第58話 依頼を受けた冒険者たち

 イザークたち騎士団がリウネルの港街に到着してから数日後の朝。フランツとマリーア、そしてカタリーナとレオナの四人は、冒険者ギルドの前にいた。


 レオナは冒険者登録はしていないのだが、カタリーナの侍女兼護衛として共に行動している。他の護衛はカタリーナによる「フランツ様がいらっしゃるのだから危険はないわ」という言葉によって、宿などで待機となっていた。


「依頼を受けた冒険者、結構いるのね」


 マリーアが周囲を見回してそう呟く。


 冒険者ギルドを通して出された、国境近くの山脈にいる魔物討伐依頼は、その報酬の高さから結構な数の冒険者が受注していた。


「そうだな。さすが冒険者だ。国の危機には積極的に動くのだろう」

「報酬が高いからじゃないかしら……」

「さすが冒険者の皆様ですわ」


 マリーアの正論に被せるような形でカタリーナがフランツに同意をしたため、マリーアは微妙な表情を浮かべるしかできない。


「目的がブレないところは凄いわね」


 カタリーナを見て小さな声でそう告げたマリーアに、カタリーナは笑顔で軽めの肘打ちをした。その素早い攻撃は見事なもので、二人のことを真剣に見ているわけではなかったフランツにも気づかれていない。


「ちょっ……あんたねぇ、手加減しなさいよ」

「あら、なんのことかしら。ちゃんとしているわ」

「……確かにそうね」


 二人がそんなやり取りをしていると、冒険者ギルドの職員が皆の注目を集めるように口を開いた。


「皆さん、本日はお集まりいただきありがとうございます」


 その言葉に冒険者たちの視線が集まると、言葉を続ける。


「すでにご存知だと思いますが、今回の依頼は南の山脈に広がる広大な森での魔物討伐です。範囲が広いことからいくつかのグループに分かれ、効率的に討伐をしていただくことになりました。この依頼には討伐ノルマなどはございませんが、貢献度に応じて冒険者ギルド内での評価を上げますので、ぜひ積極的な参加をお願いいたします」


 ギルド職員はそう告げると、一枚の紙を取り出して、その場に集まる冒険者たちをぐるっと見回した。


「グループ分けについては、ギルドの方で皆様の能力を鑑みて事前に決めてありますので、これから発表します。ではまずAグループから」


 それから全部で三つのグループが発表された。一つのグループには十人ほどの人数がいて、フランツたちCグループは全部で十二人だ。


 冒険者でないレオナは数に含まず、フランツたち三人の他に二人組パーティー、三人組パーティー、そして四人組パーティーが一つずついる。


「グループごとに討伐開始場所と巡ってほしい経路を渡しますので、できる限りその通りに討伐をお願いします」


 職員によって簡易の地図が配られたら、さっそく仕事開始だ。今回の依頼は五日間という長期の討伐依頼のため、地図には五日分の経路が記されていた。


 地図を職員から受け取ったフランツは、やる気十分な様子で告げる。


「ではこの一日目の経路を進んでいこう」

「……りょーかい」

「のんびり行きましょうか」

「ですね〜」


 フランツとは対照的に、他の冒険者たちはやる気がない様子だ。それもこれもノルマがない仕事だからだろう。


 そんな冒険者たちを見て、フランツはハッと気づいた。


(そうか、五日間もあるのだから、今から全力では後半に体力が保たないな。そこまで考えて行動しているのは……さすが冒険者だ!)


 突然瞳を輝かせ始めたフランツにマリーアは胡乱げな瞳を向けていたが、フランツはそれには気づかなかった。


「では体力を温存しつつ移動しよう」


 そうしてフランツたち十二人、レオナを入れて十三人は、徒歩数十分の場所にある山脈の麓の森に向けて移動を開始した。


「カタリーナ、森に入ったら最後尾を任せても構わないか?」


 歩き出してすぐにフランツが隣のカタリーナに問いかけると、カタリーナは嬉しそうに頷く。


「もちろんです。フランツさんは先頭ですか?」

「ああ、そのつもりだ」


 カタリーナは面倒ごとを避けるため、冒険者として動いてる時は侯爵令嬢という身分は隠しているので、フランツはカタリーナを呼び捨てだ。

 そしてもちろんフランツも身分を隠しているので、カタリーナも敬称を付けて呼ぶことはない。


「わたしはどうすればいいの?」

「マリーアは後ろから全体の援護を頼みたい」

「分かったわ」


 そうして話をしている三人に、他の冒険者からは馬鹿にするような視線が向けられていた。


「ノルマもないのに張り切って、馬鹿だよな」

「でもまあ、張り切ってくれるならいいじゃねぇか。俺たちは後を歩くだけで報酬がもらえる」

「確かにそうだな」


 そんな会話をしている者たちもいたが、小さな声であったため、フランツたちには届かなかった。


「あっ、森が見えてきたわね」


 マリーアがそう言って視線を向けた先には、確かに鬱蒼と木々が生い茂る森がある。


「本当だな。このまま森に入るので構わないか?」


 フランツのその問いかけに他の冒険者全員が緩く頷いたので、さっそく森に入ることになった。

 道中で決まった隊列――とは言ってもフランツが先頭でカタリーナとマリーアが最後尾という以外は適当だ――で森に足を踏み入れる。


 他の冒険者たちも死にたくはないのか、森に入ると表情を真剣なものに変えた。


 警戒しながら十分、二十分と時間が経っても、全く魔物の姿は見えない。そこでフランツは立ち止まり、少し策を練ることにした。


「魔物をできる限り討伐するため、積極的に魔物の痕跡を探し、追いかけることにしよう」


 その提案を聞いた冒険者たちは、一様に嫌そうに顔を歪めた。特にその中でも二人組の冒険者の反発は大きい。


「お前、馬鹿じゃねぇの! 別にノルマはないんだから、こんなの決められた時間を森の中にいさえすればいいんだよ」

「だよなぁ〜。それで金がもらえんだから、余計なことはすんな」


 二人のその言葉を聞いたフランツは……驚きに瞳を見開き、二人に向けて言葉を紡ぐ。


「冒険者とは国を救う最前線なのだぞ? そこが力を尽くさなければ、他の者に皺寄せがいくのだ。そもそも冒険者とは皆のために力を尽くす者たちで、ノルマはないからとサボるようなことは……」

「はっ、そんな冒険者がいるかよ」

「どんな理想論だ……」


 一人の冒険者がそう言って近くにあった石を蹴り飛ばした瞬間、フランツがガバッと振り返って森の奥を見つめた。


 突然のフランツの行動に他の冒険者たちが困惑する中、カタリーナとマリーアだけはすぐに構える。


「フランツ、何が来るの?」


 マリーアのその言葉にフランツが告げる。


「――オークだな。それも数がかなり多い。三十はいる」


 その言葉を聞いた冒険者たちは、一気に顔色を悪くした。オークとは一匹でも結構な脅威であり、大きな群れとなれば災害級とも言われる魔物だ。


 大柄な二足歩行の魔物でとにかく力が強く、丸太などの武器を扱い土魔法を操る。


「オ、オークが三十!?」

「そんなの無理だろ!」

「早く逃げないと……!」

「大丈夫だ。私たちがいれば負けることはない。皆も討伐を手伝ってくれ」


 有無を言わさぬフランツの瞳と声音に他の冒険者たちが動けないでいると、その間にガサゴソという葉擦れの音がどんどん大きくなり――


 オークの群れが、姿を現した。

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