第9話 切られる火蓋


 俺たち二人は数分後、そっと家の窓から脱け出して外へ出た。

 下では未だ宴会の真っ最中。人数こそ多かったが、俺たちに気づくヤツは誰もいないようだ。

 まるで盗人の如くこっそり屋根を伝い、建物の裏側から地上へと降りる俺たち。

 俺の同行に八重瀬は多少渋ってたけど、コイツ一人の方がよほど危ないのは本人も自覚していたようで、数分もすると何も言わなくなった。


 俺たちはやがて、山に向かう道を小走りに駆け出した。

 頭上の月はほぼ満月に近い。こうこうと青く輝きながら、静かに島を照らし出している。

 俺たちの行く道は砂埃がたち、周囲にはキビ畑が広がる。

 晶龍のウロコをエネルギーとするあの灯は、村を少し離れると数十メートルおきに一つあればいい方。しかもそこまで広範囲を照らせるものではなく、暗闇にあまり慣れていない俺たちは一瞬戸惑ってしまった。


 月明かりを頼りに動くなんて、完全に昭和以前だろ。

 そう俺が愚痴りつつも、八重瀬は懐中電灯を取り出して前方を照らしてくれた。それでもこの闇の中、その光は頼りない。

 電灯の微妙な動きで島民に勘づかれる可能性もあるから、あまり光を強くするわけにもいかない。


「ったく、もう。

 調査しろってんなら、それなりに近代的な装備よこせっての……」


 ――キビ畑以外何もない夜道をテクテク歩き始めて、数分。

 そろそろ山麓の森にさしかかり、暗闇が一層濃くなり、俺が完全に愚痴モードに陥りかけた、その時だった。



「巴君……

 あそこ!!」



 八重瀬が、突然上空を指さした。

 つられて俺も空を眺めると――



 こんもりとした黒い低木で覆われた山。

 その頂あたりから、白い煙が空へとたなびいていた。それも、幾つも幾つも重なるように。

 よく見ればそれは煙ではない。無数の光の粒子が集まり、煙のような形状となっている。

 それは月明かりを映し、さらに妖しい銀色に輝き始めた。



 俺たちが注視している間にも、その煙の列は瞬く間に形を変え――

 やがて。



「あれは――

 まさか、魔獣!?」



 八重瀬が叫ぶより先に、光の集合体は龍の形へと変化していた。

 それも、頭が8つに分かれた――まるで伝説の八岐大蛇の如く。


 俺たちの視界からは、魔獣の核となる水晶はまだ見えない。しかしあれは

 ――ぎょろりと丸く蠢く眼球、無数の牙、光を浴びて輝く双対の角。

 まるでおとぎ話から抜け出たかのような、まさしくその姿は俺たちがよく想像する『龍』そのもの。

 ただその全身は何故か半透明で、白銀に光るウロコの向こうに夜空の月がそのまま見えた。


 月へ吼えるように、龍は8つの首をもたげ、8つの口腔を一斉にガバッと開いた。

 ほぼ同時に、キィンという音が頭に直接鳴り響き、俺は思わず耳を抑えてしまった。

 大地を揺るがすほどの絶叫――というわけではない。むしろ音自体は殆どないに等しいが、耳鳴りをかなり酷くしたような、嫌な感覚だった。


「う……っ!」


 その現象は八重瀬もほぼ同じ――というか俺より数段酷いようで、頭を押さえて危うく膝をつきかけている。

 思わず駆け寄ったが、顔色はもう蒼白。頬まで冷や汗が流れていた。

 貧血で倒れる寸前にすら見えかねない。


「八重瀬。お前だけでも戻ったら……」

「だ、……大丈夫」


 それでも八重瀬はふらふらと立ち上がる。

 慌てて俺は肩を支えたが、その全身は妙に冷え切っていた。

 ただ事じゃない。さっきからコイツを呼んでるっていうあの龍が、何かおかしな真似をしてやがるんだ。

 とにかく、一旦戻らないと――


 そう思ったが、八重瀬はむんずと俺のワイシャツを掴んできた。



「駄目だ、巴君。

 今戻ったら怪しまれる」



 そう言われ、俺はそっと背後を振り返った。

 龍の出現に、静かだった村からは絹を裂くような悲鳴があがっている。


 ――晶龍様だ。

 ――また、龍神様がお怒りに。

 ――どうして? あの贄ではまだ足らぬというのですか……晶龍様!!


