第117話 政略結婚?
「やあ、アキ」
そう言って軽く手を上げて挨拶したのは、ウィンラスター公爵家の三男でありながら冒険者に身を変え、様々な陰謀や争いに首を突っ込んでは解決しようとする、まるで世直し旅の演劇主人公みたいな男、ジェフリーだ。
「ジェフリー、無事で良かった」
「お陰様でね。キミこそ大丈夫だったかい?」
「ああ、少し眠っていただけで何ともないよ」
「それは良かった。こうしてお互い元気な顔を見せ合えるのだからね」
再会を喜び合ってから、ジェフリーは大仰な身振りで天を仰ぐ。
「おおっ、やはりキミは凄い男だよ! 天地をひっくり返すスキルを使うとは。勇者アキの力は魔王や竜王まで従えるのだね。まあ、だんだん人間離れしている気もしないでもないけど。フォォーッ!」
自分でもやり過ぎたと反省しているが、ジェフリーとしてはジョークにして流してくれているのだろう。
「まあ、俺も同感だが。それより今日は茶化しに来たのか?」
「キミの辺境伯就任を祝いにきたのさ」
俺の辺境伯就任には、ジェフリーも一枚かんでいるのだろうか。
「俺に領主が務まるとは思えんが……」
「アキ、前に俺が言ったことを覚えているかい?」
「何のことだ……?」
俺はジェフリーとのやり取りを思い出す。
そんな俺に、ジェフリーは真面目な顔になって話し始めた。
「やっぱりキミは面白いよ。それは打算や計算で話しているのではない。裏表なく本音で言っているのだろうね」
(本音? 何のことだ? エッチな本音が漏れてるとか?)
「前辺境伯のアレクシスを倒した時に、キミは言ったよね。『弱者を見捨てて富を独占する領主など俺は認めない』と、『上に立つ者、高貴な家柄の者ならば、
そういえば言った気がする。あの時は孤児院への支援を打ち切られたり、奴隷として監禁されていた少女たちの涙を見て、
「あの時に感じたのさ。真に領地を治め民を導けるのは、優れたスキルを持ちながらも弱者の気持ちを知っている者ではないのかと。とかく権力は腐敗し人は金によって道を踏み外してしまうものさ。でも、アキ、キミのような者ならば、きっと皆がより良い明日を信じて生きられる世を作ってくれると思ったんだよ」
ジェフリーは真っ直ぐ俺を見つめている。
「か、買いかぶり過ぎだ。俺はただの
「この俺、勇者を目指していたジェフリーが認めたのだから間違いはないさ」
「そうなのだろうか……」
「まあ、女性関係でやらかしそうだけどね」
「おい!」
二人して笑った。女性関係というワードでレイティアたちがムッと口を尖らせたが。
「そうだ、今日は他にもう一人来客がいるのだよ」
ジェフリーは入口のところに行き、優雅な所作でもう一人の人物を促した。
スタッ!
その男が入ってきて、俺は息を吞んだ。
「なっ! 貴方は……帝国の……」
御付きの者を外に待たせ入ってきた男は、ヘイムダル帝国皇位継承第一位のカール・グスタフ・アーサヘイム殿下だった。
カール殿下は、部屋に入るなり俺の前にきて頭を下げ
「この度の勇者様への非礼、真に申し訳なく思います。どうか、我が父、オーギュスト・ユングベリング・アーサヘイムの愚行、お許し願えないだろうか」
突然、大帝国の第一皇子に頭を下げられ、俺は慌ててしまう。
「ちょ、あ、頭をお上げください。で、殿下」
「そうはいきません。許して頂けるまで下げ続けます」
「ゆ、許します。許しますから」
「ありがとう! ありがとうございます!」
ガシッ!
必死の顔をしたカール殿下が俺の手を握る。
「私は帝国の全権を任されてこの場に来ているのです。貴方の言葉一つで我が帝国の存亡が掛かっております。魔王のみならず二柱の竜王まで従えた勇者と敵対したのならば、帝国の滅亡は必定でしょう。どうか、どうか、これからも勇者様とは良好な関係を築きたいのです」
「わ、分かりました。許すって言いましたよね」
カール殿下は俺の手をギュッと握り、何度も何度もブンブンと振り続ける。
「此度の件で皇帝オーギュストは退位する予定であります。後継はこの私、カールが務めさせていただきます。罪無き魔族は解放する手はずです。ですから、勇者様とは、
「わわ、分かりました! だから許すって――」
「勿論タダでとは言いません。勇者様には帝国最高位勲章である神聖金翼騎士大勲章の授与と報奨金として金貨100万枚を用意するつもりです」
金貨100万枚と聞いて、皆の頭がパニックになる。
「ききき、金貨100万枚よ! おおお、億万長者ってレベルじゃないわよ!」
「お、落ち着けシーラ! また目が
シーラに続きレイティアもだ。
「アキ君! あああっ、アキ君! カツカレーが!」
「レイティア、一旦カツカレーから離れるんだ!」
そしてアリアは通常運行だ。
「私はアキちゃんさえいればぁ♡」
「わ、分かってます! イチャイチャですよね! アリアお姉さん!」
ジールは相変わらずウンウン唸っているのだが。
しかし、話はここで終わらなかった。カール殿下の話は、ここからが本番だったのだ。
「つきましては、我が国の皇室から勇者様に妃を嫁がせる所存です」
「は?」
余りの唐突な申し出に、俺の頭もオーバーフローしそうだ。さすがにこれはスルーできない。
「アキ様の年齢を考えて、我が国の第三皇女マチルダは如何でしょうか!? あっ、もしかして年上が好みでしたら、第二皇女のアーデルハイドでも」
「あ、あの……」
「もしかして……好色な勇者様は一人では足りませぬか? では皇女二人をお納めください! だ、大丈夫です! 帝国の皇女たるもの、幼き頃より政略結婚の覚悟はできておりますとも! 煮るなり焼くなりアキ様の好きになさってください!」
「だから違うって……」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!
それまで有頂天だった
カール殿下は良かれと思っているのだろうが、本当に余計なことをしてくれたな。
そのカール殿下だが、俺が首を縦に振らないのを誤解したのか、とんでもない話を始めてしまう。
「ぐはぁ! ま、まさか、二人では足りませぬか……。第一皇女のベアトリクスは……既婚でして……。わ、分かりました! 勇者様は
「全然違うわぁああああああ!」
危うく俺が
これ以上お姉さんたちを刺激するのは止めてくれ。
ただ、カール殿下は納得していないのだが。
「しかし……このままでは、私は帝国に帰れませぬ。何としても勇者様に妃を」
(困ったな。レイティアたちより前に結婚なんで絶対にダメだ。俺は彼女たちを裏切る訳にはいかない……)
困惑している俺を見たカール殿下は、眉間を押さえて考え込んでから口を開いた。
「で、でしたら、妃でなくとも構いませぬ。メイドでも使用人でも、アキ様の好きに使って頂いて構いません。人質として屋敷に置いてください」
「メイドは間に合ってます。それに人質……」
「アキ様の意に沿わないのは重々承知しております! しかしながら、帝国に叛意が無いことを示す為には致し方ない儀礼なのです! どうか、どうかお願いします!」
こうして俺は、ヘイムダル帝国の皇女を人質として貰い受けることになってしまった。
お姉さんたちの心をざわつかせるだけなので、本当に有難迷惑なのだが。
(まあ、手を出すつもりはないけどな。暫くしたら帰ってもらえば良いか……)
そして、勲章授与と合わせて、俺たちを国賓待遇で帝国に招待することも決まってしまった。
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