第23話 調査開始と見つけた痕跡
村長宅から待ち望んだ様子で飛び出してきた男性に、まずはダミアンとクルトが声を掛けた。
「父さん、今ちょうど帰ってきたところだよ」
「爺ちゃん、強い冒険者が依頼を受けてくれたんだ!」
クルトのその言葉に男性は僅かに微妙な表情を浮かべたが、すぐフランツたちに気づいて笑顔を見せる。
「皆さん、依頼の受注をありがとうございます。私はこの村の村長をしております、アーデルと申します。あれ、その格好はギルドの……」
レオナに気づきアーデルが僅かに首を傾げると、レオナは綺麗な礼をしてから口を開いた。
「はい、レオナと申します。今回の依頼は実技試験も兼ねることになりましたので、私が試験員として同行しております。できる限りご迷惑はお掛けしないように配慮いたしますので、よろしくお願いいたします」
レオナの丁寧な態度にアーデルは慌てて頭を下げ、それからフランツとマリーアも挨拶をする。
「私はフランツだ」
「わたしはマリーアよ。よろしくね」
全員が一通りの挨拶を済ませたところで、アーデルが玄関の扉を押さえながら笑顔で告げた。
「では皆さん、お疲れでしょうから中へ……」
その言葉をフランツが遮る。
「いや、それには及ばない。それよりも、さっそく子供たちが消えたとされる現場に案内して欲しいのだ。証拠はいつ失われるか分からないため、できる限り早くに調査をしておきたい」
真剣な表情でフランツが告げたその言葉に、アーデルだけでなくダミアンも驚いたように瞳を見開き、しかしすぐに二人とも表情を真剣なものに変えて頷いた。
「確かにそうですな」
「では私が案内させていただきます」
そうしてダミアンの案内で、フランツとマリーアは子供たちがいなくなったと推測される場所に向かった。レオナは二人の働きぶりを確認するため同行していて、クルトは危険だからと自宅で待機だ。
「この道をずっと進むと果樹畑がしばらく続き、そこを通り抜けるとすぐ森に入るのですが、子供たちは森の浅いところには自由に出入りをして遊んでいます。姿を消した日のミーアは、その森に遊びに行くと言っていました」
そこで言葉を切ったダミアンは、鎮痛な面持ちで森がある方向を見つめた。
「ふむ、森で姿を消したのか……他の子供も同様か?」
「ミーアと共に消えた女の子はもちろん同じで、他の二人のうち一人も森に行くと言っていたそうです。ただもう一人は、行き先を聞いた人がいなく分かりません」
「分かった。一人は不明とのことだが、半数以上である三人が森で消えたとなると、今回の事件は森の浅い部分が現場だと仮定して良さそうだな」
フランツはそう呟くと、顎に手を当てて真剣な表情で考え込んだ。
(森となると、犯人は魔物という可能性が高いが……)
「森の浅い部分に、普段は魔物が出るのか? それから森の奥に村人が向かうことはあるか?」
「魔物はたまに山から降りてくるのか姿を見せることがあります。ただここは不思議なことに、その数はかなり少ないんです。また森の奥には……村人が行くことはほとんどないですね」
「動物を狩ったりはしないの?」
マリーアの問いかけに、ダミアンは果樹畑に視線を向けながら頷いた。
「この村は果樹を育てることで、結構豊かな暮らしが保てているんです。ハイゼの街も遠くないですし、わざわざ動物を狩らなくても、ハイゼから肉は購入できます」
「そうなのね」
(ということは、村人は森の中の様子をほとんど知らないということだ。そうなると何らかの組織が、森の中に潜伏している可能性も十分にあり得るな)
フランツがダミアンの話や村の様子から得た情報を使って犯人像を絞り込んでいると、果樹畑を抜けて森のすぐ近くに出た。
果樹畑から森までは数十メートルだけ人工的に整備されているが、その先はほとんど手付かずの森が広がっている。
「子供たちがいつも遊んでいるのはどの辺りだ?」
「本当にすぐそこです。整備されたところで遊んでいることもあれば、少しだけ森の中に入ることもあります。ただ森に入るとは言っても、歩いて数分ほどの場所までです」
「分かった。ではまず、その場所を調査しよう」
フランツはそう言うと、一直線に森へと向かった。それにマリーアとレオナが続き、ダミアンが不安げな表情で三人のことを少し離れた後ろから見つめている。
「マリーア、何かしらの痕跡があったら教えてくれ。できる限り複数の目で証拠を確認した方が良い」
「分かったわ。あんたも教えなさいよ」
「もちろんだ」
二人は顔を見合わせて頷き合うと、それぞれ森の細部に視線を向けた。魔物の痕跡がないか木の幹や地面の様子、さらには雑草など草木の様子をつぶさに観察する。
また子供の足跡など、人の痕跡にも注意を払った。
しばらく無言のまま調査が進み、沈黙を破ったのはフランツだ。
「犯人は、魔物ではないかもしれないな」
その言葉に、ダミアンがすぐに食いつく。
「本当ですか!?」
「ああ、魔物が子供を襲ったとするなら、ここまで痕跡がないのはおかしい。もっと子供が抵抗した跡や血痕などが残っているはずだ」
「じゃあ、犯人は人間ってこと?」
マリーアの問いかけに、フランツは眉間に皺を寄せて考え込む。
「その可能性の方が高いかもしれないが、いくら相手が子供だとしても、一人で複数人を攫うのはかなり難しいだろう。となるとやはり複数人、組織的な犯行が予想されるのだが……それにしては靴跡一つ見つからないのは不自然だ。大人の靴跡は体重が重い分、子供のものより残りやすいのだが」
(ここまで痕跡がないとすると、ここが現場ではない可能性も考えるべきだな。または知り合いの犯行で、子供たちが抵抗せずに付いて行った場合か……)
そこまで考えたフランツの視界に、ふと気になるものが映った。それは見逃してしまうような小さな痕跡だが、気づくとかなり不自然なものだ。
「マリーア、これを見てくれ」
「……これは樹液?」
フランツが指差したのは木の幹で、高さは大人の腰より少し上あたり。そこにあったのは、黄色っぽい半透明な樹液のようなものだった。
「いや、この木は樹液を出さない」
首を横に振ったフランツがしばらく観察してから指先でそっと触れると、その樹液のようなものは完全には固まっていないようで、フランツの指に付く。
「ちょっと、触って大丈夫なの?」
「この色合いと見た目、香りから推測して、触って有害である物質の可能性は極めて低いので問題ない」
「あんた……さすがね」
マリーアが呆れた表情を浮かべる中でフランツはじっと指に付いたものを観察し、少ししてから結論を出した。
「これは、蜂蜜だな」
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