第50話 スタンピード

「きゃああああああああ!」


 土煙が舞う戦場に悲鳴が上がった。若い女性の声だ。


 声のする方に目をやると、そこには派手な甲冑の男がモンスターに追い込まれているところだった。確かジェフリーとか言ったか。


「何だあのモンスターは!」


 ジェフリーがデカいモンスターと戦っている。力負けしているのか、相手の巨大な斧で押し込まれていた。


 問題なのは、そのモンスターだ。


 体は筋肉の束を丸めて作ったようなデカく太い手足をして、頭は巨大な牛の形をしている。ギョロっとした赤い目と大気を震わすような声が恐怖を誘う。


「あれはミノタウロスか! しかも、かなりの上位種に見えるぞ!」


 ミノタウロスの腕に筋肉が盛り上がり、巨大な斧がジェフリーを圧し潰してゆく。


「グリュリュリュリュ! ニンゲン! ソノホソイウデデ、イツマデモツカナ!」


 グガガガガッ!


「ぐああぁ! ま、まだ死ぬわけにはゆかぬ! この俺の活躍を待つファンの為にも!」


 今にも潰されそうなのにジェフリーのセリフはキザだった。ただ、彼のパーティーメンバーは悲鳴を上げているのだが。


「きゃああああああああ! ジェフリー様」

「逃げてください! ジェフリー様」

「そのままだと潰されますよ!」


 近寄ろうにもミノタウロスの剣圧が凄まじいのと、ジェフリーを巻き込みそうで魔法が使えないのだろう。


「ふっ、俺は勇者になる男ジェフリー! 俺の活躍を待つ人々の為にも逃げられぬ!」


 そう言うジェフリーの周囲には、何名かの男が倒れている。ミノタウロスにやられたのだろう。

 ジェフリーが食い止めなければ更に犠牲者が出ていたのかもしれない。


「くっ、このままだとあいつ死ぬぞ! 俺が助けるしかないか」


 変な奴だが見殺しにはできない。俺はミノタウロスに向かって走った。


「うおぉおおおおおお! くらえぇええ!」


 グサッ!


 俺の専用武器祝福の剣ブレッシングソードをミノタウロスの太ももに突き立てた。


「グゴォオオオオオオッ! オノレ、ニンゲン!」

「ぐああああぁ! お、おい、ジェフリー! 今のうちに離れろ!」


 俺の攻撃でミノタウロスが怯み、ジェフリーは膝をついたまま後退する。


「ああっ! き、キミは王都のS級君っ!」

「おい、俺の名前の扱いっヒド!」

「すまない! 一旦下がらせてもらうよ」


 ジェフリーの救助には成功したが、ミノタウロスの攻撃対象が俺に向いてしまったようだ。巨大な斧を振り上げ、俺の頭に向かって振り下ろしてきた。


「グガァアアアアアアアア!」

「くそっ! 耐えろ俺ぇええ!」


 ガッキィイイイイィィィィーン!


 敵の脚に刺さっていた剣を即座に抜いた俺は、上段に掲げて落ちてくる斧を受け止める。

 超強力なバフで強化されているはずの俺だが、凄まじい剣圧で地面にめり込みそうになった。


「ぐっ、な、何だこのモンスターは! 強いっ、強いぞ!」

「ナニッ! コンナ、ホソイケンデ、ナゼオレナイ!」


 自分でも不思議だが、剣の耐久度が上がっている。


「なっ! もしかして、俺の魔力が剣に流入しているのか!?」


 武器屋店主の話を思い出す。確か幻魔鉱石で作った武器は魔法伝導率が高く、その剣身に様々な魔法を乗せることが可能なのだと。


「もしかして、俺の付与魔法と相性バッチリかよ! これは良い剣を手に入れたぜ!」


 グギギギギギギギギ!


 力業で敵の斧を押し返す。バフ激盛りの俺なら可能だ。


「グガァ! ナ、ナンダ、コノチカラハ! キサマ、ホントウニ、ニンゲンカ!」

「俺は、俺は支援役サポーターだぁああ!」

「オノレェエエエエ!」


 ガッキィィィィーン!


「ぐはっ!」


 ミノタウロスが斧を嵐のように振り回す。

 攻撃スキルの無い俺には受け止めるだけで精いっぱいだ。


 ガキンッ! ガンッ! キンッ!


