は別だが、今そんな情報は入ってきていない。


 しかし俺にしてみれば、かなり意外なことではあった。

 ――そこまで八重瀬が、俺を評価していたのが。


「ひとつ、聞いていいか」

「何?」

「お前さ……

 何でそこまで、俺を買いかぶる?

 俺は、そこまで強い人間じゃねぇよ」


 考えてみればこの島に来るまで、俺はコイツに、ろくな言葉ひとつかけたことがない。

 八重瀬と話す時は大概、軽蔑の目で見てた。

 優柔不断でろくに剣も使えない、臆病な男と――

 ずっとそんな目で見ていた。そして実力で大きく上回っている自分を、鼻にかけてもいた。

 魔獣との戦いにおいて、根拠不明の自信を俺はずっと抱いていたけど――

 それは『八重瀬ずっと強い』っていう、今にして思えばクズそのものの自負が、どこかにあったからだと思う。


「……俺はずっと、お前のこと、バカにしてた。

 お前の血や神器についても何も知らずに、ただお前のこと、落ちこぼれって思って。

 実際、何べんお前のこと怒鳴ったか、分かんねぇよ」

「そうだね。

 だけど、仕方ないよ。命がかかっている戦闘中に、足手まといの僕がいたらさ。

 誰だってそうなると思う」


 八重瀬の口調も表情も、前と同じ。柔らかなまま、変わらない。


「なのに何でお前は、そこまで俺を信用する?

 何で俺なんかに、命を預ける真似をする?

 俺、随分酷いこと、お前に言ってたと思うぜ。

 ヘタすりゃモラハラで訴えられかねないレベルで」

「僕はそうは思ってない。

 巴君は、感じたままを言っていただけだと思う。この島に来る前までの僕が役立たずだったのは、事実だし。

 それに――」


 状況からは信じられないほど、アホみたいに無邪気に笑う。


「自分で気づいてないかも知れないけど。

 巴君は、とても優しい人だと僕は思ってる」


 ――だから、何でだよ。

 俺がお前のこと、どんだけバカにしてきたと思ってんだ。


「さっきだって、滅茶苦茶怒ってくれた。

 晶龍と僕を殺してほしいって言った時も――

 宣先輩もすごく何か言いたそうだったけど、巴君は何も考えず真っ先に怒ってくれたからね」

「あんな話聞かされたら、当然だろ!

 お前、自分がどんっっっだけ狂った話してるか、分かってるか!?

 仲間に、自分を殺せとか頼むなんて……!」

「ほら。やっぱり、君はすごく優しい。

 だからきっと、僕がわざわざ頼まなくても、巴君は僕にとどめを刺してくれるんだと思う。

 他の人たちの手を汚させることなく、ね」


 おちょくってんのか。そう叫びかけたが――

 その時ほんの少し、八重瀬の笑みに影が差す。


「僕だってそこまで、自分の命を無駄に放り投げたいわけじゃない。

 だからやっぱり、心から信頼している人に、命を預けたいんだ。

 ――もし本当に、最期の時を迎えるなら、だけど」

「だから……分かんねぇよ。

 その信頼する相手が、何で俺になるんだ」

「覚えてない? 僕が心療課に入ったばかりの時。

 巴君、すごく親切にしてくれたじゃないか」


 全く覚えがない。

 一体コイツ、何の話をしてるんだ?


「巴君が入ってきたばかりの頃、僕、自販機の下に小銭落としちゃって。

 僕の手って意外と大きいから、なかなか取れなかったんだよね。

 そこに巴君が通りかかってきて――僕のかわりに数分ぐらい自販機の下探して頑張ってくれて、埃まみれになってどうにか取ってくれたんだよ」


 そう言われて、俺は初めてぼんやりと思い出した。

 あれは、まだ八重瀬の顔と名前すら一致していなかった頃。

 記憶の彼方になってしまったが――そういえば、そんなこともあったような気がする。


「……っていうか、お前。

 ただ、それだけで?」

「そう。それだけ。

 巴君にとっては、すぐに忘れてしまうくらい些細な事だったんだと思う。

 それぐらい、君にとっては当たり前のこと」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る