第94話 勇者爆誕?
ジールに乗って魔王軍を引き離し、国境線沿いの渓谷まで戻ってきた。
ここは魔族領へと繋がる北方領域と、ヘイムダル帝国、アストリア王国の、三か国が交わる領域になっている。
「見えてきたぞ。峠を埋め尽くすほどの大軍だ」
前方に帝国軍を発見した俺は、乗っている
鞭は乗馬ならぬ乗竜のように、飛ぶ、曲がる、止まるなどの合図用にジールが渡した物だ。何故、ジールが鞭を用意しているのかは謎であるが。
パシッ! パシッ!
「ジール、旋回してから彼らの正面に下りてくれ」
ただ、俺は大真面目なのに、肝心のジールが変態なので困っているのだが。
「ガルルルルッ! おっ♡ もっとキツくしてくれ! うぐっ♡」
「おい、ふざけてないで早く下りろ」
シュバァァァァァァ!
「「「うわぁああああああああ!」」」
帝国軍上空でドラゴンの急旋回をかます。若干……いやかなりパニックになっている気もするが。
「ぎゃああああ! どど、ドラゴンだぁああ!」
「魔王軍の先兵か!」
「竜族のドラゴンナイトじゃねーのか!」
「魔王軍は竜族まで味方につけているのか!」
「ああああ! こ、殺される!」
「助けてくれぇえええええええ!」
帝国騎士が腰を抜かしている。戦闘前にこんな調子で大丈夫なのだろうか。
「おい、俺たちはアストリア王国の冒険者だ! 敵じゃないぞ!」
低空飛行しながら声をかけてみるが、誰も信用していないようだ。
「ジール、正面に下りてくれ」
「ガルルッ! 了解した」
バサッ! バサッ!
ビュゥゥゥゥーッ! ズドォォォォーン!
「ぐあぁああああ! 食われるぅうう!」
「助けてくれぇええええ!」
「ママぁあ゛ああぁぁぁぁ!」
話しかけようにも兵士たちのパニックが収まらない。
「しまった、ドラゴンに乗って登場したらカッコいいと思ったのに、これじゃ失敗だったかな」
「こら、アキぃ! あんた、カッコいいからでやらかすんじゃないわよ!」
もう定位置のようになってしまった俺の背中に隠れているシーラがツッコミを入れる。そうこなくては。
「おい、話を聞いてくれ! 俺たちは魔族領域で魔王軍を見てきたんだ! って、聞いちゃあいねえ……」
大声で説明しようにも、騒ぎが収まらず誰も聞いていない。
「よし、アキちゃん、やっちゃう?」
アリアが杖を構えた。
「やっちゃダメぇええ!」
「もう、冗談よぉ♡ アキちゃんったらぁ♡」
「アリアお姉さんが言うと冗談に聞こえないので」
「でもせっかく幻魔鉱石で杖が強化されたから全力でぶっ放してみたいでしょ♡」
そう言ったアリアが、人差し指をくちびるに当てながらウインクをする。
可愛いけど全力ぶっぱ禁止。
しかし状況は更に悪化している。
進軍する正面を塞ぐように降り立った俺たちに、帝国軍の面々は完全に誤解しているようだ。特にドラゴンになっているジールと角の生えているアリアとアルテナに。
「お、おい、あいつら魔族だぞ!」
「ホントだ、ツノがあるぞ!」
「魔王軍だ! きっと魔王軍に違いない!」
「やっちまえ! 魔族は皆殺しだ!」
不穏な空気になり、俺の声も自然と大きくなる。
「おい! 俺たちは敵じゃないって言ってるだろ! 争いを止めろ! 争いからは何も生まれないぞ!」
「魔族を殺せ!」
「そうだ、帝国に移民している魔族も強制収容所送りになったしな!」
「そうだそうだ! あの魔族は敵だ!」
「あのサキュバスみたいな女をグチャグチャにしてやれ!」
ブッチィィィィィィーン!
俺のアリアをグチャグチャにする発言で、俺の頭が沸騰する。俺の大切な人を害するなんて絶対に許せないからだ。
「お、おお、俺の大好きな
ドォオオオオオオオオーン!
帝国軍に向け突撃しようとする俺に、ジールが戸惑った顔をする。ドラゴンの顔だが。
「お、おい、争いからは何も生まれないんじゃないのか!?」
「男は好きな女の為なら争いあるのみだぜ!」
「さっきと言っていることが違うだろ! まったくお前は。だがそれが良い!」
ズドドドドドドドドドドドドォォーン!
「行くぞ!」
【防御魔法・
「うぉおおおおおおおお!」
ボコボコボコボコボコボコボコ!
