第78話 その頃魔族領域では(side???)

 私は冬は嫌いだ。元から平均気温が低いこの北方領域が、ことさら気温が下がり試練のように厳しい季節となる。

 深々と降り積もった雪が、陰鬱なこの世界を塗り潰すかのように。


 夏はもっと嫌いだ。ジリジリと照り付ける太陽が、ただでさえ青白い私の肌を痛めつけてゆく。私の意志に反して流れる汗も、より一層不快指数を上げてゆくかのようだ。

 つまり寒いのも暑いのも嫌いである。


 つい、そんな愚痴を洩らしたくなってしまう。


 まだうら若き少女であるこの私、アルテナは魔族だ。しかもこの北方領域の人間関係に縛られ逃れられない。

 魔族なのに人間関係というツッコミは無しだぞ。


 人と会うのが嫌いだ。できれば放っておいてほしい。リア充や陽キャはもっと嫌いだ。何が楽しくてワイワイ騒いでいるのか。


 そう、私は壊滅的にコミュ障なのだ。


 だが、周囲は私を放っておいてくれない。今日も無理やり呼びつけられ、やりたくもない会議に参加させられている。

 ここ、魔王城の執務室に集まった高位魔族の面々と共に。




「ヘイムダル帝国もアストリア王国も、我ら魔王軍にかかれば赤子の手を捻るが如し! 復活した魔王軍と魔獣部隊の恐ろしさを見せつけてごらんにいれますわ! おーっほっほっほっほ!」


 甲高い笑い声を響かせているオバ……女の名は、悪魔女将軍ザベルマモン。魔王軍を指揮する大将軍だ。


 まるで凹凸の激しい体を見せつけるかのように露出度の高い服を着ている。ビキニアーマーなのか、それ。恥ずかしくないのか。痴女か、痴女なのか。おい、歳を考えろ。


 実は意外に良い人っぽいのだが、なにせ人の話を聞かないし強引で一方的な性格なので苦手である。



「うむ、人族への侵攻計画は着々と進んでおるな。くくくっ、我らを貶める人族など滅ぼさねばなるまい」


 この物騒な発言をしているのが悪魔元帥ベルゼビュートだ。魔王軍のトップらしい。

 パワハラ体質なのを絵に描いたように眉間に深く刻まれた縦ジワが目立つオッサンで、私が苦手とするナンバーワンでもある。



「がはは、帝国や王国の侵攻が完了した暁には、奴らの金貨は全て没収でありますな。これで若い子とチョメチョメを。ぐへへ」


 この『ぐへへオジサン』は悪魔宰相リュシフュージェ。金に汚く女癖の悪い政治家だ。

 強欲だが攻撃的でないだけベルゼビュートよりマシかもしれない。



「なるほど、魔王軍の栄光を取り戻すのも、あともう少しということか。ふふ、遂に千年前の雄姿が復活であるな」


 この夢見るオジサンは悪魔大公爵アシュタロス。何でも大戦時から生きている悪魔の大貴族だ。

 口を開けば『私も昔はワルでな』とか『私の若い頃は』とか『今の若者は』とかばかりで面倒くさい。



 そんな厄介な者たちの会議に強制参加させられ、もう私のSAN値も限界を迎えようとしていた。


「はあ……帰りたい……」


 溜め息とともに吐き出した独り言が、隣のベルゼビュートの耳に入ってしまったようだ。この地獄耳め。


「アルテナ様! さっきから心ここにあらずのようですが、ちゃんと聞いておりましたか?」


「あひっ、あ、その……」


 何か言おうとするが言葉が出てこない。そんなに怖い顔で睨まれたら喋れないぞ。


「アルテナ様は自覚が足りぬようですな! これから魔王軍を背負って立つ自覚はありますか! 先代魔王が勇者に破れてから早百年、これからはアルテナ様のように若い世代が活躍する時代なのですぞ! アルテナ様には次の勇者を倒してもらわねばなりませぬゆえ」


「あっ、ゆ、ゆしゃ、勇者……が、頑張ります……」


 私ときたらコミュ障が発動して上手く喋れないのだ。特にコイツみたいな強面の男に対しては。


「そうですぞ、アルテナ様。これからは若い世代が政治も軍事も福祉も解決せねば。少子高齢化ですので、若い世代がバリバリ稼いで老人を楽させてもらわねばですな。ぐへへ、そうですな、年金は今の倍払ってもらうとか」


