第62話 青竜王ゲリュオン

 朝食を終えた俺たちは『朝風呂にでも入ろうか』などと話しながらくつろいでいた。


 ただ、混浴を全力で回避しようとする俺と、全力で俺を連れ込もうとする彼女たちとの間で駆け引きになっているのだが。

 そう、恋の駆け引きならぬ、混浴の駆け引きである。


「ほら、アキ君っ♡ ボクが背中を洗ってあげるよ」


 レイティアが俺の腕を引っ張る。満面の笑みを浮かべながら。


「ちょ待て、レイティア! ヤバいから」


 俺は何とか混浴を回避しようとしていた。そんな恋人みたいなイベントをされたら、本当に我慢できなくなってしまいそうだから。


「アキちゃ~ん♡ はぁい、お姉さんが前を洗ってあげまちゅよぉ♡」


 もう当然とばかりに、反対側の腕はアリアが引っ張っている。


「アリアお姉さん、背中でもヤバいのに前はダメに決まってます! てか、何で赤ちゃん言葉?」


 普段は優しいお姉さんであるアリアだが、隙あらばエッチなおさわりをしようとするのだ。ここは防がねばなるまい。

 まあ、最近は普段からエッチなお姉さんなのだが。


「うふふっ♡ アキちゃん♡ いっぱいいっぱい甘えてくれてもいいのよぉ♡ はーい、ぬぎぬぎしましょうねぇ♡」


「くっ、ドS女王の次はママ属性かよ。どんだけ属性持ってるんだ」


 俺がアリアと話していると、レイティアがプク顔になった。


「もうっ! アキ君、アリアとばかり話してる。バカっ。知らないっ♡」

「お、おい、レイティア。怒るなよ」

「お姉ちゃんだぞっ! ふんっ」

「ほら、レイティアお姉ちゃんって、うわぁああ!」


 誰かが後ろから俺の腋をくすぐっている。


「隙ありっ! こちょこちょこちょ、甘いわねアキ」


 くすぐっているのはシーラだ。何故か朝起きてからシーラがイタズラ好きになっていた。


「こら、シーラ、腋はやめろ」

「いつもアタシの腋をチラ見しているお返しよ」

「だ、ダメだぁ! あはははっ!」


 ガラガラガラ!


