第59話 男女比がおかしいぞ
ザワザワザワザワザワザワ――
山を下り竜族の街に入った。基本的に人族の街と違いはないのだが、一つだけ大きく違う部分がある。
そう、街ゆく人が全て女性なのだ。
すれ違う女たちの視線が俺に集中する。
「ねえ、男……」
「あれ男よね?」
「久しぶりに新しい男を見たわね」
「もしかして子種とか?」
「やだぁ、エッチね」
見られている。ジロジロと俺が見られている。
「むぅううううっ」
俺の腕に抱きついているレイティアの視線が痛い。
「あの、レイティアさん?」
「お姉ちゃんだぞっ!」
「お姉ちゃん、そんなにくっつくと歩き難いから」
「ダメっ! アキ君が心配だからね」
当然ながら、反対側にアリアも抱きついている。
「はーい、アキちゃん♡ よそ見はダメよぉ♡」
「み、見てませんから」
「ほぉら、アキちゃんの目はこっち♡」
グイッ!
無理やり顔を向けさせられた。
「シャァァーッ! アキっ、気をつけて」
更にシーラまでおかしい。俺の前でネコのように他の女を威嚇し始めたぞ。
「えっと、シーラ……何やってるんだ?」
「アキが他の女にさらわれないようにしてるんでしょ! そんなの常識よ!」
「どんな常識だよ」
よくよく考えたら、俺もレイティアにさらわれて
あながちシーラの常識は間違っていないのかもしれない。
「まさかの男女比1対100くらいの街に紛れ込んでしまうとは……。もしかして貞操逆転世界なのか?」
俺のつぶやきに、ジールはとんでもないことを言い出した。
「竜族の女は性欲が強いからな。しかも男が少なくて少子化なのだ。お前のようなお人好しそうな男が歩いていたら、速攻でお持ち帰りさせるのがオチだな」
「何だよその成人指定展開は!」
思わずお持ち帰りされて強制子づくりさせられる想像をしてしまった。
「もしかして……それでレイティアも性欲が強くて欲求不満とか……」
「それは禁句って言ったよね、アキ君っ!」
俺の腕に抱きついているレイティアの手に力が入った。
ちょっと痛いが柔らかな感触がたまらない。
「だ、だから近いって」
「もっと近くしちゃうからね♡」
「ああ、どうすりゃ良いんだぁ」
「もうっ、アキ君のイジワルぅ♡ 鈍感男ぉ♡」
竜族の街には入ったものの、男性が少なくてレイティアの父親を捜そうにも手がかりが全く無い。
「うーん、これは竜王に直接会って聞いた方が早いかな。辺境伯の悪事を暴くのに協力も欲しいし。ジール、頼めるか?」
ジールは目を丸くして固まってしまう。
「おい、どうした?」
「お、おお、お前はバカか?」
「バカじゃなくて竜王に会いたいんだよ」
「それがバカだって言ってるのだ」
「どうしてバカなんだよ?」
「ドラゴンだぞ! ドラゴンっ! 普通怖いだろ!」
「でも俺たちはレイティアが一緒だし」
「あああ、この男はぁああ!」
ジールは天を仰ぎ始めた。
竜族のレイティアが一緒なら何とかなると思うのだが。
「いいか、よく聞け。東海青竜王ゲリュオン様と言えばだな、その威光は大陸の隅々にまで轟き、その力は天地を砕き海を割る偉大なお方なのだぞ! 人族が軽々しく会えるような王ではない!」
「そこを何とか頼んでるんだろ。負けたら何でもするんじゃなかったのか? くっころ女騎士様」
何でもする発言でジールの様子がおかしくなる。
「おっ、おふっ、ななな、何でも……くっ、やはり私はこの男に
俺を見るジールの視線が怪しい。何か企んでいるように。
「こ、こほんっ。まあ良いだろう。ゲリュオン様に聞いてくるから少し待て。そこの宿屋にでも泊まっておれ」
ジールが向かいにある宿屋を指差した。
「すぐに戻ってくるんだよな?」
「ああ、勿論だ。だが、このところゲリュオン様は
「憔悴?」
「まあ、聞いたらすぐ戻るが、今日は遅いから宿屋に泊まっておれ」
そう言ってジールは走って行ってしまった。
◆ ◇ ◆
宿屋に入った俺たちは、部屋でゆっくりとくつろいだり珍しい竜族料理を食べたりした。
どうやらここは温泉付きの旅館らしい。
皆が温泉に入っている内に買い物を済ませておく。まさかとは思うが、温泉でラッキースケベを防止する為だ。
アドミナでは彼女たちの裸を見てしまうトラブルがあり、俺は余計に警戒していた。
「ふう、さすがにこれだけ時間差があればラッキースケベは起こらないだろう」
俺は脱衣所で服を脱ぎ、タオル一枚になって浴場のドアを開ける。
ガラガラガラ!
「きゃっ!」
「ええっ!」
そのまさかが起こってしまう。ドアを開けたその先には、裸にタオル一枚のレイティアが立っていた。
「だめぇえっ♡ アキ君のエッチぃ!」
「ま、待て! ここは男湯では?」
「女湯だよぉ!」
「あれっ? そう言えば風呂は一つしかなかったような?」
よく考えてみると、この宿には浴場が一つだけだ。もしかしたら混浴なのかもしれない。
「ここって、混浴なのでは?」
「ううっ♡ そんなこと言って、アキ君はボクの裸が見たいんだぁ」
「偶然だって。もう風呂をあがったと思ったのに」
「ボクは先に温泉饅頭を食べてたんだよぉ」
どうやら食いしん坊のレイティアは皆より遅れて入ったらしい。
しかも、普段は距離感がバグっているのに、いざこのような状況になると恥ずかしがり屋なのは相変わらずだ。
「じゃ、じゃあ、俺は後にするよ」
ギュッ!
浴室を出ようとした俺の手を、レイティアが掴んだ。
「あ、あの……一緒に……」
「レイティア?」
「ち、違うからっ、話がしたいだけなんだ」
恥ずかしそうに真っ赤な顔で俯くレイティアだ。いつもと違って新鮮でもある。
「わ、分かった……」
「うん……」
レイティアの裸を見ないよう、背中合わせに湯船に浸かる。すぐ後ろに生まれたままのレイティアが居ると思うだけで、胸の鼓動が高鳴ってしまう。
「えっと、いつもみたいにグイグイ来ないんだな?」
「はうっ♡ は、裸じゃ無理だよぉ♡」
普段はドスケベキャラなのに、実は意外と清純派だったりするのだ。そんなレイティアに、俺の中で愛おしさが込み上げてくる。
ドキッ、ドキッ、ドキッ、ドキッ、ドキッ――
(ままま、マズい。色々とマズい。お風呂で二人っきりとか……。ダメだ、やっぱり俺はレイティアを好き……。いつも密着してくるのを必死に耐えていたけど、もう我慢できないかも……)
「あ、あの……アキ君……」
不意にレイティアが話し始めた。
「ありがとう、アキ君。ボクの為に怒ってくれて。とっても嬉しかったよ。えへへっ、あの時ボクの手を握ってくれて……とてもとても心強くなれたんだ」
「レイティア……」
「アキ君は、いつもボクに勇気をくれるね。本当に感謝しているんだ。ありがとうアキ君」
胸がいっぱいになって、つい後ろを向いてしまう。信じられないことに、レイティアもこちらを振り向いていた。
「レイティア……」
「アキ君……」
二人っきりの浴室で、タオル一枚のまま見つめ合う。まるで時が止まったような世界で、心臓の音だけが体を脈打たせていた。
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