人の服を着る人

頭野 融

第1話

「ねえ、お父さん、あの女の人なんかおかしくない?」


「ゆうや、見ちゃダメだ。お家、帰るよ」


「うん」


 このあと、僕はいつも通りスーパーのコロッケとお茶碗一杯のお米という晩ご飯を食べて九時過ぎに寝た。あの服がおかしかったのかな。なんでおかしいと思ったんだろう。なんて考えてたらすぐ寝れた。


 起きたらお父さんは居なかった。元からお母さんは居ない。顔も覚えていない。優しい人だったらしい。お父さんが言っていた。俺のせいで、ともよく言っていた。ゆうや、ごめんな、ともよく言っていたし、もう無理かなとも。


 いわゆる蒸発というやつだろ、と同じ年齢とは思えないくらい色んなことを知っているまさきくんが教えてくれた。担任の先生は、何か言いたげだったけど、僕があまりにも普通に朝起きたらお父さんがいなくなってて手紙とお金が置いてあったと話をまさやくんにしているものだから、口を挟めないようだった。



◆◆◆


ゆうやへ

急にいなくなってごめんな

もうお金が無いからお金をもらってきた

バイトができる年までは足りると思う

学校は今まで通り行けるようにしてあるから

きっと、ゆうやならお巡りさんになれるよ

元気でな

お父さんより


◆◆◆



 当時の僕はあまりに急なことだったからなのか、あまり動揺しなかった。学校には今まで通り行けていたからかもしれない。高校に入ってからはバイトをしながら警察になるための勉強をした。やっぱり手紙の中のお父さんの言葉に執着しているのかもしれない。無意識のうちに。


 晴れて警察になって交番で書類の整理をしていたら、近所の子供が「パン屋さんのところに変な人がいる」と走ってきた。とりあえず中に入れて話を聞いていると、先輩が耳打ちしてきた。「その話は上に上げなくていいぞ、上げてもうやむやにされるだけだから。」

 そう言われて釈然としなかったけど、教えてくれてありがとう。気をつけてね。後でパトロールしてくるね。とだけ言って、子供を返した。上に上げなくて良いってなんだよ、と思いつつパトロールに出ると、たしかに居た。

 服装がおかしい。男なのに女物のコートだ。タイツまで穿いている。バッグも女物だろうか。さて、声を掛けようか。職務質問とでも言って。いや、上に上げれないんだったら意味が無いか? 無線が鳴った。


「早く戻って来い。お前にも教えるときが来た」


 交番に戻ると、走り書きのメモが置いてあった。先輩はパトロールの続きをしてくると言って入れ替わりになった。



【戸籍を売った人の処分を請け負う業者。上も戸籍を飛ばした人間の処分には困ってるから、捕まらない。服は弔い】

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人の服を着る人 頭野 融 @toru-kashirano

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