「おい、ゲリュオン様の許可を――って、あああぁ! またイチャイチャしおって!」


 突然ドアが開いたかと思えば、勢い勇んでジールが入ってきた。

 俺たちの行為を見て思い切りヘコんだが。


「くっ、こいつらぁ……。女性が多い竜族の街には入れてはならぬ者の気がしてきたぞ。こんなの毎日見せつけられたら欲求不満が溜まる一方だ」


「わははっ、お、おい、ジール、見てないで助けてくれ」


「か、勝手にしろ! それより青竜王ゲリュオン様が会うそうだ。すぐに出発するぞ」


「「「えっ!」」」


 ジールの一言で俺へのイタズラが止まった。


 ◆ ◇ ◆




 ジールに連れられて青竜王の住む神殿へと向かっている。街からは少し離れた山奥にそれは存在した。

 青く神意的で静寂に包まれた石造りの建物。それは不思議な力で守られているように感じる。


「ジール、青竜王はどんな人なんだ?」

「…………」

「おーい、ジールさん?」


 前を歩くジールに声をかけるが返事がない。


「何でも言うこと聞くんじゃなかったのか?」

「おお、おい! それをゲリュオン様の前で言うなよ」


 くっころネタに触れると、途端にジールが慌て始める。余程他の者に聞かれたくないのだろうか。


「何か考え事でもしてたのか?」

「お、お前には関係無い。このイチャコラ男!」


 ジールがボーっとしているから聞いてみたが、つれない返事が返ってきた。

 やはりジールの様子が変だ。チラチラとレイティアを見ている気がする。


 そんなことを考えている内に神殿内に入る。長く天井の高い廊下を進み、いかにも竜王が鎮座していそうな部屋の前に到達した。


「いいか、ゲリュオン様に無礼を働くなよ。絶対だぞ」


 ジールが念を押す。


 そこまで言わなくても、最強の存在である竜王に喧嘩売る人間など、世界中探しても居るはずがないのだが。


「分かった分かった。大人しくしてるよ。竜王に戦いを挑むほど俺はバカじゃないぞ」


 ギギギギギギギギギギ――


 ジールが大きな扉を開け、それを俺たちは固唾をのんで見守る。

 すると――――


「うぉおおおおおおお! 私の娘よぉおおおお!」

「ぎゃあぁああああああああ!」


 突然飛び出してきたオッサンがレイティアに飛びついた。度肝を抜かれる展開に、俺たちは茫然としレイティアは悲鳴を上げる。


「あ、会いたかったぞ、娘よぉおお!」

「わーっ! わーっ! アキ君っ、助けて!」


 何が何だか分からんが、俺のレイティアに抱きつくなど許せるわけがない。


「こ、こ、こらぁああああ! 俺のレイティアに何してくれてんだ! オッサン!」


 ガシッ!


 俺はオッサンを引きはがそうと組みついた。


「な、何だ貴様は!」

「俺はレイティアの支援役サポーターだ!」

「サポーター? それが何だ?」


(くっ、支援役サポーターじゃ関係性が弱かったか。なら、それ以上の関係だと主張するしかないのか……)


「あわわ……あわわわ……」


 ふと、視界の隅に映ったジールが腰を抜かしている。あいつは何をやっているんだ。


(よし、このオッサンが何者か知らんが、レイティアは俺の女だと主張するしかないぜ! 俺はやるぜ!)


 そう、いつものことだが、熱くなった俺は何人なんぴとたりとも止められないのだ。


「レイティアは俺の嫁だぁああああああああ!」


 ピキッ!

「な……んだと……」


 組み合っているオッサンの眉間が怒りでピクピクしている。


「わ、わわわ、私の娘に手を出したのかぁああああああああああああああああああ!」


 ズドドドドドドドドドドォオオオオオオーン!


 オッサンの姿が、瞬く間に大きくなってゆく。それも人間ではない。巨大なドラゴンの姿に。


「えっ……あれっ……ドラ……ゴン?」


 青い宝石のように煌く巨大な竜だ。まるで御伽噺おとぎばなしの中で語られるような神々しさまで感じる姿に、その場にいる全員が動けない。


 腰を抜かしていたジールが両手をバタバタさせ俺に向かって叫び始めた。


「おお、お、お前、ゲリュオン様の逆鱗げきりんに触れただと……。あああああぁあひぃいいっ! 終わりだ、世界の終焉しゅうえんだ」


「あれっ? 俺、またやらかした?」


「やらかしまくりだぁああ!」

「やらかしまくりよっ!」


 ジールとシーラのツッコミがハモった。ツッコミ役が増えたとか絶妙のタイミング……とか言ってる場合じゃない。


「え、えっと、もしかして……竜王ゲリュオン?」


 竜王に戦いを挑むバカは居ないと言っていたが、そのバカがここに居た。もちろん俺だが。


 グギャアアアアアアアアアアアアア!!


 神殿内に竜の咆哮が響く。その声だけで弱いモンスターは消滅しそうなパワーを感じる。


「おおお、落ち着け俺! 相手が竜王でも皆を守らないと。あっ、でも、一撃で消し炭にされそうだけど……」


 絶望的な戦いだがやるしかない。

 俺は巨大なドラゴンに向け走り出した。


「うぉおおおおおお! 俺は大好きな仲間を守るぜ!」

「グゴォオオオオ! 私の娘を傷ものにした罪は許さぬ!」

「き、傷もの? せ、セッ……って、まだキスだけだぁああああ!」

「セッ……っだと! 許さぁああああああん!」

「セッ……はまだって言ってるだろぉおおおお!」


 肝心なことを忘れたまま、俺はラスボスっぽいドラゴンと向かい合う。そう、肝心なことを忘れたまま。

 若干、子供の喧嘩っぽい気もするが。セッ〇〇自主規制とか言ってはいけない。


「よし、三連続三段階覚醒したスキル専業主夫の力、見せてやるぜ!」

「見せてみよ、愚かな人間よ! 竜王に勝てる者など存在せぬと知れ!」


 特級魔法を使おうとしたその時、俺と竜王の間にレイティアが飛び込んできた。


「ダメぇええええええええ!」


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