「うわぁああっ!」

「がぁああああ!」


 デタラメなパワーで、ミノタウロスが周囲の冒険者を跳ね飛ばしてゆく。まるで暴走モードだ。


「アキ君っ! ボクが援護するよ!」


 後ろからレイティアの声がした。


「レイティア! 狙えるか!?」

「おうとも! ボクの剣技を見ててくれよな」


 レイティアとスイッチして前衛を入れ替わる。俺は彼女の腰を抱き、いつものお姉ちゃんモードに入った。


「よし、レイティアお姉ちゃん、よく狙って放つんだ」

「あっ♡ やっぱりボクのお尻に硬いのがぁ♡」

「集中しろ! 今はそれどころじゃない」

「うんっ♡ アキ君の力で元気百万倍!」


 レイティアが剣を振り下ろした。


「くらえっ! 竜撃斬ドラゴニックスラッシュ! どっせいぇええええっ!」


 ズババババババババ!


「グギャァアアアアアアアア!」


 レイティアの一撃がミノタウロスの右腕を切り落とした。巨大な斧と一緒に腕が宙を舞う。


「やったぞアキ君っ!」

「待て! 前だぁああ!」


 ズドォオオオオオオーン!


「ぐっはぁああっ!」

「ぐあああっ!」


 一瞬の隙だった。ほんの一瞬の間に距離を詰められ、筋肉の塊のようなミノタウロスの体当たりを受けてしまった。


 俺とレイティアは、まるで大型馬車に撥ねられたかのように飛ばされた。


 ドガッ! ゴロゴロゴロッ!


「きゃああああああああ!」


 地面を転がりながら見えた光景は、手当たり次第に冒険者を跳ね飛ばしているミノタウロスが、アリアの方に突進している場面だった。


「アリアぁあああああああああ!」

「アキちゃぁああああぁぁん!」


 俺の体が勝手に動いた。


「うおぉおおおおっ! 俺のアリア仲間に手を出すなぁああああああ!」


 ガンッ! ガシッ!


 気付いた時には俺の体はミノタウロスを受け止めていた。アリアを庇うようにして。


「グガァアアア! グギャァアアア!」

「くっ、手負いの魔獣の方が手が付けられないのかよ」


 武器と片腕を失ったはずのミノタウロスだが、その強靭な体から発せられる凄まじいパワーは健在だ。

 俺の腕を握り潰しそうな握力で掴みかかってきた。


 グギッ! グギギギギ! グチャ!


「ぐあぁああああああ! な、なんてパワーだ! 【支援魔法・生命力回復大】【支援魔法・肉体再生治癒エクストラヒール】ぐあぁああああ!」


 ゴリゴリ削られる生命力と、握力で潰される右腕とを必死に魔法で回復させ続ける。


「これでもくらえぇええええ!」

 ズブッ! ズブブブッ!

「グギャアアアア! ヨ、ヨクモォオオ!」


 左手で剣を抜きミノタウロスの腹に突き立てた。


 これでは敵の生命力が尽きるのが先か、俺の魔力が尽き回復不能で死ぬのが先かのデスレースだ。


(マズい、このまま回復魔法を使い続けたら持たないぞ! このボスの生命力は桁違いだ。このままでは……)


「アキちゃぁああああぁん! 逃げてぇええええ! アキちゃんが死んじゃう!」


 アリアが泣いている。


(ああ、アリア……もうアリアが涙を流すのなんて見たくないのに。周りからの偏見や差別で辛い思いをしてきたはずなんだ。俺が、俺がアリアの涙を止めたい。アリアには幸せになって欲しいから)


「うがぁああああああ! 大好きなアリアは俺が守る!」


 ズキュゥゥゥゥーン!

 きゅぅぅぅぅーん♡

 きゅぅぅぅぅーん♡

 きゅん♡ きゅん♡ きゅぅぅぅぅーん♡


 アリアから危険な音が鳴りまくっている気がする。

 非常時なので確認する術がないが。


「俺は、俺は、俺は負けない!」


(どうする! 俺のスキルで攻撃に使えるものがあれば! 何か、何かないのか! 祝福の剣ブレッシングソードは魔法伝導率が極めて高いはずだ。この剣身ブレードにありったけの魔法を乗せられたら)


「そうだ! その手があったか!」


 俺は一つの可能性に賭けると決めた。


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