 そんな声が、少し離れたここにまではっきり聞こえてきた。

 明かりを手に、村の連中が次々に動き始めているのも分かる。


「ヤッベぇ……嘘だろ」

「多分、これまでもこういう龍の出現はあったんだろう。僕たちには何も話してくれなかっただけで。

 資源の枯渇だけじゃない。今までなかったはずの災害が起き始めて、何度もこうやって龍が現れ、脳に響くレベルの悲鳴をあげる――

 そんな状況が続けば、そりゃ誰だってパニックになる。

 人柱の伝説を信じたくもなるさ」


 汗だくになりつつも、そう分析する八重瀬。


「だからとにかく、僕らは生贄の子を助けよう。

 彼女を保護したら、守備局からの応援が来るまで待つんだ。明日――というか、日付変わったからもう、今日の夕方には応援が到着するはず」

「待つったって……

 緊急通信か何か送れないのかよ。何かあってからじゃ遅いだろ」

「ここは基本的に、本土の電波が届かない。電話もネットも、こちらからは守備局には何も送れない。

 向こうから連絡が来るまで、僕らで何とかするしかないんだよ」


 電話線が切られ、外界から閉ざされた雪山の殺人屋敷――

 そんな映像が頭をよぎったが、それと似たような状況ってか。ふざけんな。


「だから……

 僕は、すぐに……行かなきゃ。そんな気がする」


 俺の手を振りほどき、山へと――それも龍の吼える方角へと歩き出す八重瀬。

 まるで何かに操られているかのように、その足取りは不安定だった。


 こんなの、絶対に一人で行かせられるか。

 そう判断した俺は、自然と懐から勾玉状の神器を取り出し

 右拳でぎゅっと力いっぱい握りしめた。


「ぐ……うっ!!」

「巴君!?」


 ――途端、酷い痛みが掌に走る。

 神器の内側から鋭い特殊針が幾つも飛び出し、手に突き刺さった瞬間だ。

 その針は手のひらに食い込み、数秒で俺の血を一息に吸い上げていく。

 神器を本来の姿に戻す為とはいえ――結構強引な手段。

 守備局に入ってからもう何十回やったか知らないが、未だに神器覚醒のコレは慣れない……


 だが次の瞬間、手の中の勾玉は俺の血液を一気に吸収し、橙の明るい光を放った。

 同時に勾玉は光と共に、俺に抱えられる程度にデカいロケットランチャーに変化する。いつも俺が装着している形に。

 ロケランはそのまま、血まみれになった俺の手から離れて一瞬、宙に浮いていたが

 ――その手をかかげたまま、さらに俺は囁く。神器と俺の力を引き出す為の呪文を。



「神器変化・第壱式・ラピッドモード――

 スパイト・アンド・マリス!」



 そのキーワードは、ロケランにさらなる変化を齎した。

 一瞬で漆黒の翼と早変わりしたロケットランチャー。それはフライトユニットとなって俺の背中へと装着されていく。ちなみに両翼には1組ずつ、2連装ミサイルポッドつきだ。


 こいつを身に着ければ――俺は人間戦闘機に変わる。

 まだ高校生にしか見えない、新人リーマン。その姿こそ変わらないものの、七種に言わせれば

『巴クンの華奢な身体にあーいう武骨な翼がつくの、身体メチャクチャ痛めつけてる感あって超燃えるし萌えるよねー♪』

 ……だそうだ。

 実際最初にこれをやった時は、肋骨やら腕やら何本か骨折した覚えがある。宣兄の治癒術ですぐに治されて戦闘に叩き込まれたけど。

 その後強制的に何度も装着訓練が繰り返され身体を強引に慣らされ、何とか骨折だけはしなくなって今に至る。

 七種はこうも言ってたな。『何故か服が殆ど破れないのが残念だけど♪ アニメだとこういう時、服は全部弾け飛んで素っ裸になるものでしょ?』とか。

 その理屈だと神器使った瞬間、あいつのセーラー服も大破することになるんだけどな。


 ――それはともかく。

 今は八重瀬の言うとおり、俺たちは山へ隠れて晶龍の調査を続け、人柱の娘を救出する以外にない。

 神器を装着した俺を見た八重瀬は一瞬戸惑っていたものの、俺は強引にヤツを小脇にかかえ、一気に山へと駆けだした。


「ちょ……巴君!?

 あんまり無茶は!」

「無駄に喋んなって。舌噛むぜ?」


 俺ほどではないとはいえ、八重瀬も俺らのチーム内じゃそこそこ小柄な方だ。

 だからこいつ一人を抱えて走るぐらい、神器の補助があれば全く問題ない。

 俺の疾走と気合一発で、翼は白い炎を吹きだして一気に舞い上がり、俺は八重瀬を抱えたまま空中へと飛翔した。

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