 ベルゼビュートに加勢するかのように、ぐへへオジサン……じゃない、リュシフュージェまで私を追い詰めるのだが、言っている意味が全く分からない。

 年金とか何のことだ。何でもかんでも私に無理難題を押し付けるのはやめてくれ。


「ひゅ、で、できる限り……が、頑張ります……」


 頑張りますなどと心にもないことを言ってしまったが、正直全く頑張りたくもない。


 その後も、帝国に侵攻するだの王国を滅ぼすだのと勇ましい意見が飛び交っているが、その討論だけで私は吐きそうになる。


 そう、私は争い事が大嫌いなのだ。


 ◆ ◇ ◆




 会議が終わり自室へ戻った私は、身の回りの物を掻き集めている。主にコレクションのBL小説だったりするが。


「ふひっ、これは必要……」


 ありったけの私物をバッグに詰めた私は、足音を立てないよう静かに部屋を出た。


(逃げよう。こんなブラックな職場は逃げ出そう。このままだと私、悪の魔王として勇者に殺されそうな気がする)


 そう、魔王は悪者なのだ。

 私は退治されたくない。


(そうだ、南に行こう。大陸の南には海があるそうだから。こんな私でも暖かな南の海に行けば、ちょっとはリア充になれるかも)


 リア充を嫌っているのにリア充になりたがっているのかというツッコミは無しだ。


「ふひっ、と、とんずらぁ……」

「そなた、何をしておるのじゃ」

 ビックゥゥゥゥーン!

「ひぎぃっ!」


 突然、後ろから声をかけられ、驚きの余り飛び上がってしまう。


「えっ、だ、誰……」


 ゆっくりと振り向くと、そこには黒いドレスを着た長い黒髪の女がいた。


「あっ、あひっ、りゅおっ、黒竜王……エキドナしゃま」


 恐怖の余り噛んでしまった。


 そう、この北方領域には竜王が居るのだ。世界の四方に存在するバランスブレイカー、古より存在する神に等しき存在。

 四海竜王の一柱である。


 この黒竜王エキドナは四海竜王の中でも特に恐れられており、世界滅亡があるとするならば、それはエキドナの逆鱗けきりんに触れた時だといわれていた。


「アルテナよ、こんな夜更けに何処へ行くのじゃ?」


 切れ長の目に長いまつ毛、そして印象的な赤い瞳で見つめられる。黒いドレスに黒い髪なのに、肌は白く艶めかしい。


 そうだ、思い出した。苦手な男ナンバーワンはベルゼビュートだが、苦手な女ナンバーワンは、この竜王エキドナだった。

 もう怖くて怖くて腰が抜けそうだ。


「その荷物……もしや」


 エキドナの目が鋭くなった。

 私を疑っているのか。


「あ、あの、さささ、散歩……」

「そうかそうか、散歩か」


 ぶんぶんぶんぶん!

 必死に頭を上下する。


「なるほと、その荷物は散歩で使うという訳じゃな」

「は、はひ」

「では、わらわも一緒に散歩をするとしようかの」

「え゛っ!」


 変な声が出てしまった。この女、何を考えているんだ。もしかして、隙を見て私をヤろうとしているのか。


「さあ、夜の散歩に出掛けようぞ」

「ふぉ、おふっ、はひぃ……」


 ◆ ◇ ◆




 私の逃走劇は失敗したのか。何で竜王と一緒なのだろう。

 夜の森を歩きながら考える。エキドナは何を考えているのかと。


「あ、あの……」

「なんじゃ?」


 前から気になっていることを聞いてみよう。


「あ、あの、え、エキドナさ、さまは、何で人族との戦争に加担を……」

「ん? 何のことじゃ。わらわは何もしておらぬぞ」

「で、でも、ベルゼビュートやアシュタロスが……」

「ああ、少しそそのかしてやったらその気になりおってな」

「ふぇへええぇ……」

「暇だったのでな。何か面白いことになれば良いのじゃが」


 最悪だ。暇だからと世界を混乱させないでくれ。


「はは、ははぁ、ああぁ……」

「そなたと散歩すれば何か面白いことに出くわしそうじゃな」

「はぁぁぁぁ……」

「ほれ、何処へ向かうのじゃ」



 こうして私は魔王城から逃げ出した。何故か黒竜王エキドナと一緒に。

 もう悪い予感しかしない。

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