「「「うっわぁああああああ!」」」
俺の防御魔法(何故か破壊力抜群)で、帝国騎士が宙を舞う。まさにボコボコな感じで。
もう一人で無双状態だ。
「いいぞ、アキ君っ! やっちゃえ!」
「アキちゃん♡ 素敵ぃ♡」
「誰か止めなさいよ! ああ、帝国に喧嘩売るなんてお終いだしぃいい!」
レイティアとアリアは大盛り上がりだ。シーラだけは頭を抱えているようだが。
「うっぉおおおおおお! 俺は
ドッガァアアアアアアーン!
――――気付いた時は遅かった。つい熱くなった俺が帝国軍先鋒をボコボコにしてしまったのだ。完全に人族に対する敵対行為である。
「こ、これって……帝国相手に戦争になったりして?」
「ああっ、も、もうアキったら……」
ツッコみ疲れたのか、シーラがヘロヘロになっている。もうツッコむ気力も無いようだ。気苦労をかけてすまない。
何やら軍中央から豪奢な甲冑とマントを身に着けた偉い人まで登場してしまう。たぶん皇族か何かだろう。
「こ、これは凄まじい力よ。そなたらは魔王軍の先兵か! 私はヘイムダル帝国第一皇子カール・グスタフ・アーサヘイムである! 我が最強の騎士団が相手するに不足なし、いざ尋常に勝負!」
カール殿下とやらの宣言で、屈強な騎士たちが前に出る。たぶん戦闘スキルに秀でた騎士団長だろう。
「えっと、更に状況が悪くなったような……。どうしてこうなった?」
「問答無用! 我が必殺の剣技、その身で受けてみよ!」
帝国の紋章と共に獅子の刻印が施された甲冑に身を包んだ男が俺の前に立つ。かなりの手練れだろう。
(ど、どうする!? 俺は帝国と戦いたいわけじゃないのに。できれば協力したかった。どうする。ここから挽回するには……)
ピンチに陥ったその時、聞いたことのある声が高らかに響いた。
「はあぁーっはっはっは! あの雲の先には何があるのだろう! きっと、この世界を照らす希望があるはずさ! そう、世界が闇に覆われそうな時、必ず希望の光を灯す勇者あり! S級冒険者ジェフリー参上! フォォーッ!」
固唾をのんで成り行きを見守っている多くの兵たちが、一斉に声の方を向く。
「なんだあれは!」
「勇者か!」
「いや違う、あれは世直し旅をする絹糸問屋のご隠居だ!」
俺は知っている。あのスカしたイケメンを。ちょっとウザくていけ好かないのに意外と良いやつを。
その先の展開まで読めた。
俺の予想通り、御付きの女が紋章を掲げる。
「静まれ! この紋所が目に入らぬか! アストリア王国最大貴族、ウィンラスター公爵家の紋章である!」
「ここにおわすお方は公爵閣下の委任を受けた全権代理ジョージ閣下である!」
「はいはい、頭が高い。控えおろう」
ズザザザザザザザザ――
訳も分からず兵士たちが平伏する。演劇みたいなノリに飲まれているだけの気もするが。
「こ、これはこれは、ウィンラスター公爵子息のジョージ殿ではありませんか」
カール殿下がジョージ……ジェフリーに歩み寄り手を伸ばした。たぶん晩餐会などで旧知の仲なのだろう。
その手をガッシリ握ってから、優雅な所作になったジェフリーが挨拶をする。
「カール殿下、お会いできて光栄です。此度の魔王軍との戦、ウィンラスター公爵家、そしてアストリア王国も参戦する所存です。私は先発隊として精鋭五千を任されはせ参じました」
「おお、それは心強い」
簡単な挨拶を終えたジェフリーは、俺を指差し高らかに語り始める。
「そこにいる冒険者は敵でも魔王軍でもありません」
サァアアアアアアアア――
ジェフリーの声で、その場の全ての者が俺に注目した。
「そこにいる男は、冒険者アキ・ランデル、この世界を救う勇者であります!」
(おい! ジェフリーは何を言い出してるんだ!)
「アキの力は神の奇跡の如く光を照らし闇を祓う! そのスキルは魔族も竜族も心酔させ味方につける! 東に飢えた子供がいれば、その手からパンを生み出し与え! 西に泣く少女がいれば、奴隷から開放し救う! 南に裸で助けを求める女性がいれば、触手から開放し癒す。そして、北に世を震撼させる魔王いれば、討伐し世界を救う! それが勇者アキ・ランデル!」
「「「おおおおおおおおおおっ!!」」」
ジェフリーの演説で帝国軍が大盛り上がりだ。
どうしてこうなった。
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